Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』5/7

 空には太陽が二つあるようだった。聖典から出現したのは黄金の光を放つ一匹の大きな鳥。
 アルフレドが封印を解いたのは確かで、勢いよく鳥は空に舞い上がったのだ。
だが、混乱している様子もうかがえる。鳥は空中に停止し、アルフレドたちを見下ろす。
(来る!)
 直感的なのか、媒介の繋がりがあるのか攻撃のタイミングが判った。
「ウンディーネ!」
 主人の声に反応して、精霊は女性の姿を水の膜に変化させる。
 鳥は耳に衝く甲高い声と共に高熱量の光線を発する。ウンディーネに反射されて、大半は空に向かい少ない雲に穴が開く。
 この場に居た人達には影響がなかったが、庭の植物が萎れてしまった。
「きゃあ!」
 シーリィンの声がした。アルフレドが渡した本を落としたようだ。あれはウンディーネを宿している本。
(ウンディーネ?)
 気配がしない。というか、術者である自分に攻撃のダメージを受ける覚悟で命じたのになんともない。
「先生!本は?」
 ジルは落とした本を拾い、中身を見る。険しい顔をしている。
 アルフレドは立ち上がろうとしたのに、足に力が入らない。右腕の痛みにようやく気付き、腕を押さえる。
 ジルが本を持ってきてくれた。本の中を見せてもらうと、ページは焼かれて黒く煤のようになっていた。ボロボロと落ちてくる。
が、数ページ残っているので安堵する。ダメージが大きすぎて実体が保てないのだろう。
「彼女自身が君との接続を切ったのだろうね」
「主人に断りもなく勝手な事をしますね。本を直したらお仕置きです」
「アルを想ってのことだよ。あれはどうなのだね?名は見つけられたのかね?」
 空をグルグルと回っている黄金の光を放つ鳥を指す。
「そのはずなのですが。どうも混乱しているみたいですね」
 ジルは懐からマッチ棒で作った立方体を取り出し、手のひらに置いた。
「アルフレド=リンドホルムの名を借りて命ずる。我が影に潜みし者よ、光を捕らえる監獄となれ」
 影だけが微妙に動き、立方体の影に移り収まる。
「ウグイス。これを太陽とあの鳥の間に運べるかね?」
『主のご命令ならば』
 凛とした風の精霊の美しい声が聞こえた。自分が使役している風の精霊と違い、言葉づかいも気遣いも主想いの精霊である。
「主のつもりはないのだがね」
 苦笑すると、ウグイスを気にした。飛び回る鳥に気にされることなく、太陽に近づく。
 ウグイスが立方体を掲げると、鳥は再び甲高い声を上げた。が、立方体の影が檻となって縛り上げる。
「アリオト殿。力を貸してはくれぬか」
「自分に出来る事があれば。何でも言ってくれ」
「その槍であの骨組みだけの箱を撃てるかね?」
「本体ではなく?少し高度があるが……」
 アリオトは空に浮かぶ立方体を見て目を細める。
「僕が下ろします」
「アルフレド殿?」
「済みません。僕が不甲斐ないばかりに迷惑をおかけして」
「先に傷の手当てをしたほうがいい。ジズ!」
 アルフレドは頭を振ったつもりなのだが、体が思うように動かない。
「手当ては後で構いません。あの神獣の封印を解いたので聖典は使えません。僕の血で繋がっている今ならこの身に封印できます」
「そんなことが出来るのか?」
「やります。僕の蒔いた種ですから」
 アルフレドは立ち上がり、ジルの影に自分の影を重ねる。
「シャドウ、戻っておいで」
 ジルの影が揺らぎ、揺らぎはアルフレドに移る。次にアリオトの武器に影を重ねる。
「アルフレド=リンドホルムの名において命ずる。彼の者に光を撃つ闇の力を授け給え」
 言葉が終ると、槍の影が一段と濃くなった。
「アリオト様、お願いいたします」
「貴方も。アルフレド殿」
 アルフレドは少し笑うと、フラフラとした足取りで鳥の真下に立つ。
 真昼の太陽のように影は自分の足元にしか出来ない。眼鏡のフレームが熱いので、外してシャツの胸ポケットに入れる。
「もう一働きお願いします。代償は僕の血ですが」
 右手をだらりと下げた。指に伝わり、血が影の留まっている地面に染みる。
「”拘束の鎖”」
 呟くと影を通してアルフレドの身体から無数の黒い鎖が伸びる。威嚇するように鳥は光を放つが、アルフレドの足元の影を濃くするほど鎖は近づく。影の檻と繋がるとさらに影の色は濃くなり、高度を下げ始めた。
 鳥は空に向かって鳴く。
(ずっと封印されてきたからこの空が恋しいのだね)
 聖典の中でこの空を思い描いていたのだろうか。
 きっと、この空を飛ぶことが当然だと思っていたのだろう。だが、失って気付くのは遅すぎる。
もう二度と失うまいともがいているのだ。だが、それを判ってもこの鎖を緩める気は無い。
 鳥の短い悲鳴が聞こえた。
 暑さで無意識に鎖を戻すことしか考えていなかった。目線を上げると、影の槍が貫いていた。
アリオトの槍は見事に小さな的に当たったのだ。
 鎖より早く鳥の方が落ちる。
 アルフレドは両手を差し出した。手で持てるという大きさではないのだが、無意識だった。
 傷口から鎖が伸び、鳥を誘導させる。鳥は観念したように金色の鎖となってアルフレドの身体の中に入る。
 全ての鎖がアルフレドの身体を通過した時、シャドウと呟いた。そして意識を失い、その場に倒れた。

終わり無き冒険へ!