Novel:03 『神宴の組皿 』 2/2

「うーん…」
「カルーア、あの人に声かけないの? かなり美人だけど…」
「ディタ、言っとくがあれ男だぞ」
「まじ? いつもながら、よくわかるよなお前…」
「オレを甘く見るなよ。おーい、そこのお兄さーん…」
「♪〜」
「聞いてないみたいだね」
「むうう」
「あ、行っちゃった」
「仕方ないな…本日二度目か」
「そうだね……て、あれ? 一つ足りないような…」

「あ、まただ」
「系統的にはまあそうかもな。おーいキャッスさーん」
「あ、はい。なんでしょうか」
「今日はお一人ですか? これ一つどうぞ」
「有り難うございます…。朔たちが買い物に行ってまして、待ち合わせをしているのですが迷ってしまい…。あの、港ってどちらでしたっけ?」
「港はこっちとは逆の方角だぞ」
「ええっ!? そうだったのですかぁ……」
「他にも朔さんやあおいちゃんがいるんだ?」
「はい、わたし以外に四人…」
「じゃあ、一人1つで4つ分、届けてもらってもいいかな?」
「はいわかりました。ではわたしはこれで」
「はいー」

「わあい、食い物の匂いが〜」
「赤毛の兄さん、一つどう?」
「一つだけなのか?」
「そういう決まりなんだ」
「けっちいな〜。まあ、じゃあこの一番大きいやつを一つで。ん〜、うまい」
「そりゃどうも」
「じゃあな〜」
「おう〜」
少しして。
「そこの青いお姉さん、お暇ですかー?」
「暇じゃないけど…ツィーダル来たでしょう? 赤毛の強い男よ」
「赤毛のお兄さんなら来ましたねえ。この赤い皿のを食べていきました」
「そうなの…じゃあ、私も貰おうかしら。ツィーダルが赤いのを食べたのなら、私はその隣の青いやつを」
「まいどー」

「片目の家はこの辺だったよね…」
「そこなお嬢さん、ちょっと寄ってかないー?」
「…あたし?」
「そうそう」
「…うーん。あ、そうだ。ねえ、この家に片目の男はいるかしら」
「あー、ヴェイタさんのことかな? 今は居ないよー。その家の人だけどー」
「そうか……じゃあ、いいや。きみたちは何してるの?」
「路上配布を。一つどうぞ」
「ありがと」

「…あの子もうろついてるな」
「一人の人はうろつきやすいんだろうか。えーと、お嬢さーん」
「…」
「お嬢さーん」
「…。ここはどこなのかしら」
「トルナーレです」
「そう…ロカターリオ号はどこにあるの?」
「真反対ですよ」
「そう…」
「…一つどうですか?」
「いただきます。あ、この子も…」
「リスにはこの木の実あたりがオススメです」
「ありがとう。…ロカターリオ号は…」
「あっちですよ」

「うわあヘンな組み合わせ」
「変なとはなんじゃ変なとは」
「確かに、多少変かもしれないね」
「たしょーどころじゃないですよ!」
「そうだぞ俺だって好き好んで組み合わさっているのでは断じてない。ある意味究極の二者択一だったんだ」
「後ろでぶつぶつ言ってるのとは全く関係ないけど、二択に失敗しただけなの〜」
『科白の内容、タイミングが揃ってるぞ妹よ』
「…変と云うか、単純に多い」
「気にするななの。7人なんてトレーナーとポケモンだと思えば一つのパーティなの」
「ナチュラルに一人削られてるような…」
「あ、これ皆さんお一つどうぞ。なんか曰くつきだそうです」
「どんな勧め方じゃ…」
「ほう、これは…祭具としての皿だね。儀式ばった物と云うよりは、民俗に溶け込んだ古い習慣の名残と言うべきか。ヴァーダ、これは奥方の国のあたりのものではないかね?」
「…そうだな、これは限定的な空間を示すこともあるから少しだけ調べたことがある。どうにも曖昧な記述しかなくて斜め読む程度だったが」
「ああ、やっぱりそうだったんすか。面白そうだから今日一日で試してるんですけど」
「これがどういう効果を伴うものなのかは知らんが今日の作業は無駄なようだぞ。これは空間を示すためのもの、呪文や魔方陣と同種のものだ。典礼術は仕組みを理解しない者でも使える代わりに決まった手順を踏み外してはならない。繋がらない線路を車輪が走ることはないからな」
「簡潔に述べろやクソ親父」
「………皿の並びが違う。」
「ああー……、やっぱり」
「カルーアさんは知ってたのですか?」
「一応オレも魔術師の端くれだからね。資料探すのめんどくさくて、適当にやったんだ」
「おぬし、それでも職人か…」
「陶芸家に大切なのはどこで手を抜くかですよ。柔らかいものをきっちり直立させるなんて、土台無理なんで」
「…付き合わされる身になってみろよ。で、今日はこれで終わり?」
「いやー、まだ日没までちょっとあるし、皆さんロカターリオ号で来たんでしょう? だったら船員さんも待ってみようかなあ」

「で、船員さん方のお出ましか」
「いよぉーーう窯心房のお二人さーんっ!」
「あーと…、こんばんわ? かな」
「こんばんわー。今日は船長さんとフージェン君の二人だけか」
「今晩は。夕暮れなのにテンション高いな」
「外出はオレらだけでぇ、他の船員は船で待機ーーぃ。いつでもどこでも明るく楽しくぅーが海賊のモットーどぇす!」
「商船! 民間商船!!」
「あはは。あ、これ一つどうぞ」
「あ、どうも」
「晩メシ前だけどいただきます」
「ビゴーさんやレオンさんにも持ってってあげてください」
「おおセンキューーー!」
「船長と居ると、カルーアが普通に見えてくる…」

「これで残り三つか…。一個余った…」
「カルーア、あれ」
ディタが示す先、薄暗い道の向こうから、水色の頭が徐々に近づいてきた。
「…すっかり忘れてた」
「おーい、ミルドくーん」
「…あんたら陶芸工房の。どうしたんだよこんな時間に」
「それはこっちの科白だろう? ソフィアちゃんが楽しみにしてたんだぞー、ミルド君が帰って来るって」
「そっ、それは…その……。色々あって」
「呼び止めて悪かったな。とりあえずこれをやるので早くソフィアさんのところに行くんだ」
「お、おう…」
ミルドが走っていくのを、二人は黙って見送った。
「お前な…事情がわかってるんだからかわいそうなことするなよ」
「いやあー、なんか面白くってさあ」

「残った皿は2枚か。もう誰も来ないと思うぞ」
「ん、丁度よかったみたいだな」
「?」
「はいディタ、一個」
「あ…」
残った皿のもの二つ、カルーアは一つを手にとり、もう一つをディタに渡した。
「これで全部。なくなっただろ?」
「まあね」
やはり気のない返事と共に、妙な宴は始まらずに終わった。


後日。
皿の一枚一枚を丁寧に磨きながら、ディタは尋ねた。尋ねられたカルーアは、あの日以降に図書館から借りてきた東方魔術の本を読んでいた。
「結局この皿はなんなんだよ。祭具がどうとか言われてたけど」
頁を一枚めくり、二言三言読んでから辞書を引く。旅をしていた頃に、生活に困らない程度には覚えた言語だったが、魔術方面にいくとまるで別の言語のように難解だ。
「なんかねー、神様を呼ぶための皿らしいよ」
「はあ?」
「それの作られた国では、こっちの精霊とか妖精みたいな感じで神様が居てね、それを集めて食事を振舞い、祈願をするために作られた皿なんだってさ。実際は皿に盛り付けたものは、一定の時間を置いてからその村の人たちで食べたらしいけど」
「神様なんて呼べると思ったのか?」
「まあちょっとはー?」
声が弾んでいるカルーアに、ディタは小さくため息を吐いた。磨き終わった皿を一つにまとめて箱に入れ、封をする。
「ほら、まあでも」
カルーアはディタを見て、にっこりと笑う。
「楽しかったからいいじゃん、ね?」
「…はいはい」
ディタは、箱に『曰く無し』と大きく書いた。


カルーア・ディタ・ココリータ・アオサ・・・いっぱい。
文:藤縞藤

終わり無き冒険へ!