ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

リクの場合「Moon River 02:wherever you're going」


手紙をミサトに預け、リクは普段の生活に戻った。
”ハロウィン”すら分からないリク自身には準備段階で出来ることが少ないというのも一因だが、子供というのは存外忙しいのである。

日々の合間を縫って、リクは過去に同じパーティーに参加したという兄の友人に詳しい話を聞いた。
パーティー会場とカムとでは暦が違うため、”10月31日”は11月23日であること。
”ハロウィン”は、菓子交換の日としてリクにも馴染み深いカンデラという行事を派手にしたようなものであるということ。
”ハロウィン”にはシンボルや象徴的な色があり、菓子の遣り取りに合言葉が要ること。
”ハロウィンパーティー”に参加する者は、皆何らかの仮装をすること。
それらを教えてくれた兄の友人が、リク自身の親友が姉と慕う人物であったことに、少し驚いた。
「リクの話はよく聞いてるから、改めて会うと変な感じだな」
初めて”ハロウィン”について教えてもらった日、兄の友人はそう言って少し目を細めた。臙脂色の髪が微かに揺れる。
「お兄ちゃん、いつもあたしのこと何て言ってるんですか?」
「ん?俺の自慢の可愛い妹、だって」




パーティーを目前に控えたある日、衣装が出来上がったとミサトから連絡があった。セクションBのとある事務所に届くという話だったが、パーティーまでの数日間、ミサトもハセクラ医師も明るい時間に仕事を抜けることが出来ない。
そして今、リクは初対面のルーブリケーター(保安官)に手を引かれ、セクションBを黙々と歩いていた。
散々ハセクラに「うちの可愛い子が行くから」と言われていたリクは、自身の立場もあり妹が居るものとばかり思い込んでいた。しかし待ち合わせの時刻、服装によっては妹に見えないことも無いルーブリケーターは、子供相手に職業証明書まで提示して弟だと名乗った。
自分も決して兄と似た兄妹ではないが、全く似ていない兄弟だとリクは思う。目の色が違う。声の高さも違う。また、常に微笑を浮かべているハセクラに対し、弟の方は今の所笑顔らしきものが見えない。
何より、自己紹介以降、会話が無い。

恐らくはミニム(路面電車)の最寄駅から最短距離を通ったのだろう、間も無く二人は目的の事務所に到着した。中に入ると、眼鏡をかけた男が何かカタカタと作業をしている。
男が手を止めてリクを見た。
「お帰り。…あぁ、その子が噂の子か」
何がどう噂なのかはともかく、自分のことらしいと判断したリクは咄嗟にぺこりとお辞儀をした。男が片目を閉じて口角を上げる。
「なるほどね、ミサトが過保護にもなる訳だ」
「…それ、ニワタリには言わない方が良いと思う」
「そうか?」
「そうでしょ。貴方が言うと洒落にならない」
「心外だな。…さて、帰って来たことだし、ちょっと出てくるか」
煙草の箱を振って、男は事務所の外に出た。
ここまでリクを連れて来てくれた青年の他には、現在事務所内にルーブリケーターは居なくなったようだった。兄やハセクラ医師の話によると本来ここには五人ルーブリケーターが居るらしいので、他三人は外で仕事をしているのだろうかとリクは思った。
「…リク、だっけ。名前」
どうしていいか分からずきょろきょろと辺りを見回すリクに、ふと青年が声をかけた。
「あ、はいっ」
「ジュースとか無いから、お茶でいい?」
リクが頷くと、青年が机の椅子を引いた。座れということらしい。
緊張したリクが慣れない椅子に腰かける頃には、柔らかな匂いが事務所内を満たしていた。目の前にマグカップが一つ置かれる。ミルクティーのようだ。
「あっ、ありがとうございますっ、えぇっと、」
「ツーでいいよ、兄貴もそうだから。言い難いでしょ、俺の名前」
自己紹介の時聞いた名前で呼ぼうとしたリクだったが、詰まっているうちに先回りされてしまった。実際、ヨシツグという名前は幼いリクには少々発音が難しい。リクは有り難く提案に乗ることにした。
「えっと、それじゃあツーさんって呼びます。いただきます」
「召し上がれ」
少しドキドキしながら、リクはカップに口を付けた。
リクの年齢を考えてか、かなり甘めに仕上がっていたが、リクが驚いたのはそこではなかった。
「うわぁ…ケーキの匂いがする…!」
先程から広がっていた匂いの正体はこれだったらしい。緊張などすっかり忘れて、リクはコクコクとミルクティーを飲んだ。
「…気に入った?」
隣の椅子に座りながら、ヨシツグが訊いた。リクはぶんぶんと頷く。
「とっても美味しいです。…お兄ちゃんと一緒に飲みたいなぁ…」
心細さが、つい顔を出した。
「兄妹で同じこと言うんだな」
ヨシツグがクスクスと笑った。初めて見た笑顔は、リクの知っているハセクラ医師の表情に良く似ていた。
「え?」
「貴方のお兄さんに同じお茶を出した時、妹に飲ませてやりたいって言ってたから」
「…お兄ちゃん、これ飲んだことあるんですか?」
「あるよ。その時気に入ったみたいだったから、貴方にもどうかと思って出したんだけど」
「そうだったんだぁ…そっか…」
リクは両手の中のカップをまじまじと見つめた。
ばたばたと騒がしい気配がして、事務所の自動扉が開いた。荷物を抱え、背の高い金髪の男が駆け込んでくる。男は事務所に入って三歩で急ブレーキをかけた。
「うぉうっ、もう来てんじゃん!ごめん、待ったっしょ?」
どうやら男の荷物こそがリクの衣装だったらしい。ブレーキはあっという間に解除される。
「そうでもない。…いきなり騒がないでよ、びっくりしてるだろ」
「…ごめんなさーい」
一瞬しょぼんと頭を下げた男は、すぐに顔を上げるとテーブルに荷物を置き、リクの横で中腰になった。にっこりと屈託無く笑う。
「はじめまして、エド ソウタです。エドでいいよ」
「その人、一応ハロウィンパーティー経験者だから」
ヨシツグの補足に頷く間もなく、リクはソウタに頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「ニットーの妹かぁ、かーわいいなー!皆本当いい奴だからさ、思いっ切り楽しんで来なよ!」

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