Novel:03 『神宴の組皿 』 1/2

その日トルナーレは朝から非常に良い天気だった。
未だ夏の盛りには遠いが、この時期の晴れの日射しはそれなりにきつい。
工房の店先で簡易露店を組み立てていたディタは、日傘の所在を思い出そうとしていた。
「おやあ、ディタじゃないか。今日は何をしようってんだい?」
テーブルにクロスを掛けていると、斜向かいのココリータがこちらを見に来た。この時間はコータの散歩に外に出ているため、ディタの作業が気になって来たのだろう。
「あ、ココリータさんおはようございます」
「おはようさん。で、今日は何をするんだい? 天気が良いから青空窯器屋かい?」
興味深深といったようにココリータは露店のセットを眺めていた。と、云ってもあるのはクロスの掛かったテーブルと椅子だけなので、今のところ何をやる場所なのかは見ただけでは判りかねる。
「俺もよくわからないんだ。とりあえず外にテーブル出しとけって、あいつが言ったから」
「そうなのかい…。もう少ししたら判るかねえ? わくわくするよ」
「そこまで期待するようなことかはわからないけど…」
二人が話していると、工房からやたら大きなお盆を持ったカルーアが出てきた。ココリータに気がつくと、挨拶をしてからお盆をテーブルの上に置いた。
「おはようございますココリータさん。今日もお美しい」
「おはようカルーア。あんたはいつもうまいねえ」
笑い合っているココリータとカルーアを尻目に、ディタはカルーアの持ってきたお盆を見た。妙な形をした皿に盛り付けられた、一口よりはやや大目の食べ物。ぱっと見ただけで結構な量があることが判る。
「おい、これ…」
「そうだった。ディタ、台所にまだお盆一つ分残ってるんだ。ちょっと取りにいってくれないか?」
「何で俺が…」
「オレは日傘を取りにいくから」
「はいはい」
じゃ、とココリータに別れを告げて、ディタは工房に戻っていった。
「で、結局これは何なんだい? ディタも知らないようだけど」
「今日は早くからこれをやりたかったんすよ。説明すると長いから、ディタには後でって。リタさんももう少ししたら来るといいよ。コータやアオサくんも連れて」
じゃあオレは日傘取りに行ってきます、とカルーアも店先から立ち去っていった。
「二人とも、なんだかんだで仲がいいねえ」
残されたココリータは、同じく残されたテーブルの上のお盆に目を向ける。皿にのっている食べ物に見覚えがあった。白チーズの塊によく似たものや、白や赤の穀物の煮たのをまとめたもの…。
ついでに、それらののっている皿には食べ物に隠れて見えにくいが、見知った異国の文字が書かれていた。
「何をする気なんだろうねえ?」
隣に居るコータに問いかける。
その文字の名を持つコータは、ココリータに応えるように一つ鳴いた。

2つのお盆の前でディタが待っていると、日傘を持ったカルーアが工房の裏手から出てきた。
「いやーごめんごめん。埃払ってたら時間かかっちゃって…」
「それはいいから。これはなんなんだよ」
「皿?」
「見りゃ判るわ。てかなぜ疑問系」
テーブルの後ろに傘を立てながら、カルーアは答える。答えになってはいなかったが。
「どんないわくがあるんだって聞けばよかったか?」
「今回はホラー的なものではないよ。オカルトに変わりはないけど」
なんでもやってくれ、と投げ捨てるようにディタは呟いた。
「なんかねー、東の方の儀式皿だってさ。宴会用とかなんとか」
「結局どっちなんだ?」
「まあまあ。面白ければいいじゃないか」
笑いながら、カルーアは皿を並べ直す。
「たくさんのものが集まって宴会するための皿だって云うからさ、全部に食べ物をのせて、道行く人に食べてもらおうかと」
「……へえ」
ディタの気のない返事と共に、妙な宴が幕を開けた。


「おっ、ソフィアちゃんー。おはよー」
「おはよう」
「おはようございます。今日はなにかあるんですか?」
「んー、まあねー。ソフィアちゃんも一つどう?」
「わあ、いただきます。じゃあ…この焼き菓子で」
「まいどー。…で、ソフィアちゃんも何かあるの? すごく楽しそう」
「えっ、そう見えます?」
「ミルドとか云うのが帰って来るんじゃないか?」
「なるほど」
「あの…はい、その通りで…、準備とか…。失礼しますっ!!」
「ん、じゃあねー」

「あ、そこのちょっと不思議なお姉さーん。怪しくないんでお一ついかがですかー?」
「……っっっ!!? 結構だっ!!!!!」
なぜか道をこそこそと歩いていた銀髪の女は、大げさな返事を残して来た道を走り去っていった。
「…怪しい奴ほど怪しくないっていうだろ」
「そういえばそうか。にしてもあんなに慌てちゃうとはね…悪いことしたかな」
「だいぶ悪いな」

「露店とは珍しいな」
「…おはようございます…」
「おはようございますー、タタラさんがこんな時間から出歩いてるのは珍しいような」
「後ろのが出歩いてるのも珍しいな」
「ああ、今日は工房の備品をロカ…タ… …いつもの船以外の船に頼んだから、今から取りに行くところだ。量が多いからうちの子にも手伝ってもらおうと思って」
「なるほど。あ、二人とも、お一つどぞー。食べ物のほうは普通だから」
「…これは、変わった皿だな」
「でしょ。タタラさんなら全部読めるかな? これ」
「読めるが…これ自体は珍しいものでもなんでもないぞ」
「ですよねー」

「おっ、そこの少年。ちょっと寄ってかないかいー?」
競歩並みのスピードで歩いていく少年を呼び止める。
少年は立ち止まり、だが露店のほうには近づく事なく顔をこちらに向けた。
「どちら様でしょうか?」
「こちらはどうでもいいんだけどねー、一つどうかな?」
「ごめんなさい、今僕急いでいるもので…」
「そうか…じゃあ」
数組ある紅白まんじゅうの紅いほうを一つ、少年に投げつけた。
「あげるー」
「……、有り難うございます」
まんじゅうを受け取った少年は、手の中のまんじゅうとカルーアを見比べ、微笑んで歩き去っていった。
引きずっていったウォーピックの跡だけが、道に残る。
「なーにを急いでたんだろう?」
「まんじゅう投げつけてくる人から逃げるための口実じゃないのか?」
少ししてから。
「ああもう! こんなことならかもめ号で追うべきだったわ!」
「そこのハイテンションな子ー、一つどうだいー?」
「貰える物はいただくわ。ねえあんたたち、この辺で黒いクセ毛で真赤な目の、ヘンな武器持った人見なかった?」
「見たような見てないような」
「武器を引きずった跡があっちに伸びてるから…、あっちね!!」
少女は走り去っていった。
「急いでるって、追われてるってことだったんだー」
「ずいぶんと余裕だったな、逃げてる方…」

「ココリータさんこんにちはー」
「こんにちは。指示の通りもっかい来たよ」
「わん」
「アオサ君もおはようー」
「おうご近所さん。相合傘で出店してんの?」
「ほんとだ言われてみれば」
「せっかく気にしないようにしてたのに…」
「気にしないように気にかけてたら、結局気にしまくってることになるんじゃねー?」
「黙れじゃりんこ」
「傘無いと日射しが暑いからね。で、どうぞ皆さん。一人一個まで、好きなのどうぞー」
「じゃあこれをいただくよ。コータはこの白いので…。これってディタのお手製かい?」
「一応は。切っただけ盛っただけのもあるけど」
「じゃあオレはこの真ん中のを選ぶぜ!」
「あ、それ塩―――――」

「そこの青髪の少年ー、暇なら一つどうだいー?」
「俺のこと?」
「そう、怪しくはないので是非どうぞ」
「じゃあ……、あ、おいしい」
「だろ?」
「あのさ、これ…もういっこ貰ってもいいかな? 弟にあげたいんだけど…」
「ああいいよ。持って帰る用に油紙かなんか…ディター!」
「ほらよ、言われなくても」
いつの間にか席を外していたディタが、油紙を持って店から出てきた。
少年が食べたのと同じものを、手早く包んで少年に渡す。
「弟君によろしくねー」
「ありがとう、じゃあ」

「あら、素敵な皿ね」
「お姉さんお目が高いねー。一ついかがですか?」
「いただくわ。そうね…今作ってる食器棚に収めたら、きっとぴったりだわ」
「お姉さん家具職人? いいよねー、なにかを創ることって」
「そうね…、今日はこれに免じておとなしくしててあげましょう」
「………?」
「じゃあね」

>>続く

終わり無き冒険へ!