Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』4/7

 ジズの重低音が奏でる独特の笑い声が書庫の中に響いている。2・3分は笑い続けているのではないだろうか。
「ジズ様、笑いすぎです」
「いや、失敬。アリオトの行動は想定内だが、まさか貴殿も勝負を挑むとは思わなかったのでな」
 何事もなかったように話すと再び、あの笑い声が響いた。
「君は自ら悪役になるような所があるようだね」
 ジルもクスクスと笑っている。かつて、ジルとアルフレドは対立したことがある。
正確にはアルフレドの姉弟子となる少女となのだが。
「好んでやっているわけではありません」
 ただ、あのままでは彼が居づらいのではないかと思ったのだ。
この見合いは仕組まれたものだ。だが、あの二人は本物だと思っている。
 持ちかけたのはシウ家側ということになっているから、彼女とシウ家にしこりを作るようなことをしたと気にされても困る。
 ならば、何かしらの決着を付けなければならないと考えたのだが。
「ジズ様もお人が悪い。あのような算段があれば教えてくださっても良かったのに」
「それでは見破られてしまうと思ってな。エアは陛下同様察しが良い」
「外見はレヴィ殿だが、そう言う気の使い方はシア殿に似ているね」
「それは光栄です」
 ジズは目を細めて、嬉しそうだった。
「ここら辺だと思うのだが」
 ジルが足を止める。
ここで何をしているのかと言えば、決闘用の本を探している。
 先生が言うにはこの屋敷の書庫には召喚獣の気配がするという。実際、この部屋に入るまではアルフレドも気付かなかったほどの微かな気配である。
 精霊を憑依させると術者の体力の差で公平ではないとジルが精霊自身と戦わせることを承諾させてしまった。
 本は集中力を高めるためとの名目だが、この決闘の間で召喚獣の封印を解いてほしいらしい。
「母は魔道を学んでいたということですから、母の持ち物に居るのでしょうか?」
「おや、ロスト家の嫡男がそんなことを言うのかね。それでは父上も安心して引退出来ない」
「私は外務に携わりたいと思っておりますので」
「それはローア卿が喜ぶね」
 二人の笑い声を背に受けながら、アルフレドは目的の本を探しだした。
「先生、これではないでしょうか?」
「これは旧アドニアの聖典のようだね。……うん、確かにこの中から感じられる」
「それでは皆さんの所に行きましょうか。相手の方もお待たせしていますし」
 中庭にはテラスまであった。そこには祖父母とシーリィン、彼女と共に部屋に訪れた中老の女性、ジズの母親まで居る。
 中庭にはすでに男が立っていた。その手には槍を携えている。
「遅れて申し訳ありませんでした」
「いや、こちらこそ。改めて、アリオト・ウェルと言う」
「ではこちらも。貴方のお相手をさせていただきます、ウンディーネです」
 右手を挙げると、水の精霊が姿を現す。精霊を見るのは初めてなのだろうか。アリオトは少し戸惑いを見せる。
「遠慮はいりませんよ」
 ウンディーネは水から造り出した槍を手にし、構える。
 アリオトも両手で槍を構える。瞬間に戸惑いを消した。
「始め!」
 ジズの言葉でウンディーネが先に動く。本来ならば受け手に転じるのだが、主とアリオトとの距離を離すために仕掛けた。
 同時にアルフレドは後退し、聖典に宿る召喚獣探る作業に入る。
(意外と攻撃を見る人だな)
 熱くなると周りが見えなくなるタイプは大体突っ込んでくるものだが、アリオトはウンディーネの攻撃を受けながら出方を見ている。
(長期戦になるとこっちが不利だ)
 初めて対戦する相手。しかも、国王の側近である騎士である。互角に戦える相手ではない。
加えてこの暑さ。立っているだけでアルフレドの体力を奪っていく。
(斬らせるか?)
 迷った瞬間にアリオトの槍はウンディーネの脇をかすめ、髪を突く。毛先は水滴になり地面に落ちる。
「ウンディーネは水の精霊です。貴方に水は斬れますか?」
 煽るように言ってみるが、アリオトはウンディーネから目を離さない。
(それにしてもあの武器は厄介だ)
 風の属性を宿しているのだろう。触れれば、水といえどもウンディーネの身体はえぐれてダメージを負う。精霊のダメージは契約者にも伝わる。
(しかし、距離を置いては弱みを見せるわけには……)
『アルフレド様、本に集中してください。ここはお任せを』
 ウンディーネの言葉が脳に響く。書庫から中庭に来るまでに半分近くは読んだ。
(もうしばらく時間稼ぎをしてください)
アルフレドはメガネを直すと、本に視線を落とした。
 旧アドニアの聖典には領土の成り立ちとそれに関わった神の神話が綴られていた。最後の方には太陽神がアドニアの王と入れ替わる形になっている。
 この本には太陽神もしくはそう呼ばれたモノが封じられているのは容易に想像できた。
 本に封じられている場合、大体が封じたモノに関する話が載っているからだ。
しかし、聖典には太陽神の名が統一されておらず、時代によって呼称が変わる。
(片っ端から呼んでみるか?)
 ウンディーネの短い悲鳴が聞こえた。
 声の方に顔を向けると、ウンディーネの右腕にアリオトの槍が当たったのだろう。ウンディーネの腕が水滴となって消える。
「くっ……あぁぁぁあ!」
 アルフレドは右腕を押さえて、地面に蹲った。精霊の受けた傷が術者に伝わるほどのダメージを受けた。シャツの袖が赤く滲む。そして、落とした本に血が伝わった。
『アルフレド様!!』
「相手に背を向けるな!」
 主人を気遣う精霊に一喝する。ジズも止めるか迷い、アリオトもアルフレドの方を見ている。
 だが、アルフレド自身は怪我を負った腕ではなく本を凝視していた。
(しまった。本に血が……)
 血は魔力が宿る媒介の一つである。少しでも与えれば、封じられている者に力を与え、封印が破られてしまう。
幸い、アルフレドは魔術師としては魔力が低い。破られるとしても時間がかかる。が、召喚士の血は実体を与えてしまう。
 封印を解かれる前に、アルフレドの方から封印を解かなければ暴走してしまう。
 相手は太陽神と呼ばれたモノ。
 暴走すれば王都は神話のように焼かれてしまう。
(考えろ。何かヒントが……)
 ジズが母親の持ち物に召喚獣が居るかもしれないと言った時、先生は否定した。
 確か、ジズの母親であるヒューシアの国も太陽と大河信仰のはずだ。
(ロスト家に関係するということか?)
 文字の意味で考える。失う、迷う。
(太陽を失った記述のある物語は4つ)
 綴りを変えると燻ぶるとなる。多分、本来の力を知らずに人として生きていたことだろう。
(太陽神が人として生きていた話は2つ)
 暑さで朦朧としてきた。ウンディーネを使役しているから魔力も奪われ続けている。
「おい、アルフレド=リンドホルム!」
 ジズがいつの間にか近寄ってきて、肩にその大きな手を置きアルフレドの身体を揺らす。
(確か、怪鳥の名も……)
 アルフレドの頭に一つの話が浮かんできた。だが、これはこの聖典には載ってない話。
 ページが火に炙り出されるように焼ける。封印を無理に自力で解き始めている。
「ホルシード」
 聖典にない太陽神の名を口に出していた。

終わり無き冒険へ!