Novel:25 『薄曇りの世界の中で 3』

 シオンに連れられて来た町は港町だった。
 馬車で進んで半日くらいの場所に人の集まる大きな町があるらしく、その港町も賑わっていた。
「インテグラ? 何がある町なんですか?」
「図書館だ。世界中にある様々な本が集まる場所だ」
「本……」
 それはいかにも祖父が好きそうな場所だ。イザヤの知っている祖父はいつも本を読んでいる印象があった。方法を探している祖父は、どんな些細な情報も見逃すまいとしているかのように、様々な本を読みあさっていた。
 あるいは、そこに行けば情報が掴めるかもしれないと思った。
「確かにインテグラには人が集まる。ギルドの本部があるからな。人捜しというなら、そこで聞く方が早い。……一度くらいギルドの世話になっていれば名簿を見ればわかるだろう。インテグラの図書館で閲覧出来る」
「大きな町なんですね。何という王の治める町ですか」
「正気か? ここもインテグラもヒューフロストに属する町だ」
「ヒューフロスト?」
「今の王はファーレンハイト17世、治世は11年になる」
「11年? 若い王様なんですね」
「若い……のは確かだな。だが11年‘良く持っている’という方が正しい」
「……え? あ、そうか……そういうことか」
 納得して呟くとシオンは怪訝そうにした。
 この世界の王はイザヤの言う‘王’とは種類が違うようだ。‘暁’の王のように人間が王となり立ち国を治めているのだ。ここで言う‘王’はイザヤの故郷でいう‘領主’や‘城司’のことなのだろう。
 常識があまりにも違いすぎる。
 やはり異世界にいるのだ、と改めて実感した。
 シオンに案内され、教えられたように、宝石を一つ換金しゲルトという共通通貨を受け取った。こういう交換に関しては少しレートが違うのを感じたが、交換の仕組みじたいはあまり変わらないようだ。
 イザヤがシオンの言う‘適正価格’で受け取ったお金は小さな革の袋に二つ分だった。
「重……」
「だから暫く豪遊出来るって言ったんだ」
「そうですね。本当にありがとうございます」
 一枚の価値はどのくらいか分からないが、それを見ていた男の驚いた表情を見れば、結構な金額というのが分かった。
「そこのギルドで依頼すれば護衛ぐらい雇える。そいつに護衛になって貰えよ。餓鬼が一人でうろつくのは危ないからな。……それと、信頼出来る奴がいなければ、人に依頼するなら出来るだけギルドを通せ」
「はい! えっと……依頼って、どうやってやればいいんですか?」
 尋ねると彼は髪をかき混ぜるように頭を掻く。
「ちっ、説明してやるから、付いてこい。……くそ、何で俺が」
 最後は吐き捨てるような言葉だったが、声は優しい。
 言葉も、印象も少し怖かったが、とても優しい人だと思う。
 イザヤはにこにこと笑いながら彼の後に続いた。
 シオンはギルドと呼んだ施設の中に入ると、受付のテーブルをとんと叩く。顔を覗かせた壮年の男と話ながらてきぱきと手続きをしていく。その間もシオンはイザヤに分かるようにそれとなく説明をしてくれた。
 それを聞きながらイザヤは情報を頭の中にたたき込む。知らない文字の為に読むのが難しかったが、説明されればそこに何が書いてあるのかが何となく分かった。文字自体はオノマ語に似ているが、文章の組み方はイザヤの使うフラーゼ言語と変わらないと思った。
(あ、そういえば……言葉は通じるんだ……)
 双子の星‘暁’の方では、イザヤ達の使う共通語が通じない場所もあるという。‘王’ともなればどこの国の言葉も聞き取り話すことが出来るのだが、イザヤはまだ‘王’ではない。
 違和感なく彼らと話をしていたが、今更どういう事なのだろうかと思う。
「護衛依頼? 依頼主はアンタか?」
 話しかけてきた男に対し、シオンは首を振り、軽く顎をしゃくってイザヤを示す。
「俺じゃない。そのガキだ」
「ふぅん?」
 男は少し笑ってイザヤを見る。
 見た瞬間、一瞬だけ彼が驚いたような表情を浮かべる。まるで意外なものを見たようなそんな素振りだった。
 イザヤも彼を見て驚いた。赤髪を少し伸ばした青年だった。年の頃はシオンと同じくらいだろう。服装や、連れている鷹などを除けば特別他の人と違いがある訳ではない。だが、纏っている気配が人とは異なる。かといって先刻会ったメレディスという女とも違う。人の血に何かが混じっている気配とでも言うべきだろうか。
(人でありながら、同時に別の種族でもある人……そう言う感じ……なのかな?)
 イザヤ自身、一言では言い表せないほど複雑に様々な血が混じっている。だからそのことに偏見がある訳ではないが、男の血は少し不思議な感じがした。この世界は様々な種族があるという。彼のような‘混じり’も珍しくないのだろうか。
 男はに、っと人好きのする笑みを浮かべる。
「俺は暁紅蓮だ」
「……‘暁’グレン?」
 それは双子の星の片側の名前だ。
「暁、が名前ですか?」
「いや、紅蓮の方だ。……どうかしたのか?」
「いえ、すみません。ぼくはイザヤといいます。あの、傭兵の方なんですか?」
「傭兵つーか……まぁ、用心棒や魔物退治をしてる万事屋だな。お前、インテグラまで行くんだろ? だったらもののついでだ。護衛引き受けてもいいぜ」
「もののついで?」
「俺もそこに行く予定。こっからそう遠くもないし、安心して頼って良いぜ?」
 星と同じ名前を持つ男は、どうする? とでも問いかけるかのように、片目を瞑って見せた。
 判断を仰ぐようにシオンを見上げると、くしゃりと髪をかき混ぜられる。
「わっ……」
「面倒が省けた。あんたに任す」
 言われた紅蓮は意外そうに彼を見る。
「ん? お前も一緒に行くんじゃねぇのか?」
「俺は拾った犬を届けに来ただけだ」
「へぇ、アンタいい奴だなぁ」
「………」
 しみじみと言った紅蓮をシオンはじろりと睨め付ける。そのまま何も言わずに立ち去ろうとした背中をイザヤは呼び止める。
「シオンさん!」
「まだ何かあるのか?」
 面倒そうに息を吐いたシオンに駆け寄り、イザヤは鞄の中から呪符を一枚出して彼に渡す。
「ありがとうございました。本当に助かりました。えっと……役に立つかわかりませんが、お守りです。じじ様みたいに上手くはないんですけど……‘貴方に  の恵みがありますように’」





終わり無き冒険へ!