Novel:22 『あお』2/2
「ゴンベー!」
背後から聞きなれた声がした。あの赤いバンダナはフージェンである。彼の名前はこちらの発音に近いので覚えやすい。
後ろには青い髪の男がついてくる。確か、レンとかレオとか呼ばれているが大陸の名前は良く判らない。
とりあえず、サイはご飯の用意を始めた。と言っても、お昼過ぎなので残り物と簡単なものしか出来なかったが。ゴンベと呼ばれた男はそれを平らげてしまった。
家族は食が細い方だったので、その食べっぷりにサイはただ口をあけて呆けてしまった。
「ぷはぁ〜。食った、食った」
そう言いながらもゴンベは器に盛られたイチゴに手を伸ばす。
「船のじゃ足りなくてさぁー。足りない分は自分で獲れって言われたけど魚も釣れないし、俺は飢え死にするところだった」
「だから、この畑に来たの?」
「あのニワトリも丸々太って美味そうだったんだけどなぁ」
ゴンベは窓から外を見る。
「あれは卵を取るためで食用ではないのよ」
サイが言うと、ゴンベはチェッと舌打ちした。
「つか、ゴンベさ。この島の言葉喋れるのな」
今まで黙っていた青髪の男が言った。サイは意味が判らず首をかしげる。
「さぁ?俺は普通に話してるだけだけど」
ゴンベは気にも留めずにイチゴを食べる。
(皆の分が無くなっちゃう)
サイは「食べていいのよ?」とフージェンにイチゴの器を近づけた。フージェンは遠慮がちにイチゴを一つとる。
「サイさんは大陸の言葉が判らないんだ」
「でも、ゴンベと会話をしてるってことは……」
「どういうことだ?」
ゴンベとサイは判らず首をかしげた。
大陸から来る船の乗員は仕事柄、大陸言葉以外の言葉を話せる。青い髪の男が島の言葉を話せるのはそのためだ。
フージェンは出身がこの島と近い故に言葉が判る。
ゴンベはこの島に来るのは初めてだと言った。それ以前に記憶が無いらしい。
「共通語だよ」
「なんだそれ?」
「弟から聞いたことがあんだけど、地域関係なく使える言葉があるらしい。神様はその言葉が使えるんだと。でないと、せっかくの神様のお告げも判らないだろう?」
(神のお告げ……)
「じゃあ、ゴンベは神様ってこと?まっさかぁ」
「だったら面白ぇけどな」
「まぁ、アルフレドが言うには言葉に縛られているのは人間だけらしいけどな。あいつが使役している精霊とかも共通語らしいし。あと、言語学者も使えるとか何とか」
「えー?学者ってのものなぁ……」
フ―ジェンは否定していたが、サイは何となく納得してしまった。
(彼の声は頭の中に響くような感じだもの)
そして、ようやくゴンベから受けた雰囲気が誰と似ているのか判った。
「あの人……」
サイは呟くと、入り口の方にある棚に置いてあった小さな鈴を持ってきた。以前、浜辺で見かけた海が好きと言った女性から貰った小さな鈴。
ゴンベの前でチリンと鳴らした。
「その音……どっかで……」
「多分、貴方の探している人だと思います」
この鈴を渡した人も青い髪と服を着ていた。この島の深い海の色と同じだ。多分、彼の言う「青いの」とは彼女を指していたのだろう。
「多分だけど、その人も貴方を探していると思います」
「オレの事を?」
「名前は違うけど、言われた容姿の特徴が同じだから……多分」
「名前、なんて言ってた?」
「その人は名乗ってません。探していた人の名は……ツーイル?とかなんか言いにくい名前」
「じゃあ、大陸っぽい名前なんだな。サイさんが言いにくいって言うんだから」
青い男が笑った。サイは困った顔をして赤面した。
「それにしても、サイさんに喧嘩売るってはどういうことだよ!」
「だって、青いのっつーからさぁ」
「“あお”違いだな」
「わたしは別に構いませんよ」
「あんた、強そうだって思ったんだよな」
「貴方も十分強いですよ」
サイが戦えたのは、彼に記憶がなかったからだろう。身体だけの記憶で戦っているのならば、記憶をなくす前は相当の使い手だったはずだ。
もし、あの女性が探している人物だとしたら、本来ならば対峙した時点でサイは逃げを選んでいただろう。
「髪の色だったら、俺も青いのじゃね?」
「あー。あんた弱そうだからさ」
ゴンベの言葉に青い髪の男は舌打ちする。フ―ジェンはまあまあ、と慰めていた。
確かに彼は身体を鍛えているし、船の上では機敏に動くが先読み出来るほどの経験と勘が足りない気がする。
それは船長にも言えるのだが、負けるという姿が想像出来ない不思議な人物である。
(あの人も……勝てる気がしない)
サイが勝てないと思う最たる人は自分の夫である。あの人には自分の知らない何かを持っていそうなのだ。それが何か判らなくて不気味で勝てない。
「オレの事探してるなら、その内会えっかなぁ〜」
「そうね、会えると思うわよ」
サイは少し寂しそうに言った。
あの時の女性を思い出すと、どう考えても探している人との関係性が判らなかった。
もし探し人がゴンベならば何となく理由は判った。
(恋人とかじゃないんだ……)
しかも、お互いが闘うことを望んでいる。それが、サイには寂しく思えたのだ。元々サイが判るような関係ではないのかもしれない。
なんだか、この小さな鈴を渡すと二人が会ってしまうような気がしたので自分の手の内に収めた。
サイ・ゴンベ・フージェン・レオン
文:ふみ