Novel:15 『彼の者、大海の如し』3/3

「この船の経理はどうなっているのですか?」
 アルフレドは書類を書きながら呟いた。船長の乗船許可のおかげで大層機嫌が悪い。
船に乗ると、スヴェンとアルフレドは早速レオンに連れられて書類と計算処理をさせられた。
「なーんかさ。前の出納係が船長と意見が合わなくて船を下りたらしんだよね。俺が入るまでは無法地帯みたいでさー」
「それは大変でしたね。兄さん、ここ計算間違ってます」
「ここの綴りも間違っています」
「お前らさ、手伝ってくれるのは嬉しいけど。ダメ出しするなよ」
 レオンが口を尖らせる顔を見てスヴェンは微笑んだ。
(稼業を継ぐ前の兄だ)
 あの頃のレオンは今のようによく笑っていた。話し方も戻っている。いや、あの船長の影響か余計に砕けているように思える。
「キャプテンのこと、どう見る?」
「なんですか?急に」
「見に来たんだろう?キャプテンを。船を新たに更新するには船長の審議もするからな」
「調べさせてもらいました。あの方は、他の大陸から来たお尋ね者だそうですよ」
「知ってる。だから、お前自ら来たんだろう?」
 その答えにスヴェンは笑った。まるで兄が謀ったように自分は動いていたのだ。
「そうですね。あの方は海の如し……ですかね」
「お前もそう思うか!?」
 レオンは嬉しそうに言った。どうやら、そうとう船長を気に入っている様子だ。スヴェンは表情にこそ出さなかったが悔しかった。
「広くて、深すぎて底が見えねぇ。掴めねぇ人だよ」
「あの方は騒々しい方ですよ。他人を巻き込んで大騒ぎをする。僕から言わせると荒れた海でしょうかね」
「なんだ、アルフレド。手厳しいな、おい」
 ケラケラとレオンは笑った。それをアルフレドは嫌そうに見る。アルフレドは長兄が苦手なのだ。幼少の頃からいたずらの標的にされたものだから、どうも苦手意識を持っている。
 彼が兄に敬意を払っていた時は、家業を継ぐと決めて家を出るまでの間だけだったろう。
あの時の兄は本当に人が変わったようであった。覇気のない死人のような顔をしていた。
「そうですね。あの方はその大騒ぎを平等にされますね。きっと、王族や神でさえもあの調子なのでしょう?」
「まあね」
「誰しも関係なく扱うのはまさに大海の如し」
 そう言って、スヴェンは気づいた。
(そうか、彼には肩書や血筋は関係ないのか)
 船長の言葉を思い出した。彼に必要なのは対面したその人物自身なのだ。だから彼は自分自身を語れる人物を重視するのだ。
(兄が彼にこだわるはずだ)
 スヴェンは傍らに置いた申請の書類を見た。
「お手数をかけて申し訳ございません」
「これで、今まで通り船動かしてもいいんだろ――?」
 船長は書類に自らの名前を書いた。それが偽名ということも判っているが問題はない。
兄の乗っているこの船が自分の管轄下にあると把握しやすい。
「リー船長。どうか兄をお願いします」
「おー、いいぜぇ――!なんだったら、お前ら兄弟も面倒みるぜ――!!」
『それはお断りします』
 スヴェンとアルフレドは声を揃えて答えた。

「レオンは元気にしてたか?」
 祖父の部屋に入ると祖父はメガネをずらして、スヴェンを見た
 その眼はやはり全てを見透かしているように思えた。
「はい、ここに居た時以上にいい顔をしていました」
「ならばあれも吹っ切れただろうに」
「戻ってくるでしょうか?あのまま、船に居続けるということは……」
「それはレオン次第だろう。自ら進むべき道を選んだのだから」
「おじい様はそれで良いのですか?」
「僕だって、商人が嫌で飛び出してシウ一門に入った人間だ。だが、結局は魔術より商才の方が長けていた。そして運が良かった。少し良すぎたかな」
「おじい様……」
「お前も自由にして構わないよ。商才のある嫁を貰って任せてしまうとかな」
「わたしは苦に思ったことはありません」
「判らんよ。人はなんの拍子でチャンスを掴むか、転がり落ちるのかなんて」
 祖父は珍しく茶化すように言った。
 たぶん、スヴェンにもレオンやアルフレドのように引かれた道以外のモノを見つけて欲しいのだろう。
 スヴェンは思わず笑ってしまった。レオンが家を出て以来、笑ったのは久しぶりだった。




スヴェン・アルフレド・レオン・リー・フージェン 他
文:ふみ

終わり無き冒険へ!