Novel:21 『アドニアお見合いアルフレドサイド:アヴェスタ』2/7

 アルフレドたちは見合いの場となるロスト家の離れに通された。
(これで離れなのか)
「まあ、広いわねぇ。お庭も手入れされていて綺麗ね」
 祖母は窓から中庭を眺めている。淡い色の花が多い北方とは違い、鮮やかでコントラストの強い花が多い。
 そうだな、と言って祖父はジズの方を向く。
「レヴィ様に挨拶とお礼をしたいのですが、本日はご在宅でしょうか?」
「生憎、王宮の方に出向いております。そのような気遣いは結構ですよ。父もこの話を了承して見合いの席を提供したのですから」
 多分、こちら側への配慮なのだろう。他国のとはいえ、ギルドの大元締めである。それにインテグラと港町リンドの位置。ヒューフロストの足掛かりとしては絶好の位置である。
 王宮や外交官の屋敷に出入りしたとなれば、祖国に南と手を組んだと思われるだろう。
 だが、リンドホルム家は運河の工事の時にシウ家からの要請を受けている。
シウ家が間に入れば、内務を担うロスト家と繋がりがあっても強引ではあるが言いわけは出来るのだ。
 姉弟子を想い良かれと思って軽く引き受けてしまったのだが、周りは国家間の波風立たないようにアルフレドが思った以上に大がかりに動いていた。
(ここで僕がダメにしたら皆さんに申し訳ない)
 お茶を飲んで一息つく。熱いのか冷めていたのか、味さえも判らなかった。
 扉をノックする音がして、部屋に居た全員の視線が一点に集中する。
 ノブを回す音がして、扉が開いた。中老の女性が入り、続いて見合いの相手が入って来た。
 凛としたその姿はシウ家で会った時とは違い、少し鋭くて威圧感のある気を纏っている。
(これが王女としての彼女の姿か)
 アルフレドは席を立つと、深呼吸をしてシーリィンに近づいた。
「お久しぶりです、シーリィン様。本日も大変麗しく」
「アルフレドさま、元気そうでなによりです」
 微笑んではいたが、その言葉は遠くから聞こえたようだった。
「お手をどうぞ」
 アルフレドは左手を差しだした。シーリィンは指先を伸ばした右手を軽く添える。
 伸ばした指先にも、その動作にも王女の気がまとわりついている。まずはそれを引きはがさなければならない。荷が重いとアルフレドは心で呟いた。
 師匠と祖父母たちの方に彼女を連れていく。
 ジルの前でシーリィンはドレスを少し持ち上げて会釈した。
「久方ぶりです。シュゼルド先生」
「この度は無理を言って済まなかったね。こっちは面識があったかな?」
 ジルは傍らに居た祖父母に視線を移す。
「正式な挨拶はまだでしたね。祖父のトーマス=リンドホルムと申します。これの親代わりとして参りました」
「妻のソフィーです。縁談を受けていただきまして真に有難うございます」
「師父よりお話は伺っております。師父と共に先生の元にいらっしゃったとか」
「彼のことだからさぞかし恥ずかしいことを言ったのでしょうな。お忘れください」
 祖父は焦点の合ってない目で渇いた笑いを放ち、「トムはデュナンと仲が良かったからね」と師はにこやかに付け足し、祖母がそれに相槌を打った。
 シーリィンはクスクスと笑った。
 アルフレドはシーリィンに席に着くように促す。中老の女性がお茶を注ぐ。
「シリンも来たことだし、我々は席を外そうかね」
「あら、どうしてですか?」
 祖母が素っ頓狂な声を上げる。
「見合いに来たのはアルフレドだ。こんなにも人数が居たらただのお茶会だろうに」
「そうだったわね。後は若い者同士ってやつね。ジズ様、お庭を見せてもらってもよろしいかしら?」
 祖母のマイペースぶりに祖父が呆れる。
 ジズは祖母を連れて部屋を出て行った。祖父とジルも続いて出ていく。中老の女性はシーリィンの方に心配そうに見ていたが、ジズに呼ばれて部屋を出て行った。
「このような形で謁見することをお許しください」
「私に会うのが目的だったということですか?」
「ええ、シーリィン様に会うためにですよ」
「それだけのために?」
 テーブルに置いていた一冊の本をシーリィンに差しだす。ウンディーネが宿っている本である。
「この間お話した本をお持ちしました」
 それを聞いてシーリィンは本を凝視する。少し間をおいて本を受け取った。
「お見合いと言ったら断られるのではないかと心配していたのです。この間お会いしたばかりですからね」
「回りくどいことをしなくてもよろしかったのに」
「こうでもしないと、二人きりになれませんから。わたしの想いを伝えることなど出来ません」
 本を持つ手に力が入っている。ウンディーネと繋がっているアルフレドには彼女の微妙な動きも判るようになっている。
「素敵なお召し物ですね。とてもよくお似合いです。わたしのためと驕ってもよろしいでしょうか」
「そのような事を言うような方ではないと思っていたのですが」
「想いは人を変えるものです。貴女を想えばこそ言わずにはいれない」
「……」
 言葉は発せられなかったが、何か呟いたようだった。
「シーリィン様にもそういうことはありませんか?」
「一国を担う者がそのような理由で軽はずみな発言出来ません」
「国を想うが故に己の心を忘れた者はそれが弱みとなり、内より腐食させる。大国と成した国を崩壊させた女帝には多いことです」
「私にそれがあると?」
 厳しい目線を投げつけられるが、本からの反応は何かしら迷っているようだった。
「師父とジル先生からカサンドラ様のことを少しお聞きしました。彼女は女王であり、戦士であり、また女性であったと」
「自慢の母です。王妃として女性としても尊敬しています」 
「ヒルト王のような方はそうそう出てくるとは思えません。だからと言って、シーリィン様が国を想いそれを優先させても仕方がないというのは違うと思うのです」
 甘い事を言っていると我ながら感じる。己の私欲を優先させて国を滅ぼした寵妃も歴史書では多く見られるというのに。
 彼女はそのようになって欲しくないし、国の礎としてだけの存在もなって欲しくない。
「私は貴女には王女だからこそ、女性であってほしいと願うのです」
「その考え方では、貴方も潰れてしまいますよ。国を想い、礎となることは貴方が思うようなことではないのです」
「……私には判り兼ねます」
 商家の者として生まれながら、兄たちに与えられた道を歩めなかった自分には判らない。
 人が決めた道を自分が決めたと騙されて歩かされているのではないだろうか、と疑った見方すらしてしまう。
 求められているのに家を出てしまった長兄のことも、代役として兄を待ち続ける次兄の真意など、数多の言葉を連ねられても理解しがたいものなのだ。
 それが判らず、支えになれない自分が不甲斐なくて仕方がない。その想いは今現在、目の前のシーリィンの事でも渦まいている。
「私はただシーリィン様に幸せになってもらいたいと願っているだけなのです。微力ながらでも力添え出来るならば、わたしはこの身も投げ出す覚悟があります」
 シーリィンからの強い視線は自分を試しているかのようなものだった。だが、この言葉に嘘偽りはない。
 だが、シーリィンは目を細めて口角を上げた。

終わり無き冒険へ!