贈り物の日:05

見えない贈り物(ふみ)

サイ・プランタン


「そう、大陸ではそんな行事があるの」
 サイは冷めてしまったお茶を淹れなおすために席を立った。お茶と一緒に蒸していた桃まんも一緒に客人に出す。
「サイ様もいかがかしら?ご家族以外に贈り物をされては」
 プランタンはそう言って、桃まんを冷ますために息を吹きかける。
(可愛い。ちあも、もう少ししたらこんな風になるのかしら?)
 桃まんを頬張るプランタンを見て、サイは大陸を巡っているだろう子どもたちのことを考えたのだが、彼女の問いを思い出す。急に言われても思いつかない。
 サイはプランタンの横に座っている狼を見つめた。
 触りたい。
 だが、彼との距離はまだ縮まっていないために触れることはできない。
「あの人や子どもたちにお世話になった人にとは思うけれども……」
 郵便は相手を認識していないと頼めないらしいので、それは無理なのだろう。
「見当違いなことを言ってるのだけど、いいかしら?」
 プランタンが首をかしげると、サイは小さな麻袋を取りだした。
「貰った種よ。ただ、何の種かは判らないの。今年の春と秋に蒔いたけど、芽が出なかったのよ。気候か土が合わなかったのか……」
 サイは袋を開け、小さな黒い種を手の平に乗せて見せた。
「この種を作物を育てている人に渡して貰えないかしら?もしかしたら、芽が出るかも。そんなことは出来るのかしら?」
「サイ様の知らない方でも良いのですか?」
 サイはコクンと頷く。
無理なことを言ってしまったのかもしれない、と眉をしかめると思い当たる人物がいることに気づく。
「あの人のお世話になっている船の船長さんに『船でも育てられる作物は無いか?』と聞かれたの。その時は切り干ししたネギとシソの種をあげたのだけど。他の人にも聞いてみようって言ってたから。ただ、ぼんやりと聞いていたから名前を覚えてなくて。確か、鳥の名前だったとは思うのだけど。そうね、船長さんに聞いたら判るかもしれないわ」
 手の平の種を麻袋に戻す。
「でもね、色んな人にも渡して欲しいの。郵便屋さんの知っている人で良いから」
「多くの人に渡したいということですか?」
「もし花が咲いたならば、もし実がなったならば教えて欲しいの」
 どんな姿が、どんな色がこの種に詰まっているのだろう?それを知るのはだいぶ先になるだろうけど。
 プランタンはニッコリ笑うと、麻袋を受け取った。それを見て、サイは人には寂しそうな印象を受ける笑みを浮かべた。
君が喜んでくれるものはこの僕が一生懸命働いて得たものだけにしたい(七尾マモル)

ココリータ・プランタン


「それじゃあラン、任せたからねぇ。」
トルナーレの白壁は夕陽を反射して赤く染まりつつあった。
郵便屋がいつものように港に程近いコバルト家を訪ねると、お得意様であるリタは両腕にやっと抱えられるくらいの大きな荷物を持って出てきた。
荷物の半分は彼女の愛する旦那様へ様々な食べ物や衣服などの詰め合わせ、もう半分は彼と一緒に旅をしている仲間達への『お歳暮』らしい。
「これでも随分減らしたんだけどねぇ。」
そう言ってリタは申し訳なさそうな顔をする。
自分のことはさて置き、他人お節介ばかりやいている彼女らしいと思い、プランタンは笑顔をこぼした。
「もちろん。ちゃんと届けるわ。」
そういうプランタンの首にも、いつもとは違う赤いマフラーが巻かれていた。
彼女のパートナーである巨大なオオカミのプラタも同じものをしている。
『いつものお礼に』リタから郵便屋達への贈り物であった。
郵便屋のトレードマークは黄色のマフラーなのだが、たまにはこういう物も悪くはないだろう。せめて、このお祭りの終わる間くらいまでは。
毛糸で器用に編み込まれたマフラーは温かく、何よりその気持ちが嬉しかった。
「ねぇ、リタ様はヴェイタ様から欲しいと思うものはないの?」
不意にプランタンの口からそう言葉が滑り出した。
リタはしばらく遠くを眺めて考え込むと、少し寂しそうな顔で返答した。
「あたしが欲しいのは…時間、かねぇ。」
「時間?」
「旦那様の時間をね、一週間、いや三日でいいからあたしにくれないかなぁって思うんだよ。」
そういうリタの顔は赤く染まっている。
それは夕陽に照らされているからというだけの理由ではないように思えた。
「一日目はあたしが仕事から帰ってきたらお帰りって出迎えてくれて、二日目はコルサーレへ2人でお芝居でも見に行って、三日目はアオサとコータとみんなでうちでゆっくり何もしないで過ごすの。……って言ってもあの人もやらなきゃいけないことがあるんだから、そんなこと言えないけどねぇ。」
リタは日の沈む海を見つめている。
船が一隻港に停泊しているがその中には彼女の求める人がいないのは解っていた。
その顔は緩く微笑んでいたが、プランタンにはその顔が泣いているように見えた。
「リタ様、これあげるわ。」
プランタンが手を広げると、その中には小さな種が一粒収まっていた。
「これは?」
「お客様に頼まれたの。リタ様と同じように、旦那様のお帰りを待っている人よ。色んな人にお渡ししてって。そして、花が咲いたら、実がなったらどんな姿かお知らせしてって。」
「いいのかい?あたしが貰っても?」
「一粒だけ。きっとリタ様に渡したら喜んでくれると思うから。」
本当は渡して欲しいといわれた人物は別に居る。
それでもプランタンは彼女にこの種を渡したいと思った。
性格も、容姿も対照的な二人だが、時折見せる寂しそうな笑みはよく似ているような気がしたのだった。
「…ちょっと待ってておくれよぅ。」
そう言ってリタは部屋の奥に入っていった。そして、すぐに小さな袋を持って戻ってきた。
袋を開けると、中には乳白色のうっすらと光を放つ2枚の貝殻が入っていた。
その一枚には真っ青な海と空が、もう一枚は同じ景色だが、夕陽に染まった赤い姿に描かれている。
仮面の絵付けを生業としている彼女が描いたのだろう。それは見慣れたトルナーレの風景だった。
「これは?」
「お守りみたいなものかねぇ。この赤い方を、その人に渡しとくれるかい?」
「綺麗な貝殻ね。どんな意味が込められているの?」
「夕陽が同じ海に沈むように、あなたの元に大切なものが戻ってきますようにってね。」
「素敵ね。もう一枚はどうしたらいいのかしら?」
「青いのは、あんたに任せるよ。あたしにこれをくれたみたいに、これを渡さなきゃと思う人に渡しとくれ。」
船が海を渡り島にたどり着けるように求めるものにたどり着けますように、もう一枚にはそういう意味が込められているとリタは言った。
赤い壁は薄い群青に変わってきた。そろそろ次の家に回らなければ。
少女と巨大なオオカミは大きく手を振ってコバルト家を後にした。

終わり無き冒険へ!