Novel:15 『彼の者、大海の如し』1/3
スヴェン=リンドホルムはリンドホルム商会創設者の嫡孫である。
二男である彼は兄と同じく商人としての才を見いだされ、商いに必要なノウハウを叩き込まれた。
「長兄の代役」それが自分に課せられたものだと思っていた。
実際に周りの目もスヴェンをそう見ていた。だから、そう思い込んできたのかもしれない。
突然の兄、レオンの失踪で祖父は捜索願を出すことを拒んだ。
「フラッと帰ってくるかもしれないだろう?」
祖父の言葉にスヴェンは珍しく顔をしかめた。しかし、それに気付いたのは祖父であるトーマスだけだった。
レオンの代わりにトーマスが商談に同行するようになった。
「今日も勉強させていただきました」
商談をまとめた帰りの馬車の中、スヴェンは向かいに座っている祖父に軽く頭を下げた。
「まとめたのはお前の力だよ。相変わらず人の顔をよく見る」
「ありがとうございます」
再び頭を下げる。頭をあげると祖父は老眼鏡を少しズラして、じっとスヴェンの顔を見ていた。
(この目は苦手だ)
心の底を見透かされているようで嫌なのだ。
しかし、目を逸らすわけにはいかないのでスヴェンはほほ笑んだ。
「お前はソフィー似だな」
「そうですか?おばあ様は私たち兄弟はおじい様似だと仰ってましたよ」
「何食わぬ顔をして、ぬけぬけとそういうことを言う所がだ」
「それはおばあ様に悪い」
「ソフィーは天然だが、お前は分ってやっている」
スヴェンは穏やかな苦笑の表情を浮かべる。
「いずれ、足元をすくわれるぞ」
「心に留めておきます」
馬車は家の前に止まった。
家に入ると、祖母が駆け寄ってきて祖父に抱きついた。
「なんだ、ソフィー。新手の嫌がらせか?」
「まあ、失礼な。トムが帰ってきた時はこうやって迎えていたじゃない」
「そうだったかな」
「トムはキスで返してくれたじゃない!」
「最近、物忘れが酷くなったものだ。あー、困った困った」
祖父は祖母を離すと頭をかきながら部屋に向かっていった。
「おばあ様、ただいま帰りました」
「お帰りなさい、スヴェン」
スヴェンは祖母の頬に軽くキスをした。
「スヴェン、アルフレドが帰ってきてるわよ」
「アルフレドが?」
確か、図書館に来たというシュゼルド・シウを探しに彼の弟子と出かけたはずだ。
戻ってきたということは見つかったのだろうか?
「それが、部屋にこもってしまってね。様子を見てきてくれないかしら」
「はい、解りました」
二階にあるアルフレドの部屋に行く。ドアを叩くと、返事もなく扉が開いた。
「アルフレド、お帰り」
「済みません。帰ったのに気付かなくて」
「元気がないね。どうしたんだい?」
アルフレドの顔は少し青い。上着とベストはベッドの上に脱ぎ捨ててあって、シャツのボタンを外している。
風邪なのだろうか?と額に手を当てようとしたら、ウンディーネに止められた。
水の精が出ているときは、アルフレドが精神的なダメージを負っている時なのだ。
「何かあったね?」
スヴェンの問いに、アルフレドは目を合わせなかった。終いにはウンディーネの方に顔を向ける。
「ウンディーネ、アルフレドを甘やかせないで」
しかし、この水の精霊は主が自分に甘えてくれることに優越感を覚えるのだ。
「……あの人と会いました」
ウンディーネにもたれながら、アルフレドはようやく答えた。
「あの人?」
「……レオン……兄さん」
「どこに?」
「ロカターリオという商船の乗船員として居ました」
「ロカターリオ?」
スヴェンは部屋を出ると、仕事部屋に向かった。リンドホルム家が扱っている資料一式が揃っている。
(保有している商船だろうか?)
アルフレドが言った商船の名を探してみる。資料には載っていない。
(他のギルドが扱っているのか?厄介だな……)
何度かアルフレドの部屋と往復して、船の情報を得ながら資料を探す。
一度に聞かなかったあたり、気が動転していたようだ。
「メルフィード号」という名の船舶の資料に行き着いた。船長の名が聞いたのと違っている。
(更新をしていないのか?)
スヴェンは資料を見て、薄笑いを浮かべた。