Novel:19 『知識の泉に棲む鳥』2/4

 アルフレドは小さく息を吐いた。出来れば、男の方であって欲しかった。だが、サラマンダーの反応も少女を指している。
 大きく息を吸い込んで、意を決める。
「その召喚獣、確かにこの図書館におります。ですが、特別な部屋に居るのですよ。まずはその部屋を探してくださいね。お嬢さん、探すのは得意ですか?」
「大丈夫なのです。いつも“ししょー”を探してるです」
 少女の言葉に男が苦笑する。この男、本当に迷子になるのだろうか?とアルフレドは思った。
「では、わたくしは先に行っております。その部屋で会いましょう」
 そう言うと、足早にその場を離れた。歩きながら本棚から一冊本を取り出す。
『光あるところ、我在り』
 本の一節を読む。アルフレドの影から二つの光が鈍く光った。それはまるで暗闇に光る目のようだった。
「シャドウ、あの2人に付いていて下さい」
 影に潜む精霊は人の影を移動しながら、目標の影に近づく。彼が付いていれば、2人の行動を知らせてくれる。
 本を閉じてサラマンダーが封じてある本に重ねる。再び、違う本を一冊取る。
『どうやら、人によって違うものに見えるらしい』
 本の上に一匹のネコが現れる。あくびをするように「ニャー」と鳴いた。
「さあ、キティお仕事ですよ。あの2人のお相手をお願いします」
 ネコ型の精霊は本から飛び降りると、軽やかに床に着地する。ニヤリと笑うと尻尾の先から消えていった。
 彼女はいたずらが好きで、人に幻を見せる力を持つ。
(上手く惑わされてくれたらいいのですけどね)
アルフレドは召喚獣が封印されている部屋へと向かった。
そこにも天井まで届く本棚が壁一面に埋め込まれており、本が隙間なく並べられている。
部屋の四隅には結界用の呪符が貼っている。対物理攻撃用の結界。魔道士は装備上どうしても防御力が低くなる。アルフレドも例外ではない。
 床には魔方陣が施されている。これは精霊たちの魔力を上げる作用がある。そして、召喚士と精霊との繋がりを強める。
 部屋の奥には一冊の本が台座に置かれている。鎖を纏い封印を施された古い本は昔からこの土地にあったものらしい。
 『知識の泉』−−今ではこの図書館を指す言葉だ。しかし、昔はこの土地の人たちを指していた。
 まだ文字がなかった時代に文字は天界の者からもたらされたと言う。その者は異端者として天界より迫害される。
 彼は最初の本に身を宿した。それがこの本である。
 この土地の者はこの本、いや彼から知識を得ていたのだ。しかし、時が経つにつれて人々は彼と会話をすることが困難となる。
 彼は待っている。自分と話が出来る者を。アルフレドにはその願いだけが読み取れた。
 アルフレドは床に本を置く。シャドウを宿した本は独りでに開き、ページがめくれていく。
(早いな……)
 ページの進み具合でこちらとの距離がわかるようになっている。すでに本の半分は開いている。
 封印された本に手をかざしながら、解呪の呪文を唱える。一つの封印が解かれるたびに、鎖は落ちていく。
(あと、少し)
 パラパラとめくれるページも残り少なくなっていく。
 あと鎖一巻きのところで最後のページがめくれる。本が完全に閉じた瞬間にドアノブを回す音がした。
 アルフレドはまだ封印が解けていない本を手にして、来訪者を迎えた。
 扉を開いたのは小さな召喚士。その後ろには彼女の師匠である男。
「思ったよりも着くのが早いですね。幼き召喚士殿」
 キティが本に戻るのを確認する。彼女には珍しくうなだれて帰ってきた。彼女のイタズラはこの2人には通じなかったらしい。
 「お目当てのものはこちらに……。しかし、わたくしも司書としてこの本を『はい、どうぞ』とお譲りするわけにはまいりません」
 アルフレドは小さなため息を漏らした。決心ならば、先程したはずだ。
「貴女の力、試させてもらいます!」
 その言葉と同時に炎を纏ったトカゲが姿を現した。サラマンダー、アルフレドが最初に契約した最も信頼している精霊である。
(サラマンダー、封印が解けるまでの時間稼ぎです)
 サラマンダーは主の前に立ちふさがり、威嚇の炎を吐いた。
 少女の顔が一瞬恐怖の色に染まる。
 男は少女の肩に手をかけ、耳元で何かを囁いた。そして、後ろに下がる。
(彼女だけで戦わせるつもりか?)
 サラマンダーはアルフレドの指示を待っている。彼が迷っているのを感じているのだ。
 少女は詠唱を唱え始めた。
(詠唱を止めないと……サラマンダーでは遅い)
 本棚から一冊の本を取り出す。
『その風、家と共に少女も空へと運んでしまいました』
 大気がうねり、風を纏う手足のない龍が現れた。
「風牙、彼女の相手を」
 風牙は目を細めてアルフレドを見た。そして、少女の方へ一直線に向かう。
「きゃぁ!」
 少女は間一髪で避けたが、スカートの裾が少し切り裂かれた。
(風牙!やりすぎだ!!)
 しかし、風の精霊は主の言葉に従わず少女に攻撃を仕掛けていく。彼女の服を切り、あらわになった白い肌に赤い筋を付けていく。
 どうやら、向こうにも風の精霊がいるらしくムキになっているようだ。
 アルフレドは男を見た。男は腕を組んでじっとその様子を見ている。
(これでも動かないのか?)
 焦りから舌打ちをした。早く封印を解かないといけないのに集中できない。
 主の苛立ちを察したサラマンダーが少女に炎を吐いた。これは風牙の勢いを抑えている。
 不甲斐無い主だと思いながら、アルフレドは本の解呪に専念し始めた。
(あと……少し)

終わり無き冒険へ!