Novel:19 『知識の泉に棲む鳥』3/4

『アルフレド!』
 風牙の声が響いた。少女を取り巻く大気が渦巻いている。
「この気配は……召喚獣!?」
『折角、詠唱を止めようとしてるのにトカゲの野郎が邪魔しやがってよぉ!!』
 それに抗議するようにサラマンダーは「キュッ、キュキュー」と鳴く。
「しっ!黙って」
 意識を集中する。二匹の精霊も少女を見ている。
(何を召喚する?)
 アルフレドは目の前の精霊と周りの本の反応を窺う。サラマンダーが立てた尾を伏せた。
(火炎系の召喚獣……!)
 少女の前には三つ首の犬が姿を現した。口から吐くのは息ではなく、炎。
「業火の魔獣、ケルベロス!?」
アルフレドは跪くと床の魔方陣に左手を置く。
「アルフレド=リンドホルムの名において命ずる!本に宿りし精霊よ、劫火より本を護れ!!」
 命令と同時に、ケルベロスは口から閃光を吐き出した。炎は左右の本棚とアルフレドに向けられて放たれる。
 右側の本棚には、まだ2人の陰に潜んでいたシャドウが空間を曲げて炎を異次元へ導く。
『ざっけんなぁ!!』
 風牙は左側の本棚に向かう炎の前に立ちふさがり、風を逆流させて炎を召喚士と魔獣の方へと流れを変えた。
正面に向けられた炎はサラマンダー魔方陣の防火壁を張るが、魔獣の炎は半分ほどしか抑えられない。
『アルフレド様!!』
 女性の声が聞こえると、アルフレドの背後から青白い二本の腕が現れた。
指の間に水かきのある手から、薄いカーテンのように水が広がり炎を覆う。
 アルフレドの前で、炎は消えた。
「ああ、ウンディーネ。僕の持っている本を守ってくれたのですね」
 ウンディーネは背後からアルフレドを抱きしめて、泣きじゃくっている。
水の精霊が炎の魔獣と対峙すれば、彼女が不利なのは当然なのだ。それでも、自分の命に従ってくれたことに感謝した。
『お前、バカだよなぁ。普通、自分より本を護れなんて言わねーぜ?』
『違います!我等がアルフレド様をお守りするのは当然のことでしょう?』
(御免ね、ウンディーネ。本当に本しか考えてなかったんだ……)
『ほら、バカだ』
 アルフレドの心を読んで、風牙はケケケと下品に笑う。ウンディーネは抱きしめる力を強める。サラマンダーはただ、オロオロとするばかりだ。
(しかし、ようやく動いてくれました)
 アルフレドは相手の召喚士を見る。召喚獣はすでに消えている。まだ、呼びなれていないようで、かなりの体力と魔力を消費している。
彼女の後ろには男が立っていた。風牙は反射した炎を彼が退けたらしい。
「今度は貴方も参戦しますか?」
 声をかけると、男は少女を見た。目が合った少女は首を振り、アルフレドの方に顔を向けた。
「トカゲさん、困ってるです……」
 少女はサラマンダーを見て、つぶやいた。
「風の龍さんも、その女の人も、ネコさんも、影に居た人も、みんなみんな困ってるです」
 その言葉に精霊達が動揺する。
「みんな、お兄ちゃんが困ってるから困ってるです!」
「……まいったな」
本当にこの子は……召喚士なのだ。主の心を読み取る精霊たちの、更にその心を読み取る。
「参りました」
 アルフレドは頭を下げた。精霊達は肩の荷が下りたように安堵する。男も表情が柔らかくなった。
「では、この図書館が保管している召喚獣をお見せしましょう」
 ようやく最後の封印を解き、鎖から本を開放する。
『故に、この地を知識の泉と呼ぶ』
 本を開き、一節を読む。アルフレドが好きな最後の一節。
 風が集まり、一匹のミミズクが現れる。異国の服を纏い、片眼鏡を付けている。
ミミズクは一度、羽ばたくと淡い緑色の光が振りそそいだ。
「キレイです」
 少女は光の粒を手のひらで受け止めている。それを後ろの師匠に見せていた。
「彼の能力は回復です。あと、風の加護を受けますから動きも軽くなりますね」
 アルフレドはミミズクを自分の腕に止まらせた。重さは感じないのが不思議だ。
少女の前まで進むと、膝を折り、彼女にミミズクを見せる。
 ミミズクは彼女が気に入ったのか、すぐに少女の腕に止まった。
「貴女にならば、彼の言葉が判ると思いますよ」
 そう言うと、アルフレドは男の方に向かった。言ってやりたいことが沢山ある。
(何で、彼女を一人で戦わせた?あんな小さい子を。弟子が心配じゃないのか?彼女が傷つけられても眉一つ動かさないなんて!!)
「貴方って人は!!」
「フィーナを一人の召喚士として扱ってくれたことを感謝する」
 言葉を遮り、男は穏やかに言った。それでアルフレドの調子が狂う。
(そんなことを言われたら、何も言えないじゃないか)
「貴方は……ズルイ人だ」
 それがアルフレドの言えた精一杯の言葉だった。
 アルフレドは図書館の入り口まで彼等を送った。少女と召喚獣は契約を果たせたようだ。
「よろしければ、名前を教えては貰えませんか?わたくしはアルフレド=リンドホルムと申します」
「フィーナ=オルトです」
(フィーナちゃんか)
 少女が名乗ってくれたので、アルフレドは少し安心した。嫌われていたら、かなりへこむ。
2.3日は部屋に閉じこもっていたことだろう。
「シュゼルド・シウという」
「ああ、シウ家の創設者の名前ですね」
 アルフレドは手をポンと叩いた。
「わたくしがここで働いてその名を語られたのは貴方が3人目です。前の2人は、この図書館の閲覧不可の本を読もうとその名を語っただけですが」
「閲覧不可の本?」
「館主である祖父が居ないと許可が下りません。あいにく、今は不在でして」
そうか…と言った男の目線の先には閲覧不可の本の部屋がある。
(鋭い人だ)
 アルフレドはこの人が隠し部屋を探し出したのかもしれないと思った。
 真相を聞こうにもキティはへそを曲げて何も言わないのだ。よっぽど悔しかったのだろう。
「またの来館をお待ちしております」
 図書館を出て行く二人の姿を、アルフレドはしばらく見ていた。

終わり無き冒険へ!