Novel:25 『薄曇りの世界の中で 8』

 無理にと頼み込んで、ミルドにセレネ・ソルまで連れて行って貰うこととなった。あおいは当然のようにミルドに付いていくのだと言い、紅蓮は心配だからという理由で付いてきてくれた。用があったのではないかと尋ねてみたが、急ぐこともないのだと彼は笑った。
 曰く神獣を探しているそうだ。
「セレネ・ソルなら神獣とかいるかもしれないよね。ジルさんが神獣ってオチなら面白いんだけどなぁ」
「それはないだろ。まぁ、確かにちょっと浮世離れした風はあるけど……」
 浮世離れ、という言葉を聞いてイザヤは苦笑する。
 あの人はこちらの世界でもそう感じられるのか。
「でも、確かにここは妙な気配を感じるんだよな」
 セレネ・ソルのあるという森に入ってすぐの時も、紅蓮は同じような事を言った。何かの気配にを感じるが更に何かに覆われていて酷く分かりにくくなっていると言う。
 ぽつりと霞丸が漏らす。
《……あるいは紅蓮がここを訪れたのは必然かもしれんな》
「どういう意味だ?」
 紅蓮が問うと彼は冷たく言い放つ。
《ふん……そんなことは自分で考えるんだな》
 どこか声音がばつが悪そうな所から、本当は紅蓮に聞かせたくなかった言葉のようだ。
 イザヤは少し話題を変えるように言う。
「あの、神獣ってどういう生き物なんですか?」
「ん? ああ、コイツみてぇなの」
「え?」
 紅蓮はさも当然という風に霞丸を指差す。
 驚くと同時に納得もした。彼は召喚獣や使役精霊と言った風ではなかったのだ。それが神獣というのなら納得がいく。
「カスミマルさんは神獣だったんですね」
《只の鷹とでも思ったか》
 未熟者、と言われている気分になってイザヤは少し肩を竦める。
 励ますように紅蓮がイザヤの肩を叩いた。
「そういや、お前を最初に見た時、神獣って訳じゃねぇけど、妙な気配を感じたんだよな」
 それは或いは自分が先代獣王の血縁だからかもしれない。
 そう告げようとした時、霞丸がぴくりと反応する。
《何か来るぞ》
「!」
 それが合図になり、皆が身構える。少し送れてイザヤも身構えた。
 この辺りは強い魔物も多いらしいが、比較的安全だとあおいが話していた。
 何が来るというのだろうか。ややあって、凄い速度でそれが近づいてくるのが分かった。魔物のような獣のような気配。
 がさりと茂みが動く。
 茂みから黒い何かが飛び出した。
 とんと地面に降り立ったのは小さな少年だった。獣の耳と、獣の尻尾を持っている小さな少年。
「しるび、くるな。へんなのがいる」
 子供は誰かに向かって言う。
 がさがさと子供を追い掛けて来たように後の茂みが動く。もう一度子供がくるな、と言うと茂みの動きはぴたりと止まった。
「……ん? 魔物……か?」
《それにしては気配が奇妙に穏やかだな》
「魔物じゃなくて、サーザ君だよっ! この森の獣たちの中で一番つよい子なんだ」
 あおいは警戒心を解いてほっと息を吐く。
 ミルドもまた警戒心を解いていた。
 呼ばれた獣混じりの子供は少し顔を上げて鼻をひくひくとさせる。
「ん、あおいか。それからそれはみるどだな?」
「それとか言うなよ」
「……何をつれてきた? あかいの、ひとりなのに沢山においするぞ。しろいのもへんだ。なんで、じーじの匂いがする?」
 ミルドが大声で彼に呼びかける。
「ジルを探しているらしいんだ、通してくれないか?」
「だめだ。とくに、しろいの、へん。じーじにきかなきゃとおせない」
 警戒心をむき出しにした子供は一歩でも近づいたら飛びかかってきそうな体勢を取る。
 軽くミルドが肩を竦め、森の奥に向かって呼びかける。
「おーい、シルヴィア、いるんだろ? ジルがもしいるなら声を掛けてくれないか?」
「その必要はあるまいよ」
 声を聞いた瞬間、泣きそうになった。
 懐かしい声。包み込むような優しさを帯びたあの人の声。
「サーザ、その子は大丈夫だよ。警戒する必要はない」
 言われると獣は警戒心を解く。
「……ん」
 がさりと茂みが動き、あの人が姿を現す。隣には緑の髪の女がいた。彼女は彼の後に隠れるように少し移動する。
「暫くぶりだね、ミルド、あおい。……それからそちらは初めて会う御仁だね、私はジルという」
「アンタが‘不死身の’?」
「そう呼ぶ者もあるようだね。……どうやら皆には私の身内が世話になったようだ。礼も兼ねて話がしたい。屋敷に招かれてくれぬかね?」
 穏やかに笑う。
 変わらない顔。髪が少しだけ短くなっただろうか。
「あの……甘いもの、用意します」
 ジルの後で少し控えめに、シルヴィアと呼ばれた女が言った。
「甘いモノだってさ、良かったな霞丸」
《う、うるさい》
「……さて、レイジャ。低き道が開いた故、誰かがこちらへ来たのはわかっておったが、迎えに行けずすまなんだね」
「そ、そんなことは……」
 いいんです。と言いたかった。
 だが胸がいっぱいで言葉が出ない。
「大義だったね、ありがとう。……おいで、久しぶりにその顔を見せてくれぬか?」
「じじ様……っ!」
 少しかがんで両手を広げたのを見て、イザヤはたまらずかけていく。そしてその胸に飛び込んだ。
 涙が出る。
 やっと見つける事が出来た。
 やっと会うことが出来た。
「背が少し伸びているね。あれからどれだけ月日がながれたのかね?」
「……十の真月が巡り‘暁’の影が‘翔’に映る季節になりました」
「そうか……。長く不在ですまなんだ」
「いいえ。じじ様が無事で何よりです。貴方が動けずにいるのではないかと、心配で仕方がありませんでした」
「無用な心労をかけたようだね。……道を開ける安全な‘刻’訪れなかったのだ。時の流れが違う故、僅かな誤差で飛べると踏んでいたが……そうか、十も過ぎていたか」
「じじ様、ぼくは……」
「募る話は後にしよう。一度屋敷へ。……歓迎するよ」





終わり無き冒険へ!