Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』7/7

 日が明けて、再びシーリィンとアリオトがロスト家を訪ねてきた。
「もう、お帰りになるのですか?傷の具合は?」
 ヒューフロストに戻ることを伝えると、シーリィンが心配してくれたことがアルフレドには十分だった。
「御蔭さまで痛みはありません。ですが、ウンディーネの方が心配なので」
 アルフレドは数ページしかない本を撫でる。
 アリオトが眉間にしわを寄せて、アルフレドに近づいてきた。
「アルフレド殿。もし貴方が良かったらの話なのだが、決闘の決着をつけたいと思う」
「決着はついたと思うのですが?」
「公平ではない。この地は自分に有利だった。それに姫から聞いたが精霊の力を借りれば、アルフレド殿は我が国の槍兵にも劣らぬ実力だと」
 なんて事を言ったのですか、という視線を送るとシーリィンはにっこりと笑った。
「アリオト様。自分が不利だと計算できないくせに決闘を申し込んだのです。ですから、これはわたしの負けなのです」
「しかし……」
「エアが卿に何かを吹き込んだのだろう?」
 なかなか引かないアリオトにジズが何か感じたのか。言葉はアリオトに向けたが、視線はシーリィンにある。
「あら、私はただ『勝敗が判りませんでしたね』と言っただけよ?」
(それを気にしているのか)
 アルフレドはため息をつくと、アリオトを真っ直ぐ見た。
「アリオト様、貴方は太陽を仕留めた者ですよ。アドニアの神話では太陽を鎮めた者が王となる。わたしは貴方に軍配が上がると思うのですが」
「しかし、神獣を手にしたのはアルフレド殿だ」
「わたしは召喚士ですから、そういうのに長けているというだけであって……」
「アルフレド殿は王に必要なものを知っているか?」
 アリオトの質問の真意が分からず、アルフレドは答えとなる兵法に書かれていた一文を思い出す。
「国の民です。民なくしては国に在らず。国なくしては王に在らず。だからこそ、わたしでは民の信頼を得難い。ヒルト王にお仕えの貴方ならばこの意味をお判りでしょう」
 ヒルト王の元で働きたいと決闘までした人だ。誰が王を選ぶかは自身が良く判っているとはずだ。
 アリオトが黙ったので、理解してくれたのだと一息つく。
 二人のやり取りを見て、シーリィンがクスクスと笑う。
「アルフレドさんが今回のお見合いで本気でないことは判っていたのですよ」
「どうしてですか?」
「だって、アリオトさまに決闘を申し込む時、周りの方のことばかりでわたしのことを一切言ってくださらなかったでしょう?」
 シーリィンは悪戯っぽく笑う。
「勉強になりました。気を回し過ぎても想いは届かないのですね」
「あら、まだそんな事を言うの?」
「シウ家で会った時からお慕い申しておりました」
「姉弟子として、でしょう?」
シーリィンはシウ家で会った時と同じ笑みをアルフレドに向けた。

ヒューフロストに戻り、いつも通り図書館で働く日々に戻った。
 右腕の傷は癒え、ウンディーネの本も写し直した。神獣を宿した聖典も綺麗に装丁されアルフレドの本棚に収まっている。
「アルフレド、見合いはどうだった?」
 背後から声をかけられた。振りかえると杖をついた片足の男が立っていた。
「イヴェルさん、あまり大きな声で言わないでください」
 アルフレドはイヴェルを従業員が使う部屋に通した。さらに奥にある部屋はアルフレド専用の小部屋である。
 机と来客用のソファとテーブル。そして、精霊が宿っている本を置く小さな本棚とティーセットが飾ってある。
 イヴェルに座るように勧めると、ウンディーネを呼び出しやかんに水を満たした。
 入れ替えにサラマンダーを出し、三脚台に置いたやかんを尻尾の火で温める。
「いつも思うんだが、それは正しい精霊の使い方なのか?」
「力を貸してくれるということは嫌がってはないのでしょう」
 アルフレドはサラマンダーを撫でると、イヴェルの向かいに座った。
「焼けたな。そんな長い間アドニアに居たのか?」
「そういうわけではないのですが」
 肌の色はまだ小麦色になっている。神獣の攻撃を受けたからであろう。
「お見合いの件ですが破談になりました。イヴェルさんにはお世話になったのに申し訳ありません」
 イヴェルには見合いの話をした。相手は王族というのは伏せたのだが、アドニアの様子や社交マナーについて教わったのだ。
「まあ、そういう時もあるって。よし、仕事終わったら飲みに行こう!俺の驕りだ、気にするな」
「は?どうしてそのような事になるのですか?」
「心の傷は酒で癒す。特に色恋沙汰には効果抜群。過去の女のことなんてパーッと飲んで忘れるのが一番」
(別に傷心したわけではないのですが……)
 アルフレドは苦笑してイヴェルの申し出を受けた。
「でも、お酒はダメですよ。僕は弱いですから」
「それは飲ませろという前フリか?」
「冗談ではなく。本当にダメですって!」
「しらふで振られた女のことを話させるほど俺はそんな酷い男じゃない」
「ああ、相手のことを聞きたいのですね」
 相手が王女だと言ったらどんな顔をするだろうか。
 フフッと思わず笑みがこぼれた。
「なんだよ?」
「いえ、イヴェルさんはお優しいのですね」
「ダチの心配をするのは当り前だろう?」
「ダチ……?」
 一瞬、思考が止まる。頬に熱を感じた瞬間、ピーッとやかんが鳴った。
「え?あ……!だぁあ!!」
 やかんを外そうとして立ち上がり、振り返る時に足をソファに引っ掛けた。
「おい、大丈夫か?」
「……大丈夫です」
 ソファにつかまりなんとか踏みとどまる。ずれたメガネを直した自分の手が冷たい。
 やかんから離れたサラマンダーが下から覗き込んでくる。
「すすす、済みません。面と向かってそのような事を言われた事がないので」
「そんな反応されると、こっちまで困るっつーの!」
「そうですよね。済みません」
 イヴェルまでも赤面しているのを見て、アルフレドは申し訳なくなった。
 深呼吸してからカップとポットを温めるためにポコポコとお湯を入れる。お湯を注ぐだけでこれほど緊張した事は無い。
 やかんのお湯を冷めないようにサラマンダーは再びやかんの下に尻尾を置く。
「アンタは本を勧める時は熱心だけど、普段は一線引いてる所があるよな」
「幼少の時は作らないようにしていましたから。定番の誘拐もされましたし。その時の記憶は全くないのですが。自分のせいで巻きこみたくはないのです」
「オレは自分の身は自分で守れるぐらいはできる。それに誘拐って年でもないだろう」
「言われてみればそうですね」
 空の水差しにポットの湯を捨てる。茶葉を入れて沸騰しているやかんの湯を入れる。蒸らしている間にお茶菓子のタルトを切る。
「しかしなぁ、なんで断られたんだろうな」
「いいじゃないですか。先方にも都合があるのですから」
 淹れた紅茶と茶菓子を差し出すアルフレドの顔をイヴェルはまじまじと見る。
「何か付いていますか?」
「髪を伸ばした方がいいんじゃねーか?」
「そうですね。ジル先生やデュナンさんのように伸ばしてみようかとは思っているのですよ。少しでも魔力が上がればと思って」
 そういえば、セレネ・ソルにも最近行ってない。
(サーザ君は元気にしているだろうか?)
 ふと、黎明の村の事を思い出す。急にあの人懐っこい獣人に会いたくなった。
「だから、そういうことじゃなくて!」
「何を怒ってらっしゃるのですか?」
「そんなすっとぼけた事言ってるから断られたんだろう」
「別にとぼけてはいません。的外れなことは言ってないはずなのですが」
「アンタのそういう所が心配だ」
 その言葉に正している姿勢をさらに改める。
 アルフレドの様子を見て、イヴェルはダチとして、と付け加えた。赤面するのがイヴェルの方でも判ったのだろう。急に笑い出した。
「おかしくないか?普通、赤面までしないぞ」
「イヴェルさんには判らないのですよ!僕がどれだけ……」
「ん?」
「嬉しかったのです。その言葉が」
「だったら、これからもっと楽しくなるぜ」
 イヴェルは笑った。優しい柔らかな笑顔だ。ふと、冬の厚い雲の隙間から見える太陽に似ていると思った。
 シーリィンもジズもアドニアの太陽のような、人に活力を与えるような笑顔だった。
アドニアの人達は神獣ではなく、もう人の中に太陽を見出したのかもしれない。
「そうですね。これからよろしくお願いします」
「改まって言うなよ。オレは前からそういうつもりだったんだけどな。こうしてお茶にまで招かれているから」
「あ……そうですね。考えてもみなかった」
「ダチになるってのはそういうことだよ」
 イヴェルが笑ったので、アルフレドもつられて笑った。




アルフレド・ジル・ジズ・シーリィン・アリオト・イヴェル 他
文:ふみ

終わり無き冒険へ!