Novel:15 『彼の者、大海の如し』2/3

 スヴェンはロカターリオの進路を予想して、次に寄るであろう港町に先回りした。
「この船です」
 アルフレドはため息交じりに答えた。
 船員たちは積み荷を降ろす作業をしている。スヴェンは辺りを見渡す。赤いバンダナを頭に巻いている船員が見えた。
 小柄で若いが、荷物の仕分けの指示をしている。
 彼の作業がひと段落するのを見計らってスヴェンは声をかけた。
「お尋ねしたいのですが、この船にレオンという船員はいるでしょうか?」
「レオ兄のこと?」
「多分。会いたいのですが、取り繕っていただけないでしょうか」
「ちょっと待って、今手が離せ……船長ー!!」
 若い船員は船の方に声をかけた。一人の男が姿を現す。船員はその男の方に駆け寄り、二言三言話すと、男の方が船から降りてきた。
 地面に足を着いた瞬間に2・3歩よろめいた。思わず腕をつかんだ。かなり鍛えてある。
「地面ってのはどうしてこうも堅てぇーんだろな――。も少し、柔軟になれってーのぉ――」
 そう言いながら、男は係船柱に座った。
 歳はスヴェンと変わらないような気がする。しかし、色眼鏡の奥にある眼は祖父と同じように見透かすような視線を放つ。
「貴方がこの船の船長、リー・ドゥ・ヴァンですか?」
「いやーん、オレってそんなにも有名――?」
「私たち、家族の間ではかなり」
「あ――!レーンの弟な――vv」
 船長はスヴェンの後ろに隠れるように居たアルフレドを見た。声をかけられて、アルフレドはビクリと体を震わせた。
「……先日は見苦しいところをお見せしてしまって済みません」
「まあ、オレは気にしねーけどよぉ――v」
 頭を下げるアルフレドに、船長はひらひらと手を振った。
「わたしはスヴェン=リンドホルムと申します。こちらにお世話になっているというレオンの弟です。兄と話をしたいのですが、お時間を頂けますでしょうか?」
「なんか、すっげー計算してるから俺も追い出されたんだよね――」
「構いません。ご存じかは知りませんが、兄は地獄耳なのですよ。何をしていても聞き耳を立てているような人なので、側に行くだけで良いのです」
「兄弟なのにすっげー言いよう――!でもなぁ〜、俺の気に入った奴じゃないと乗せられないからなぁ――」
「確か、乗船許可が必要だと聞きましたが。停泊中でもですか?」
「見学に来た奴にもやったからな――」
 スヴェンは鞄から数枚の紙を取り出した。
「この船は登録をされていないようですね」
「さぁーな――。そいうことはクリューに任せてっから――」
「船長ならば確認するべきだと思いますよ。この船は更新を怠り、ギルドに不正を行ったことになります。このままでは船自体を差し押さえとなるでしょう。貴方には船を下りて頂くことになります」
 スヴェンは一枚の紙を差し出した。
「更新手続きの書類です。これで登録すれば、差押えの件は見逃しましょう。その代り、レオンをお返しください」
「レーンを連れ戻しに来たのか――?」
「貴方にとっては一介の船員でしょう?しかし、我が家にとっては大事な跡取りなのです。このような所で燻らせるわけにはいかない」
「そんなにも家名が大切か――?」
「貴方には判らないでしょう。リンドホルムの名がこの大陸でどれほど効力をもつか」
「わっかんねーなぁ――」
 船長は座ったまま、背伸びをした。
(この男は愚鈍なのか?なぜ、兄はこんな人に……)
 スヴェンはため息をついた。それを見て、船長は声を張り上げた。
「王だろーが神だろーが商人だろーが騎士だろーが、海の上で船の上で一番偉いのは――?」
「キャプテンで〜すっ!」
 船の方から聞き覚えの声が答えた。見上げると、兄が笑顔で手を振っていた。
「兄さん!」
「誰だ!?オレのことを地獄耳と言ったのは!!」
「なんだ――、レーン。聞こえてんじゃ――んvv」
「あんな大声出してたら聞こえるっつーの!しかも、聞き覚えのある声だしなー」
「兄さん、戻ってきてください」
「無理っ!」
 兄の返事は拍子抜けするほど素っ気ない即答だった。
「だってさぁ、俺が居なくてもじーちゃんやお前がいるから支障は無いだろう?」
「貴方は長子なんですよ!ギルドの跡取りで……」
「そんなのお前が居るだろう。オレさぁ、思ったんだよ。お前が継いだ方がいいんじゃねーかって」
「なんで……?!」
「オレはな、旅してて判ったけど商談向きじゃないんだよなぁ。お前はまとめるのが上手いんだから。お前がまとめ役をするべきだと思うんだよ」
「そんなの母さんのマネをしているだけだ!」
「スヴェン兄さん?」
 珍しく声を荒げたスヴェンにアルフレドは驚いた。
「自分には、おじい様のように目利きが出来るわけじゃない。父さんのように引き際を見極めることは出来ない。兄さんのように流れが読めるわけじゃない!それなのに、代わりなんて務まるわけがないだろう!!」
 一気に言葉を、思い続けてきたものを吐き出してしまった。こんなことを言うつもりではなかったのに。
目のやり場に困っていると船長が下からニンマリと笑って見上げている。
「なんですか……?」
「いいよなぁ――。オレそうやって葛藤してる奴好きだぜ――vv」
 その男の眼は祖父に似ていて、心の内を見透かされているようだった。
だが、別に怖いということはなかった。逆に落ち着くような眼だった。
「いいぜ――v特別に許可してやんよ――」
 そう言うと、船長は立ち上がりアルフレドの方を見た。
「僕もですか?」
「アッタリ前じゃ――ん。乗船拒否したのなんてお前が初めてだかんな――。じゃあ、弟にはぁ――、初恋の甘酸っぱい思い出でも語ってもらっちゃおうかなぁ――vv」
 リーは笑顔でアルフレドの肩に手を置いた。
「はっ!?初恋ですか?」
「その歳でまだってのはナシだからな――」
「そんなこと言いませんよ……。は、初恋の人は……レオン兄さんのことが好きだったので諦めざるをえなかったというか……」
「おろろろろ」
「なんで、笑ってくれないんですか!!」
 泣いている船長にアルフレドは珍しく赤面して声を上げた。

終わり無き冒険へ!