Novel:25 『薄曇りの世界の中で 7』

「え……誰?」
「やっぱりそうだよね! ミル兄! ぐれ兄! イザ君見つけたよ〜!」
 少女は森の中に向かって叫ぶ。
 明るい印象の少女だった。
 年はイザヤとそう変わらないだろう。全身から明るい気配がした。
 彼女はくるりと振り返って明るく笑う。
「キミがインテグラで行方不明になったって聞いて探しに来たんだよ。大丈夫? 怪我はない?」
「え……あ、はい」
 この少女は誰だろうか。
 何故、自分を探しに来たのだろうか。
 にこりと彼女が更に笑みを深くした。
「よかった! ぐれ兄がすっごく心配していたから、私も心配だったんだ。このあたり、変な人出るみたいだし」
「ぐれ兄? ……もしかして」
 言いさした時だ。
 森の奥から二人の男が駆けてくる。一人は間違いなく紅蓮だった。もう一人は水色の髪の少年だった。
「無事だったか! ったく、心配かけやがって、このっ!」
 紅蓮はイザヤを捕まえると腕で身体を押さえ込んでそのままイザヤの髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「わっ、わっ!」
「一人で勝手に行くなよなっ! ちびが一人攫われるのを見たって目撃証言あったから、本当……肝を冷やしたぜ」
「探しに……来てくれたんですか?」
 驚いてイザヤは紅蓮を見る。
 自分勝手に行動して迷子になった挙げ句、不注意で攫われたのだ。そんな自分を面倒見切れないと放っておかれるかと思った。彼は護衛としてイザヤが‘雇った’だけなのに。
 紅蓮は心外そうに言う。
「当たり前だろ? お前、この辺の土地初めてだったみてぇだし、そんな奴、放っておける訳ねぇだろ」
「………」
 何故、と思う。
 探しに来てもらえるどことか、見つけてもらったとしても、もっと怒られると思っていた。
 何故この人は自分のことのように嬉しそうに笑うのだろう。
「でも良かったな、紅蓮。無事見つかって」
「ああ。アンタらのおかげだ。ありがとな……と、紹介しておいた方が良いよな。お前を捜すのに付き合ってくれた仲間だ。こっちの剣士が……」
 少年の方がにこりと笑う。
「ミルド・イーリアだ。よろしくな」
 少年の背からひょこっと顔を出して少女が言う。
「で、私は暁あおい。あおいって呼んでね!」
「暁? あの……もしかして兄妹ですか?」
 イザヤはあおいと紅蓮を見比べる。
 二人とも何か人以外の血が混じっている感じはあるが、それが同一には見えなかった。顔立ちも似ているようには見えない。
 紅蓮とあおいが同時に吹き出し、ミルドが笑いをかみ殺すように口元を覆った。紅蓮の肩に戻ってきた霞丸すらも、くつくつと笑った。
「違うよん。えへへ、兄妹に間違われちゃったね、ぐれ兄」
 少女は楽しそうに笑う。
 それにつられてイザヤも微かに笑う。
「に、しても、だ。何でいきなり走り出したんだ?」
 紅蓮に尋ねられイザヤは笑みを消した。
「すみません」
 謝るイザヤに紅蓮は心配そうに言う。
「いや、責めてる訳じゃねぇって。……なんかあったのか?」
「……じじ様の気配を感じたんです。でも、それは……本物じゃなくて」
「じじ様? イザ君のお爺さん?」
 あおいに問われ、イザヤは頷く。
「はい。ぼくと同じ赤い瞳をした人なんです。知りませんか?」
「赤い瞳? 特徴はそれだけなのか?」
「少し時間が経っているみたいだから、今どんな風になっているのか、分からなくて。鞘のない金色の剣を持っていて、あと、右手に瑞官で貫かれた跡があるから、それを隠していると思うんですけど……」
 右手の甲を示しながら言うとあおいとミルドが瞬き、顔を見合わせた。
「え? それって……」
「ジルのこと……だよな……」
「知っているんですか!?」
 名前を出されて、イザヤは身を乗り出す。
 紅蓮が不思議そうに二人を見る。
「ジルって‘不死身’っていう噂の?」
「ああ、でも、‘じじ様’っていう年齢じゃないぜ? 27歳だとか言っていたし」
「ミル兄、ひょっとしてジルさんが死なないって噂本当じゃない? ついでに年もとらないとか」
「まさか」
 言ってからミルドは自信なさそうにする。
「……ん、うーん、ジルならあり得そうな気がしてきた」
「じじ様は不死身ではないですけど、年は多分とっていないと思います。それと‘27歳’って言っていたなら多分、27歳だと思います」
 外見年齢が完全に止まった年、というのを付け加えなかった為におかしな説明になっていることをイザヤは気付かなかった。
 あおいが少し考えて、気を取り直したように言う
「とりあえず、イザ君のいうじじ様ってジルさんってことで良いのかな? その顔のお札に似たの、ジルさんもよく貼ってるし」
「はい。間違いないと思います。……あの、どこにいるのかご存じでしょうか」
「うーん、あいつ、ふらっと来てふらっとどっか行っちゃうんだよな。神出鬼没っていうか、なんつーか」
「あ、あそことかどうかな。セレネ・ソル!」
 聞き覚えのある言葉にイザヤは目を輝かせた。
 シオンの話していた‘シュゼルド・シウ’が創始した魔法使いの家のある場所。
「それ! どこにあるんですか?」
「えっと、確か……」
 言いながらミルドは地図を取り出す。
 広げてとん、と森が描かれている当たりを叩いた。
「この辺だよ」
「何だ、地図に正確な位置描かれてねぇのか?」
「惑わしの森らしいよ。入るたびに道が変わるんだとか聞いたけど、住んでいる人とか本当に行きたい人は迷わないで入れるんだとか。あ、でも、悪いこと考えているとそのまんま森の外にでちゃうんだっけ? ……んー、よく分からないや。でも、何かそういう理由で地図にかけないんだって」
「へぇ、おもしれぇ森だな」
 感心したように紅蓮が言う。
 おそらくそれはシュゼルドの‘まじない術’だろう。
「今はこの辺だから……そう、遠くないよな」
 ミルドの指差したあたりから、森までは確かにそんなに遠くはなかった。
 イザヤはミルドを見る。
 初対面の人に頼むのは失礼かもしれない。でも、ギルドを通す余裕も無ければ、頼ることの出来る人はこの人達しかいなかった。
「あの、そこまでぼくを連れて行ってくれませんか?」





終わり無き冒険へ!