ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

黒翔の場合「Reve-Lettr」

 迅夜にレモンティ、左翊に砂糖のみを加えたコーヒーを出し、莅黄はカウンター席の内側の椅子に腰を下ろした。今の所、店内は静か。何でも屋の二人組は、カウンター席から少しだけ離れたボックス席へと座っている。どうしたものかと困り顔で、莅黄は空のコーヒーカップを拭き始めた。
「で、セリ。“ハロウィン”ってなんだと思う」
 間を置いて、黒翔はそう切り出した。莅黄は手を止め、顔を上げる。
「日付的にはレイヤ祭?だっけ、あれと近ぇけど内容は違うだろ」
「そうですね…メルレイヤ祭にしては雰囲気がちょっと違うし…。最終日の話ならともかく」
「仮装はしねぇだろ」
「しませんね。あ、でも六日目の事でしょうか」
 黒翔へ届いた手紙を再度覗き込みながら、莅黄は思案する。彼らの言う“メルレイヤ祭”とは、シャオク大陸に昔から伝わる祭りの一つである。10月最後の4日間と11月最初の3日間、その一週間が期間となる祭り、それが“メルレイヤ祭”―――通称レイヤ祭である。世界中に共通して伝えられている昔話に創世神話があった。その神話に出てくる神々のうちの一人の名を冠した祭りであり、その神にちなんだ言い伝えも残されている。迷う人々を導くとされる女神メルレイヤ。彼女に導かれて、過去の人々が一時的にこの世へと戻ってくる。彼らを迎える事、女神に感謝する事がこのメルレイヤ祭の目的だった。華々しく街中を飾り、夜も明かりを灯し続けるこの祭りは、六日目だけは色味を変える。過去の人々に早く居るべき場所へと帰って貰う為に、飾りを隠し、明かりを消し、寂れた街を演じるのだ。そして最終日である七日目は、『寂しい思いをさせてごめんなさい、また来年も来て下さい』との意味を込めて盛大に大騒ぎをする。シャオク全土で行われている祭りではあるが、メルレイヤ信仰の強いこのアクマリカでは特に重要な祭りとして伝承されていた。時期としては近いが、ハロウィンとメルレイヤ祭、全く同じとも全く異なるとも取れない祭りである。
 ガタンと音がした。莅黄と黒翔が同時に目をやると、そこには立ち上がった迅夜の姿があった。
「ハロウィン知ってるの?!」
 目をパチクリとさせ、しかし満面の笑みに満ちた彼の表情には現在、敵味方という言葉は浮かんでいない。


「んーじゃあ、どこだか分からねぇ場所に飛ばされて、そこに集まった連中と大騒ぎする、っつう祭り?」
「なんじゃないの?俺も行ったワケじゃないから詳しくは分かんないけど」
「不思議な話ですね………。知らない場所に飛ばされて、見知らぬ人たちと交流、だなんて」
 カウンター席へと移った迅夜は、左翊から借りた手紙と黒翔へと届いた手紙とを交互に眺めた。二通の手紙を読み比べると“ハロウィンパーティ”がどういったものであるのかが少しだけ分かってきた気がする。そしてどうやら、左翊の知り合いである少女が行ったパーティと黒翔が行くであろうパーティは同じものである、という事も。
「つかお前が行くのかよ、似合わねぇぇ」
「うるせぇ」
 招待状の方を手に取り、迅夜は思わずそう呟いた。迅夜の想像ではあるが、黒翔がこういった“人と交流する事が目的である祭り(推定)”に参加するとは思えなかった。しかしどうやら黒翔本人は、パーティ参加には乗り気だった。
「なんで俺じゃないの?」
「だから知るか」
 離れた所から話を聞いていた左翊は、呆れたように溜息を溢す。黒翔が参加すると聞いた時から予想は出来ていたが、余りにも想像通りに迅夜は駄々をこね続けているのだ。「自分も行きたい」、と。コーヒーを一口口に含み、彼らから視線を逸らして正面へと向く。と、そこにはいつの間にか影凜の姿があった。数瞬の間、左翊は動きを止める。
「………何だ?」
「左翊さん、お願いがあります」
 いたって真面目に、影凜は口を開いた。
「あの手紙を迅夜さんに押し付けて下さいませんか?黒翔さんが一人で行ってしまうのは心配ですし不安ですし、何かあっては困ります。迅夜さんが行く分にはもう全然一切構いませんしいっそ帰ってこなくても」
「断る」
「なんでですか」
「お前の魂胆が丸見えだ」
「酷いですね。ただの本心です」
「正義のように言うな」
「私にとっては正義です」
「俺にとっては悪そのものだ」
「ねえ、なんか物騒な話聞こえたんだけど」
 迅夜の言葉はあっさりと無視される。ムスッとしたように影凜は口を尖らせ、左翊は溜息をつく。“いつもの事”と言ってしまうのは少々癪である。カウンター席に座る莅黄はハラハラと様子を見守り、黒翔は面白そうにニヤニヤと笑いながら見ている。
「じゃあ貴方が行けばいいじゃないですか、左翊さん。あなたのお知り合いが行ったんでしょう?」
「俺がああいう祭りに合うと思うか」
「思いませんけど行けばいいじゃないですか」
「…意味が通ってないぞ」
「知りません。どうせ左翊さんだって行きたいんでしょう?」
「行きたいがそれがどうした」
「一途ですねぇ…ホント」
「今すぐ息の根止めてやろうか」
「出来るものなら是非やってみて下さいな」
「あ、あの、影凜さん、左翊さんも!落ち着いて下さい…っ」
 思わず制止したのは莅黄だった。ここでようやく影凜の言葉は止まる。顔を上げた先には莅黄と並んで黒翔の姿があった。


 モンブランを頬張る迅夜をカウンター席に残し、ボックス席には莅黄と黒翔が腰掛けた。影凜の不機嫌さは消え去らず、居心地の悪さをヒシヒシと感じている左翊は口を開かない。対する黒翔と莅黄はそんな二人を尻目に、既に仮装計画を立て始めていた。コンセプトはどうやら、「こっちの祭りであるメルレイヤ祭“っぽく”」アレンジした仮装。但し固定された衣装がある訳ではないので、あくまで雰囲気とイメージの合わせ技ではある。莅黄は紙に木炭を走らせ、黒翔は次々と採用と不採用を口にしていた。
「楽しそうですね」
 影凜がそう呟く頃には、衣装の八割は決定していた。あとは材質やその調達方法を決めていくのが主であるが、増える分には要素がどれだけ増えようと構わない。莅黄はちょこちょこと装飾品を付け加えている最中だった。黒翔が顔を上げ、おうと頷いた。
「なぁ影、何がそんなに不満なんだっつうの。たかが祭りだろ」
「たかがでも何でも、黒翔さんが見知らぬ世界に行くのは不安です」
「心配性だな」
「あなたの相方ですから。何かあったら困ります」
「そういう祭りじゃねぇだろ。去年行ったっつう子だってちゃんと帰ってきてる」
「そうですけど……」
「影凜さんは黒翔に置いてかれんのが淋しいんでしょ」
 ぴょんとカウンター席から飛び降りた迅夜は、四人が座るボックス席へと歩み寄った。莅黄の衣装デザインを覗き込み、「うっわぁ」と呟き、そして顔を上げる。目が合ったのは遠慮のない笑顔を浮かべる影凜だった。
「迅夜さん、この際招待状無くても構いませんから他の異世界パーティへと旅立って下さいませんか?」
「……それどこのパーティ?」
 影凜の笑みに良くない空気を感じ、迅夜はさっと視線を逸らした。ひとまず隣のボックス席から一つ椅子を拝借し、テーブルへと着く。左翊の溜息が聞こえたが、気に止める者は居なかった。
「店長って絵上手いんだね」
「思ったままに描いてみただけです」
「っていうかコレ黒翔が着んの?」
「悪ぃかよ」
「……別に。なんかすっげぇ意外」
「セリの提案だ」
「黒翔さんも充分意見出してます」
「ねぇ、耳は付けないの?」
「「………は?」」
 トントンと進んだ会話の後、莅黄と黒翔の声は綺麗に重なった。いつの間にか迅夜は木炭を手にし、莅黄の描いた衣装デザインに“要素”を描き足した。ポカンと眺めるのは影凜と莅黄で、呆れたように息をつくのは左翊、引き攣った笑みを浮かべるのは黒翔だった。描き終えた迅夜は満足げにニヤリと笑った。
「仮装ッつったら耳だろ」
「………犬?」
「猫!」
「狼とかじゃなくてですか?」
「えぇっ、なんで!」
 喚くように反論する迅夜だったが仕方ない。残念ながらそれらの動物の耳の違いというものをしっかりと観察した事は無かった。自分の意図するものとは違うものと捉えられた事に、迅夜は不満げに口を尖らせる。しかし「却下」を呟く黒翔の隣でぼそりと呟くのは、不機嫌全開だったハズの影凜だった。
「…耳と言ったら、首輪ですか?」
「………影、出来ればお前には言われたくない」
「え?どうしてですか?」
 いつもの声だった。いつもの人をからかう時の、玩具を見つけた子供のような高い声。何がそうさせたのか、今の影凜からはすっかり不機嫌というものの色が消えている。機嫌が良くなった事を良しと取るか悪しと取るか。少なくとも今の黒翔にとっては、“悪し”だった。迅夜が置いた木炭を、影凜が手に取り“要素”を描き加える。
「まぁ、こんな所だったら悪くは無いんじゃないですか?」
 にこりと笑って影凜はそう言った。


□□□


 宵闇の中ゼン平野に佇む黒翔は、ふと我に返らないよう気を配っていた。我に返ってしまえばこの衣装を身につけた自分に対して溜息を溢してしまう。見た事も聞いた事もない祭りへの高揚感から衣装アイデアを出したのは確かに自分であるが、実際に着てみると何とも違和感という言葉しか似合わないものである。頭を掻くと、腕に付いた鎖がじゃらりと音を立てた。衣装の材料は莅黄や影凜が街中で探してきたものらしく、それらを組み合わせて“衣装”という形に仕上げたのは莅黄だとか。料理が得意なのは既知の事だったが、先日の絵といいこの裁縫といい、彼にはどうやらそういった才能が多くあるらしい。黒翔はまじまじと衣装を眺める。それは、絵に描いたものがそのまま出てきたかのような衣装デザイン図そのままの衣装だった。
 衣装の次に眺めるのは、手にしている物体。残念ながら“物体”としか呼ぶ事の出来ないそれは、身に付けている衣装・装飾品の中で唯一材質が不明のものである。用意したのは影凜だった。
『メルレイヤ祭の象徴といえば死者ですからね、どう表現しましょうか』
『流石に人骨を持って行くのは問題でしょうしねぇ』
『これくらいでしたら無問題でしょう』
 という彼の言葉から察するに“本物では無い”という事だけが確かではあるが、その他の可能性は無限にありすぎて特定する事は出来ない。そして珍しい事に、そんな彼に悪乗りしたのは迅夜だった。影凜の用意した“物体”を眺めた迅夜は、ひとしきりうーんと唸ると手を伸ばした。
『俺もなんか手ぇ加えたいんだけどなぁ』
『コレだったらイイよな?』
 そう言うや否や、彼の手の先から仄白い光が現れる。そのままじんわりと染み渡るように“物体”全体に光が行き渡った。仄白い光はその場にいる全員が見る事が出来たが、所々がキラリと光るのを見る事が出来たのは影凜だけだった。所謂精霊というものは、魔力を一定以上持っていないと視界に映す事は出来ない。やがてふんわりと包み込んだ光がゆっくりと沈静化すると、“物体”は赤く煌々と輝き出す。「炎精霊<ナール>ですか?」と影凜が呟くと、迅夜はニッと笑った。彼曰く、“物体”に魔術を掛けたのではなく、精霊を住み着かせている状態、らしい。その証が、“物体”の中に描かれた彼の契約印だった。説明されても黒翔には理解出来ない次元の話ではあったのだが。


 風が吹き抜けた。この季節にこの衣装は少々肌寒いものがあるが、今更別のものを羽織るという手段はない。左手に持った籠いっぱいの焼き菓子が落ちないよう、黒翔は風下へと身体を向けた。そして目を瞠る事になる。
「………迎えって、コレか?」
 これほどまでに巨大で、尚かつ積み上げられたカボチャというものを今まで見た事がない。それよりもまず、いつの間に現れたのかも分からない。しかし左翊へと届いた手紙には、『会場には不思議な力で飛んで行ける』という事、『会場には沢山のカボチャがある』という事、そして『“普通ではない”出来事が自然と起きる』という事が書かれていた。それらを総合すれば、或いはこの怪しさ満点なカボチャのタワーも“普通”な出来事なのかもしれない。カボチャタワーを形成しているカボチャ達が、ニカリと口を開けて笑った。
 ふと黒翔は、一つの変化に気付く。うっすらと赤く光を発する契約印は残っているものの、“物体”からは煌々と赤く輝く光が消えていた。代わりにまた、ふんわりと仄白い光が全体を覆っているのだ。『契約させてんのはあくまで“こっちの世界”の精霊だから、異世界に飛んだらどうなるか分かんない』、そう迅夜が言っていた事を思い出す。魔力を持たず、魔術に関する知識も持ち合わせていない黒翔にはあまりピンと来ない言葉ではあったが、現実を目にしてこういう事かと理解する。そしてもう一つ気付くのは、要するにこの現象が表すのは、既に今居るこの場が異世界へと通じている、という事。仄白い光は次第に、覆うのではなくまとわりつくような形へと変わっていた。どうやらこの現象、住み着くものが変わっただけのようである。見ただけでは炎精霊<ナール>の代わりが何者であるかは分からなかったが、分かろうとも思わなかった。現実主義な黒翔でも、たまには不思議な出来事を理屈抜きで楽しんでみたいとは思うのだ。
「面白ぇ」
 心底面白そうにニヤリと笑って黒翔は、カボチャ達へと足を進めた。
 ―――夜はまだ始まったばかり。



See you later!

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