ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

アルザの場合 「 An Invitation 」


執事は青ざめた。

鍵が閉まっている。
どれだけ記憶を辿っても、主の部屋に鍵などついていなかったはずなのだが。

衛兵に聞いたところ、この廊下はしばらく誰も通っていないらしい。
主はこの中にいるはずだ。
しかし豪奢な扉は押しても引いてもびくともしない。

嫌な予感が脳裏をよぎった。
10代の少年少女は自分の部屋に他人を入れたがらないと聞くが、
主もそういう年頃なのだろうか。
(いや、まさかアルザ様に限ってそんなことは・・・)
願い半ば、ロシュはおそるおそる扉の向こうに声をかけた。
「・・・アルザ様?」
返事はない。
「アルザ様?」
物音ひとつしない。
「アルザ様!」
少し不安になってきた。
「アルザ様!?」
もはや涙目だ。

ロシュが呆然と立ちつくしていると、扉がいきなり弾け飛ぶように開いた。
鈍い音がした。
ロシュは額と尻の痛みの次に、腹への圧迫感と柔らかな感触を感じた。
(ど、動物?)
仰向けになった自分のうえに何かが乗っている。
顔に被さった、ふわふわしたものをどけてみると、部屋の主・アルザが
いつもの笑みで見下ろしていた。
アルザは羽根と房飾りのついた、魔法使いのような帽子を被り
毛皮で縁取られたマントを羽織っていた。
狼の右目周辺を切り取ったようなマスクをつけて、
よく見れば髪と同じ銀色の尻尾に獣の耳も生えている。

「Trick or Treat! お菓子と悪戯、どっちがいい?」
「・・・え?」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するよ」
「・・・え!?お菓子!?」
「そう、お菓子」
お・か・し。アルザがゆっくりと繰り返した。
何が何やらさっぱり分からないロシュは、それでも一応ズボンのポケットを探してみた。
残念ながら出てきたのは「砂糖」「石鹸」とメモされた紙切れ1枚だけだった。
「お菓子・・・ありません」
「じゃあ悪戯で!」
アルザが満面の笑みを浮かべた。

もふっ

「あの、」

もふっもふっ

「・・・えっと?」

マントの毛皮で頭を包まれ、髪をぐしゃぐしゃにされた。
アルザはそれ以上何をするでもなく、呆気に取られたロシュの上から退くと
満足そうに廊下を歩いていった。

(いつもの例があるから、何をされるのかと思えば・・・これだけ?)
ロシュは拍子抜けした。仰向けに倒れたまま頭を掻いた。
ぴた、と手が止まった。
そこにあるはずがないものの、確かな感触。
気が遠のきながらも手のひらでそっと形を辿ってみた。
耳だ。人間のではなく、獣の。
犬の垂れ耳のようだった。
「あー・・・」
これだけ、じゃなかった。
寝転がって呻く執事。1人の衛兵がそれを見つけて駆け寄ろうとしたが
彼の頭を見て「いつものことか」と納得し、持ち場に戻っていった。

「あ、立派に生えてるねえ」
軽やかな声にロシュが体を起こすと、主の家庭教師・スティフが立っていた。
彼もまた頭に獣の耳を生やして。髪と同じ金色の、柔らかそうな毛並みの立ち耳だった。
「何なんですか、これ」
「耳だよ」
「・・・それは分かってます」
「なんでも遠い国で仮装パーティが開かれるっていうから、
アルザ君と一緒に衣装を考えてたんだよ。それが獣をモチーフにした衣装に決まってね。
どうせ作るなら何か付加魔法を、と思ってさ。
マントの毛皮で頭を触られると獣の耳が生えるようにしてみたんだ」
何でですか?とロシュは至極もっともな疑問を抱いたが口にはしなかった。
この師弟が愉快犯であることは分かっている。
「ちゃんと気分に合わせて動くし、感覚もある。
簡単な動作で発動できるし、その人を反映するような耳が生えてくる。
魔法としてはなかなか上出来だよ。2人がかりでも完成まで3日もかかったんだからね」
ロシュは大きな溜息をついた。
2人揃って、なんという無駄なところに力を入れるのだろうか。
(ともかく部屋が開かなかったのはそういうわけか)
自分を入れたくないとか、そういうショッキングな理由でなくてよかった。

「あ、そういえば・・・パーティ?」
「そうそう。アルザ君宛てに招待状が届いたんだよ」
スティフはローブのポケットから1枚のカードを取り出した。




ハロウィンパーティ開催のお知らせ


来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も、初めての皆様も
どうぞお誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!」




「ハロウ・・・ハロウィン?どういうパーティなんですか?」
「カボチャを飾って、仮装して、お菓子を強奪するらしいよ。
お菓子を渡さない人には悪戯してもいいんだって。
Trick or Treat はその選択を迫る脅し文句」
「どれだけ物騒なパーティなんですか!!」
ロシュは心配そうに廊下を見た。主の姿はもうない。
「いつごろ帰ってくるんでしょうか」
「心配しなくても、すぐ帰ってくるんじゃないかい」
ついて行こうか、とでも考えていそうな表情の執事にスティフが微笑んだ。
垂れ耳がさらに力なく寝ている。

「そうそう」
スティフがぽんと手を叩いた。
「僕もまだお菓子をもらっていないな。
ロシュ君、Trick or Treat ?」
本日2度目の強制選択。
今度は犬の姿にでもされかねない。
ロシュは厨房まで全速力で走ることにした。





See you later!

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