Novel:22 『あお』1/2

 島にロカターリオ号が着く。だが、今日もそこにはサイが待ち焦がれている人は乗っていなかった。
 少し重い足取りで帰路に着く。家の前の畑に着く前に、飼っているニワトリが騒いでいる事に気付いた。
(誰か来たのかしら?)
「しぃー、黙れって!見つかるだろう」
 ニワトリを諌めようとする声がする。聞いたことのない男の声。島の者ではない。
 サイは反射的に身を屈めて歩の速度を緩めた。十中八九、あのような言葉を放つのは野菜を盗もうとする輩である。
「だから、黙れって言ってるだろう!」
 抗議するように鳴くニワトリに男は必死になって声をかける。声がするのはトマトが実っている場所。
 トマトは支柱が必要なために合掌式で組んでいる。高さもすでにサイを超えているほど育っている。まるで、壁のようだ。
 支柱を挟んでいるために、まだ相手に気付かれていない。
 サイは身を低くしたまま、速度を速めた。家の反対側となる方から近づく。
「そんなに騒ぐと焼き鳥にして食っちまうぞ!」
「それはわたしが決める事」
 サイは声の主と対峙した。髪は炎が燃えるような赤、大きく見開いたその目は翡翠のような緑色。一瞬、その配色は夫を思い出すが赤が強すぎる。
(あの人の髪はもっと……)
 そう、彼が手に持っているトマトの色のような橙色が少し強い赤。
(まだ熟してないのに取った!)
 サイは右足の踏ん張りだけで男の前まで跳ぶ。着地した左足を軸にして右足で蹴る。
「のわぁっ!!」
 男はトマトを持ったまま、上半身を横に倒してかわす。サイは上半身を捻り、そのまま横蹴りに変える。が、男は身を低くしたためにその攻撃は当たらなかった。
 サイの身体が一回転する。次の攻撃に備えるために右足を地につけた。
チリンと髪につけた鈴が鳴る。
「あんた……」
 男は口を開いた。だが、すぐに顔は訝しんだ表情となる。
「青いの……か?」
「“蒼い狼“と呼ばれます」
 勝手に大陸で独り歩きをした異名である。その名を頼りにここまで来た者はサイの姿を見て落胆する。それでも勝負を挑んできた者に未だ負けたことは無い。
(この男も噂を聞きつけて来たのね)
 だが、男の表情に沈んだ色は見えない。むしろ目は輝き、口の両端がつり上がっている。
 ゾクリと背中に悪寒を感じた。右足を一歩引く。
(この感じはどこかで……)
 サイが気を取られていると男はトマトを口にくわえて、剣を抜いた。長剣と短剣の二刀流。長剣を左手に持っているということは左利きなのだろう。
(ならば、利き足を変えるまで)
 左足に力を入れる。二人が同時に一歩踏み出した。
 サイの方が踏みこみが深かったらしく、相手の懐に入り込んだ。
 男の腹部にひじ打ちで攻撃する。が、男は短剣の方で防いだ。
(速い……)
 動きはサイよりも遅いが、反応が早いのだ。
 天性のものなのか、よほどの戦闘経験を積んでいるのかは判断できないがサイは一度距離を置いた。
 両手両足に付けていた重りを外した。攻撃力が落ちるが、反応速度を上げるには重りを外すしかない。
(利き足も変えてでは無理)
 サイは右足に体重をかけて、男の方へ踏み出した。今度は蹴り技が出せるほどの間合いに調整する。
「はぁぁ!!」
 蹴りを繰り出すが、男は剣でそれを防ぐ。だが、足数が多いのか押されてバランスを崩した。
(ココ!)
 右足を軸にして足払いを放つ。やはり、重りを取ったサイのスピードについてこれないようで、男は足元をすくわれ倒れる。
 サイは跳ぶと、トマトの支柱を支える柱に足をかけて宙を舞った。右足のヒールを男に真っ直ぐ向けて落ちた。
 男は剣を構えた。細身の刀身では防げるようなものではない。サイも簡単に折れると思った。だが、剣はサイの攻撃を受け止めた。
「……違う」
 男が呟くと剣を支えている両腕に力を入れて、一気に押し返した。
 サイは再び、宙に舞う。少し離れたところに着地した。
「腹減ったぁ……」
 男は空腹時に鳴る腹の音をさせながら、地面に大の字で寝転がった。

終わり無き冒険へ!