Novel:06 それは至極当然のように『依頼』 1/6

「ああ、ジルさん、ちょうど良かった」
 護衛の仕事を終え、仕事の仲介をしているギルドに報酬の請求に訪れた時だった。なじみの職員に声をかけられジルは立ち止まった。
 髭を蓄えた不真面目そうな職員が困ったようにあごひげをしごきながら依頼書とおぼしき紙を持ち上げてみせた。
「割のいい仕事があるんだが、受けていかないか?」
 彼は苦笑して答える。
「生憎と今は困窮しておらぬのだが……」
 ジルの外見はまだ二十代と思えるほど若々しかったが、その口調はどこか年寄りじみたものだった。
 最初こそ彼も面を食らったようだったが、何度も顔を合わせているうちに違和感を覚えなくなっていったようだ。今ではむしろその方が彼らしいと感じる。
「今はって……俺は、ジルさんがお金に困ってる所なんかみたことないな」
 ちらりとジルは笑いを漏らす。
「なら何故そのような依頼をもちかけるのかね?」
 当然の問いかけに髭の職員は少し肩を竦めた。
 割のいい仕事といわれてすぐに飛びつくほどお金に困っていないし、恐ろしい程の強運の持ち主であるジルが一時期お金に困ったとしても長きに渡って困窮していることはまずないのだ。
 何度も顔を合わせている男にそれが解らない訳がない。こういった風に持ちかけてくるときは大抵難しい依頼なのだ。
 案の定、職員が持ちかけてきた依頼は確かに「割がいい」仕事だったが、非常に厄介な仕事内容だった。
「アンタくらいのレベルじゃないとこなせそうにない依頼なんだ。前に魔術師が召喚魔法に失敗して救助を求めているってう依頼受けただろう、あの森なんだが、どうやら最近凶悪な魔物が出るらしい」
 ジルは少し表情を険しくさせる。
「先の一件と因果が?」
 万一魔法陣が残っていたとしたら、それが原因で魔物を呼び寄せているのかも知れない。召喚魔法で開く扉がきちんと閉じられていないためにそこから魔物があふれ出している可能性もある。
 前回ジルが救出に向かったときに、きちんと閉じているのを確認はしたが、あれ一つでは無かった可能性も考えられる。
 そうでなければ誰かが故意に行っているか。
「わからん、それを調査し、場合によっては魔物を狩って欲しいという依頼だ。もちろん、既に討伐隊が二つほど出ているからアンタがわざわざ狩ることもないが……」
 ジルは軽く頷く。
 討伐隊が打てたなら狩ることを目的にしなくてもいいだろう。だが、狩ることが出来たなら、そちらからも新たに報酬が出るという話だ。調査だけで済むならそれに超したことはないが、腕に覚えがあるなら狩って二重に報酬を受けるのも「割がいい」だろう。
 問題はその魔物がどの程度強いかだ。
「頼むよ、不死身のジルが出てくれればこっちも安気でいられる」
「まったく、不死身不死身と持てはやしおって。私とて死なぬ訳では無いのだよ」
「先だっては邪竜狩りを成功させたアンタがよく言うよ」
「あれは私だけの力ではないよ」
「まぁ、謙遜しなさんなって。……なぁ、ジルさん、実は少々不穏な話を聞いてな」
「不穏な話?」
「このところ魔物が増えただろう、どうやら各地に魔物を指揮している連中がいるようなんだ」
 息をついてジルはカウンターに寄りかかる。
「それは私も聞いている。各地で村や町が焼かれたり襲われる事例が多くなっていると」
 ジルは元々この世界の住人ではない。こことは時の流れすら異なる世界から故あって飛ばされてしまったのだ。それがおおよそ百年前。時間軸自体が異なる上、元々生まれ持って不老長命だったジルはこちらに来たときと全く変わらない外見で今もいる。
 故に彼は百年前の世界の実情を如実に知っているのだが、そのころと今とでは随分と変わってしまったと思う。
 魔物が人を襲うのは変わらないが、まだ百年昔はもう少し穏やかだったように思える。ここ二十年ほど魔物の行動が変わり始めている。特にこの数年は街を襲うことが多くなった。
 今回の一件もそれに絡んでいるのではというのだ。
 ジルは息を吐いて呟く。
「……こちらにいる以上見過ごせぬか」
「ん? なんだって?」
「致し方あるまい。引き受けよう」
「助かった! 早速向かってくれるとなお助かる」
 くすりとジルが笑いを漏らす。
 この様子ではよほどせっぱ詰まった状況なのだろう。さすがにいつ訪れるか分からないジルをあてにしていた訳ではないだろうが、ほっとしたような彼の様子を見れば少しは疑いたくもなる。
「いいよ、それもまた必要なのだろうね」
 ジルは差し出された紙に名前を書き入れてカウンターから離れる。
 彼が出入り口にさしかかったとき、ちょうど魔物退治を終えた様子の一行とすれ違う。見かけの若い者が多い一団だったが、剣士と魔法使いというどこにでもありそうな取り合わせの一行だった。
 一行の一人がジルを振り返ったのが気配で分かった。ジルは敢えてそれを無視して進む。自分の名はそれなりに知れている。顔を知っていた者がいたとしてもおかしくない。振り返った誰かが、仲間に何かを囁いたのが聞こえた。
 ジルは早足でギルドを出て最初の角で曲がり物陰にしゃがみ込んだ。その動作は自然で慣れた様子だった。
 とたん、誰かがギルドから飛び出した。
「おい、ミルド!?」
 他の仲間が慌てたように声をかける。
 飛び出して来たのは、まだ二十歳にも満たない少年だった。年の頃は十七、八というところだろうか。ジルの思い違いでなければ彼は自分を捜している。彼は辺りを見回した後、落胆した様子で大きく息を吐く。
「どうしたんですか、ミルドさん?」
「あ……いや、何でもない」
 少女に声をかけられ彼は困ったようにしながらギルドの中へと戻っていった。
 彼の気配が完全に無くなったのを確認してジルはようやく本通りへと戻り森の方へと向けて歩き始めた。

>>続く

終わり無き冒険へ!