Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』6/7

 目を覚ますと、月の光が注いでいた。
「気がついたかね?」
 師の声が傍らでする。月の光で全てが青白く染まっていた。
「ここは……」
「ロスト家の一室を借りた。床の上で済まないね」
 起き上がると、床の上に敷かれた魔法陣に寝かされていたようだ。石床で寝ていたので体中が痛い。
 眼鏡を探しだしてかける。改めて見まわすと、ゲストルームのようだった。
「気分はどうかね?件の神獣は?」
「今は大人しくしています」
 アルフレドは自分の右腕を見る。包帯が巻かれてあった。
(怪我をしたのだったか)
 包帯を取ると、皮膚が裂かれたように赤い筋が浮き上がっている。そして、皮膚を動き回る金色に光る文字の列。
 文字は弱々しく発光し、全身を巡る。
「今宵は満月。月の魔力と闇の呪術で封じているが、君が契約すれば大人しくなるだろう」
「神獣ですよ?僕の魔力では扱えません」
「それは君の悪い癖だよ」
 ジルは空いたグラスにボトルに入った液体を注ごうとした。
「手酌は出世しませんよ」
 アルフレドはジルからボトルを取ると、グラスに注ぐ。
 ジルがクスクス笑うのでアルフレドは顔をしかめた。
「いや、トムも昔同じことを言ったのを思い出してね」
「幼い時から聞いていましたから。こういう縁起担ぎは」
「トムは自分には商才がないと、国を飛び出して私のところに来た。この話は聞いているかね?」
「はい。そして、先生のところでは魔術師としての資質がないからお金の管理をしていたと聞いています」
「そして商人として大陸中を巡り、ギルドを有するようになった。似ていると思わぬかね?」
 ジルはアルフレドの方を見て、首を傾げた。
「祖父と僕がですか?」
「扱えぬと言いながらも、実際にはそなたの体の中に留まっておる」
「それは……」
 先生の魔法陣と月の魔力のおかげですよ。と続けたかったが、ジルがそうさせなかった。
「影の精霊を従えさせた召喚士はあまり居ない。何故か判るかね?」
「その存在があまり知られてないからです」
「影の精霊なぞ居らぬからね」
「じゃあ、シャドウとは?」
「シャドウという言葉は影という意味。だが、それらは在るものが光を浴びて作り出すもの。精霊の力ではない。だが、影が力を持たぬように影の世界を統べるものがいる。それが……」
 ジルは月の影で出された自分の影を指す。そこにはシャドウが潜んでいる。
 アルフレドが意識を失う前に、ジルの影に戻るように命じたのだ。
「彼女は影の国の女王。闇の眷属だよ」
 アルフレドはジッと影に潜む者を見つめた。二つの光は数回瞬き、消えてしまった。
「君はもうすでに精霊以上の者と契約をしている」
「お言葉ですが、僕はいつシャドウと契約したのか覚えてないのです」
「14年前とだけ言っておこうか」
「祖父母から何か聞いているのですか?」
 いずれ話そうかね。とジルはグラスの酒を空けた。
「この神獣はフィーナちゃんに渡すのだと思っていました」
「フィーには彼女自身で契約して欲しいからね。それが召喚士としての理であろう?」
「シャドウを使って捕獲させたのは僕の力を見せるためですか」
「でなければ、アルに従わないであろう?あと、シャドウは外して貰えないかね」
「それは無理です。何時居なくなるか判りませんから」
「それほど信用が無いとは。師として失格ではないかね?」
「信用してないわけじゃありません。ただ、行き先も告げずに居なくなるから心配なだけです」
「そう言う所はやはりトムに似ている」
「茶化さないでください」
 アルフレドはため息をつくと、空いたグラスに酒を注ぐ。焼き菓子に使われてる酒なのだろうか?甘い香りがした。
「このお酒は甘いのですか?」
「アドニアの酒は甘口だからね。ヒルトからの餞別だよ」
「王がいらっしゃったのですか?」
「シリンとアリオト殿の事が心配だったのだろうね。アルにも会いたがっていたよ」
「そうですか。あの二人は……」
 ジルが微笑んだので、アルフレドは自分の役割を果たせたのだと解釈した。
「先生、一杯もらえませんか?」
「おや、傷心酒かね?」
「何を言っているのですか。ホルシードと契約するので勢いをつけたいだけです」
 ジルはクスクスと笑うと手にしていたグラスをアルフレドに渡した。
 琥珀色の液体を少しなめてみる。甘い。やはり、焼き菓子や紅茶に入れる類のものだろう。
(これならば、大丈夫か)
 半分ぐらいを飲むと、喉にその液体を流し込む。
 何度飲んでも酒と言うのは熱い。この酒はふんわりと甘い香りが漂った。
 残りを飲みほして、自分の荷物を引きよせてもらった。カバンの中には紙の束が入っている。
 一応、本が破れたりしては困ると持ってきたのだが実際に使うとは思わなかった。
 紙の束を目の前に置いて、胡坐を組む。
「我、汝と契約せんとする者なり。我が名、アルフレド=リンドホルム。この名のもとに命を下した時に従うことを良しとせよ」
 弱々しく光を放つ文字が体中を巡る。
「汝に無限の青天を与えることを使役の条件とす」
 文字が止まった。その瞬間にアルフレドの指が紙の束に触れる。
一直線に撫でると、文字が浮き出る。端まで来ると、次の行にと動作を続ける。
 ホルシードの封じられていた聖典の文章が一字一句違えずに綴られていく。
 最後の文字を写し終えると、アルフレドは大きく息を吐く。2・3時間はかかっただろうか。
 ジルは最後までそれを見ていた。
「アルの契約方法は面白い」
「そうですか?」
「何故、本限定で関係なく呼び出せるのかよく判る」
「僕は本にしか精霊は居ないのだと勘違いしていましたけどね」
 紙の束をそろえると、あくびをした。
「もう休んだ方がいいね。今度はベッドの上に寝たほうがいい」
 言われなくてもそうしますよ。と答えると、ジルは「お休み」と部屋を出た。
 紙の束を丁寧に包み、カバンの中に入れる。テーブルに置いてあったウンディーネの本は枕の傍らに置いた。
(いたらない主人で済まない)
 本の表紙を撫でると、指を撫で返す感覚があった。

終わり無き冒険へ!