Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』3/7

「では、お父様に挑んでみてはどうですか?私の理想はお父様より強い方ですから」
「ならばヒルト王は人が悪い。断られると判ってこの話をお受けしたのですね」
「お父様から一本取ったら判りませんわよ?」
「なにぶん剣を持ったことがありませんので。例え、武道の心得があってもそのような無謀な事を出来ないでしょうね」
「無謀なことでしょうか?」
 ピクリと眉が動いた。声も少しムキになった感じだ。
「ええ、もしそのような方が居るのならば拝見したい。さぞ、無様に負けたのでしょうね」
 攻めるのはここだろか?と、少し言葉を酷くしてみる。
「アリオトさまを……お父様の側近を愚弄することは何人たりとも許しません!」
「失礼、側近の方でしたか。自分に刃を向けた者を置くとはヒルト王も懐が広い。それとも、身分の高い方だったのでしょうか?」
「お父様は身分にこだわる方ではありません」
「ああ、確かヒルト王のご実家は……。しかし、そのような方がいらっしゃったのにお断りになったのですか?」
「あの時はお父様の元で働きたいという理由でしたから」
(その人物ではないのか……)
 ジルから事前に聞かされていた情報によると姫には想いの人がすでに居て、それはヒルト王の側近だという話だったのだが。
 次にどう切り出そうか迷っていると、ウンディーネが首を振る。
間違ってはいないようだ。
「ならば、私もその無謀なことをしてみましょうか」
「え?」
「言ったでしょう?この身も投げ出す覚悟はある、と」
「お父様は武器も持ったこともない方との決闘を承諾するはずがありません」
 決闘を持ち掛けといて否定する。彼女の思考力が落ちたのだろうか?
「私は契約した精霊ならば憑依させることが出来るのですよ。今は槍使いの精霊しかいませんが。決闘には使用する武器は決まっているのでしょうか?」
 シーリィンが槍という言葉に反応した。
「もし、槍を使えるならば……側近の方にも引けを取らないかもしれませんよ?」
「アリオトさまは槍術においてはすでにアドニア一と謳われた方。騎士としての技量も申し分ない御方です。甘く見ておられるのですか?」
「いいえ、そのようなわけではありません。しかし、アドニアでは戦禍の際、粗悪品の槍が普及したために槍を使う方は少ないとお聞きしました。それ故に槍兵が希少と槍使いになったのならば……」
「アリオトさまはそのような人ではありません!元々は剣を志していたのです。槍にと言ったのはお父様の方。しかし、王に言われたからと簡単に変えられるものではない。それでもあの方はお父様の意に応えたい一心で日夜槍を振るっておられた。だからこそ、今の地位があるのです。何も知らない貴方があの方を軽々しく扱うことを私が許しません!!」
 声を張るほどに怒ると思わず、アルフレドは暫し言葉失う。
「失礼しました。シーリィン様が気にかけていらっしゃる臣下を侮辱したことをお詫びいたします」
「それは……お父様の家臣だから」
 シーリィンは急にしおらしくなり、今までとは一変して目を合わせないように顔を伏せた。
「それだけですか?」
「私では力の及ばない所でお父様を支えて下さると信頼に足る方だからです」
「それほどの人物なのですか?」
「私の期待を今はまだ違えてはおりません。これから先も変わらないでしょう」
 一度剥がれた覇気を徐々に取り戻しつつある。それは困る。
「シーリィン様が一臣下にそこまで肩入れするのは何故ですか?」
「それはお父様が御認めになったから……」
「貴女がどう思っているのかをお聞きしたいのです。シーリィン様」
 アルフレドの言葉にシーリィンはピクリと身を震わせた。
「貴女がどれほどこの国を想い、ヒルト王を大事にしているかは良く判りました。そんな貴女が信頼に足ると言い切り、これから先も王に変わりない忠誠を誓うと信じられるのは何故ですか?王が認められたのはその方だけじゃないでしょうに」
「それは……」
「それは貴女の希望ではないですか?」
「希望……?わたしの?」
 今まで気付かなかったのだろうか?それともいつの間にか判らなくなっていたのだろうか?
 シーリィンは呆然としているように見える。それとも、自分の胸の内に問いかけているのか?
「差しでがましいようですが、本当は心に決めた方がいらっしゃるのではないのですか?」
 アルフレドの言葉に弾かれたように反応したシーリィンは狼狽する。
 しばらくの間があって、ようやくシーリィンの口が開いた。
「いえ、判らなかったというのが正しいのかもしれません」
 顔を伏せたまま彼女は言葉を紡ぐ。しきりに何度も瞬く。
「この話を父上から聞いた時からずっとあの方の姿が浮かんでくるのです。貴方が私への想いを言うほど、あの方の言葉が溢れて……胸が苦しくなるのです」
「アリオト様ですね?どのような方なのですか?」
「生真面目な方なので気苦労が絶えないのですが、心配性なのか面倒みが良いというのか。父によく仕えてくれています」
 顔を伏せているが、頬が紅潮するのが判る。彼女も一人の女性なのだと、ようやく安堵した。
 緊張していたのだろうか。気が緩んだ時にようやく部屋の外が騒がしいことに気付いた。
 バタンッと大きな音がし、二人は音の方に向く。
 開いた扉には一人の男が立っていた。ジズほどの身長は無いが、やはり体格が良い。そして、肌が白かった。別に今のアドニアでは珍しいわけではないのだが。
 廊下にはジズと幾人かの屋敷の侍女たちが居た。彼を止めようとしたのだろう。
「シーリィン様!」
「アリオトさま。どうしてここに?」
 男は真っ直ぐにシーリィンの傍に近寄って来た。すぐ傍に居るアルフレドなど目もくれずに。
ウンディーネに知らされるまでもなく、二人の表情で判ってしまった。この人物が彼女の想いの人なのだ。そして彼もまた彼女を想っている。
こんなにも判りやすいのに、彼女は自分の心が判らないと言った。
いや、国とヒルト王をあれほど想うからこそ鈍らせてしまったのだろう。
 周りの者たちはとっくに気付いていたのに。ジズが「他愛もない事」と言ったことを思い出す。
 アルフレドもシーリィンだけを見ていた。
 家臣であろう人物に王女の気を纏わずに向かい合っている。
 彼の言葉で、行動で彼女の気は柔らかくなっていく。彼女は今、ただ一人の女性として彼と向き合っている。
 彼の言葉が聞こえているはずなのに、頭に入ってこない。彼自身の彼女を想う言葉を連ねているからだろうか。
彼の元に行こうとするシーリィンを何故か引きとめてしまった。
「このような行いがこの国では許されるものなのでしょうか?」
「失礼。貴方が姫の……?」
 アルフレドの言葉でようやく、アリオトの視界に自分が入ったようだ。少し困惑した表情を浮かべている。
「アルフレド=リンドホルムと申します。彼女にわたしの想いを伝えるためにヒューフロストより参りました」
 言葉に出てしまった。
 それほど想うのならば、何故近くに居るのに伝えなかったのかと。近くに居るからこそ伝えられなかったのだろうに。
「この場はシーリィン様とわたしが会うために多くの方々が働きかけてくださいました。貴方の行為はそれを壊したことになる。これがどういうことか判っているのですか?」
 そこまで考えていたら、この場に踏み込んで来られない。
「この縁談はわたしから持ちかけたものです。それを壊すというのならば」
 男を見ていたが、何か思いつめたような表情をしている。途中からアルフレドの言葉は聞こえていないようだ。
「貴方に決闘を申し込む!」
「貴方に決闘を申し込みます!」
 何故か、二人の言葉が重なった。

終わり無き冒険へ!