Novel:19 『知識の泉に棲む鳥』1/4

 アルフレド=リンドホルムはリンドホルム商会二代目当主の三男である。
 しかし、商才の片鱗を見せることはなく、跡取りの地位を放棄している。
 彼に与えられた役職は図書館司書であった。
「アルフレド副館長」
 アルフレドは傍らの本からの気配で声に気づいた。顔を上げると、怪訝な顔をした女性が立っている。
 同じく図書館司書のジーンである。
「やあ、お早う。ジーン」
 アルフレドはリンドホルム家特有の商業スマイルで挨拶する。
「『やあ、お早う』じゃありません!いつもいつも納品されてきた本を片っ端から読み漁るのは止めてください!……って何回言えば判るんですか!!」
「だって、そこに本があるから」
「言い訳になりません」
 ジーンから読みかけの本を取られるとアルフレドは傍らの本を脇に抱えて立ち上がった。
「本を読むのは開館時間外でお願いします」
そう言うとジーンはアルフレドを部屋から追い出した。
「では、館内でも見て回りましょうか」
誰かに聞かすように彼はつぶやいた。
今日も図書館は大勢の人が訪れている。
大半が学者や魔道士と言った研究者だが、小さな子どもを連れた親子の姿もある。
アルフレドは子どもが本を読む姿が好きだ。
自分も幼いときに祖父母に連れられてよくこの図書館で本を読んでいた。あの時の時間がとても楽しかったから。
 アルフレドが子ども達を眺めていると、傍らを小さいものが通り過ぎた。
 振り返ると、小さな女の子が立ち止まっては左右を見渡していた。何かを探しているらしい。
魔道士の服を着た少女。自分の背丈よりも大きい杖を持っている。小麦色の髪は頭の上の方で左右にくくられている。振り向くたびにその髪が揺れる。
「お嬢さん、誰をお探しですか?」
 アルフレドは声をかけた。彼女の行動はまさに「迷子になった」状態だったからだ。
「“ししょー”です!」
少女は振り向くと杖を抱えて不安そうにしている。
アルフレドは少女に近づくと、跪いて彼女の目線に合わせる。
「ししょ……?司書?」
 抱えた本が反応した。どうやら違うらしい。
「えっと……“ししょー”って言うのは誰かな?」
「“ししょー”はすぐにどこかに行ってしまうです!だから、わたしが見つけてあげないとダメなんです!!」
(そうか、“ししょー”と言う子はすぐに迷子になるのか。弟妹かな?しかし、変わった名前だ)
 アルフレドが少女の言葉を解釈している間に一人の男が近づいてきた。
「フィー、ここでは大きな声を出してはいけないよ」
「“ししょー”!!」
 少女は男に抱きついた。もう二度と離さないと言わんがばかりに。
「貴方が“ししょー”ですか?」
「わたしの連れが失礼した」
 アルフレドの予想とは全く違ったので少し面食らってしまった。
(“ししょー”……ああ、師匠か)
 本が反応する。今度は当たりらしい。
 アルフレドは男を見た。
外見は二十代後半なのに雰囲気はもっと年輪を重ねているようだ。冒険者の格好。頬には能力強化の呪符が貼られている。腰から吊るしている剣は金色だが装飾品ではない。護身用とも思えない。特殊な剣なのだろうか。本の反応から魔術に通じていることは確実。
(しかも、かなりの使い手。)
 そして、この反応は少女にも示されている。
「“ししょー”が見つかってよかったね」
 アルフレドは少女に声をかける。
 男は少女の肩に手を置いた。
「ありがとうです、お兄ちゃん」
(お兄ちゃん……!)
末っ子の彼はこの言葉に憧れる。さっき言われたジーンの小言など、この一言で帳消しになるほどだ。
「お兄ちゃん、この図書館のことなら何でも知っているんだよ。探している本とかあったら遠慮なく聞いてね」
 しかし、少女はアルフレドをじっと見ると困ったような、不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「どうして、お兄ちゃんの本にはトカゲさんが居るですか?」
 その言葉に本を持つ手の力が入る。アルフレドは男の方を見た。別に驚いた様子はない。
(この2人、視えているのか)
 いや、ただ視えるというだけならばそういう体質の者もいる。以前訪れた、鍛冶屋と名乗る異文化の男も視えたのだ。だが、彼は魔術に通じているわけではなかった。
だが、本の。いや、彼女のいうトカゲ(サラマンダーと言う)の反応が違っていたのだ。何故、気づかなかったのだろう。本の反応は魔術が使える者とは少し違っていた。
サラマンダーは好意を寄せた反応をしていたのだ。それはつまり……。
(ぼくと同じ召喚士なのか?)
 アルフレドは立ち上がって男を見た。男は穏やかに笑みを浮かべている。
「何をお探しですか?」
 改めて問う。召喚士がこの図書館に来る理由は2つ。一つは精霊や召喚獣の情報。もう一つは……。
「知識の泉に棲む鳥」
 答えは少女から返ってきた。その言葉は「図書館に召喚獣が居る」ということを指す。
(やはり、この子が召喚士……)

終わり無き冒険へ!