ハロウィンパーティ招待状から始まるそれぞれのサブストーリー

黒翔の場合「Reve-Lettr」


 明るいうちに出掛け、明るいうちに戻ってくる事は少ない。陽が沈んだ頃に出掛け、朝日が昇る事に戻ってくる事の方が多い生活である。目的は“仕事”だったり“遊び”だったりと様々ではあるが、お陰で陽が傾く前に外側からドアの取っ手を握る事に違和感を覚えてしまうようになっている。月に数回程度あるそんな日の外出目的はほぼ決まっていた。自他共に似合わないと認める買い出し。人間として生活していれば当然のように行わなければならないものではあるが、食料や衣類を抱えている自分を客観的に見てみれば、溜息を溢した上で笑わずにはいられない。因みに、この手の行動が似合いそうな相方は、面白がって手伝おうとはしない。
 考え事をするでも悩むでもなく、ただ淡々とそんな事を思いながら、黒翔は紙袋を抱えて歩いていた。街から外れ、ゼン平野からも外れた人気のない場所。遠慮がちに建てられた丸太小屋が、黒翔と、相方である影凜の住処だった。まだ陽は僅かに傾き始めた頃で、辺りは明るい。人影はなく、誰かに付けられているという事もない。思わず警戒してしまうのは彼らの職業の所為である。陽が落ちてから活動し始める彼らの職業は、所謂盗賊。稼ぐわけではなく、奪っている。
 ふと、扉の前に立った黒翔は足を止めた。扉の前だから足を止めるのは当然なのだが、それとは様子が違う。首を傾げ、しばし凝視。思い当たる節はなく、寧ろあっても困るものではある。黒翔は訝しげに扉―――正確には扉に挟まれた紙のようなものへと手を伸ばす。と同時に、目の前の扉がガタリと音を立てた。
「入らないんですか?」
 目の前に現れたキョトンとした表情に、黒翔は「あ」と小さく呟く。手の先にあった紙は、ひらりと地面へと落ちた。
 
 
「招待状、ですか……?」
 不思議そうに手紙を眺め、ひっくり返してはまた眺め、影凜はそう呟いた。表情はいつにも増して感情を読み取る事が出来ない。何かしらのイベント事には無駄に食いつく彼の事だけに、今のこの表情は黒翔から見れば少々不思議なものであった。楽しんでいるとも、嫌がっているとも取る事が出来ない。誰かが扉に挟んだのであろうこの手紙はついさっき扉を開けた拍子に地面へと落ちたのだが、それを紙袋を抱えたままの黒翔が拾い上げた。見慣れぬ不思議な物体に興味を抱いたのだろう。影凜に渡したのは紙袋の方だった。
「っぽいけど。何の奴かは分かんねぇ」
 紙袋の中身を取り出し、部屋の真ん中に置かれたテーブルへと並べる。ごろんと転がった果物は、これからの季節では手に入れる事が困難になってしまうようなもの。最後の足掻きと言わんばかりに売り出されていたものを、黒翔は迷うことなく購入していた。支払いに使用するのは以前豪邸から拝借したお金ではあるが、店から直接物品を拝借する事はない。
 既に手紙の封は切られている。何度も封筒を眺めた影凜は、次にその中身を取り出した。するりと出てきたのは、1枚の手紙と1枚のカード。




ハロウィンパーティ開催のお知らせ

来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も、初めての皆様も
どうぞお誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!




「怪しいですね」
「そうか?」
「……黒翔さんは怪しまないんですか?」
「悪いモンじゃねぇだろ。…―――影?」
 “いつにも増して感情を読み取る事が出来ない”表情は、どうやら終わったようである。今の影凜の表情は、珍しい事に不機嫌。元々好き嫌いの激しい人物であり、自分の思い通りにならないと機嫌を損ねる子供のような性格の持ち主ではあるが、手紙一枚で不機嫌になられるとは思ってもみなかった。黒翔は一つ息をつく。
「………“ハロウィン”の意味も分かんねぇし、とりあえずセリんとこ行くぞ」


□□□


「まーた見てる」
 不意に降ってくる声に、特に表情を変える事も無く左翊は顔を上げた。目の前の相方の顔は呆れたように笑っている。左翊の手元には、可愛らしく花柄の描かれた一通の手紙。
「別に、良いだろう」
「悪いとは言ってないよ」
 丁度一年前の、今頃の季節。左翊の元へ一通の手紙が届いた。届いたというよりは、届けられた。―――それよりも“運ばれてきた”と言った方が正確かもしれない。風に乗って舞ってきたこの手紙は、遠い地にいる一人の少女からのものだった。迅夜はその少女の事を知らないが、どうやら左翊にとっては大切な人物であるらしい。“風”という不思議な伝達手段があるにも関わらず、少女と左翊は滅多に連絡を取り合う事はない。にも関わらずある日突然この手紙が届けられたのだ。手紙の内容を要約してしまえば、「楽しかった」というもの。まるで異世界のような場所で、初対面な沢山の人々と共に夢のような時間を過ごした、と。踊り出すのではと思えてしまう程に、文面全体から彼女の気持ちが伝わってきた。それ以来、彼は事ある事にこの手紙を眺めている。
「なんだっけ、ハロウィン?」
「あぁ」
 左翊の手元を覗き込み、迅夜は手紙に書かれていた聞き慣れぬ祭りの名を口にする。迅夜も左翊も、“ハロウィン”という単語は聞いた事がなかった。手紙によるとハロウィンとは、“仮装”して、“合言葉”を唱え、そしてたくさんの“お菓子”を貰ったりあげたりするお祭り、らしい。
「レイヤ祭とは違うんだよね」
「多分」
「この時期って言ったらこっちじゃレイヤ祭なんだけどなぁ、どこの祭りなんだろ」
「…さぁ」
「………。…サイ」
「……何だ」
「元気?」
 唐突な言葉に反論出来ないのは、否定の合図だった。


□□□


「あなた達って、本当は仲が良いんじゃないんですか?」
 思わず莅黄がそう言ってしまうのも、無理がないのかもしれない。彼の目の前に繰り広げられるのは、睨み合う二人と不機嫌な二人による光景。彼らがこの店に現れたのは、ほぼ同時刻。


 街の外れ、ひっそりと隠れてしまうように建てられている小さな喫茶店「セレナータ」。隠す事を目的としてこの場が選ばれた訳ではなく、元々建っていた建物の周りに別の建物が建てられてしまった事が原因である。お陰で連日のように客足は少ない。その上、嬉しいやら悲しいやら、訪れる客人は殆ど固定されてしまっている。
 莅黄は、カウンター席の内側に座りながらぼんやりと空瓶を転がしていた。ごろごろと低い音が狭い店内に響き渡る。店内に誰も居ない時、こうやって瓶を転がして遊んでしまうのは莅黄の癖だった。低い音は耳に心地よい。時刻は昼下がり。陽が当たらない、暗く静かな店内からでは正確な太陽の位置や高さは分からないので、時刻は莅黄の勘である。ついウトウトし始めてしまった頃、本日最初の客人が、店の入口である正面の扉、ではない方の扉を開けた。
「よぉ」
「………。黒翔さん………、と影凜さん……?」
「酷いですねぇ、付け加えたように」
 半分とまでは行かずとも三分の一くらいは夢の国へと船を漕ぎ出していた莅黄である。声を掛けられ現実に引き戻されると、まだはっきりとしない思考回路のまま顔を上げた。顔を上げた頃には彼らは既に店の中のカウンター席へと歩みを進めていた。
「二人揃って来るなんて珍しいじゃないですか。……どうしたんですか?」
 次第に覚醒してくる脳内から言葉を選ぶ。それよりも先にコーヒーカップに手を伸ばしているのは、恐らくそれが習慣となってしまっているからだろう。黒翔と影凜、この二人は確かに店の常連ではあるが、二人が揃って店にやってくる事は意外と少ない。ただ、どちらか一方が長時間居座る事や、一方が居る時にもう一方がやってくる、という事ならよくある。黒翔は砂糖もミルクも入れずに、影凜はコーヒーとミルクを半々に、と注文するのが常だった。
「ちょっと聞きてぇことがあって。セリ、この手紙の意味分かるか?」
 “セリ”というのは、“七瀬莅黄”という彼の本名を省略した、黒翔が呼ぶあだ名である。カウンター席に肘を着きながら、黒翔はあの手紙を取り出した。丁寧に封筒に入れられた手紙を受け取りながら、この時になって初めて莅黄は、影凜が少々不機嫌であるという事に気付く。

「パーティの招待状…ではないんですか?」
「だとは思うんだけどよ、どこで何があんのかさっぱり分からねぇ」
「…『RabbitHome』で『ハロウィン』……確かに分からないですね。…あの、コレ、もしかして黒翔さんに届いたんですか?」
「あ?さぁ、小屋の扉に挟まってたんだよ。誰が誰に宛てたのかも分かんねぇ」
「……そうなんですか。だから……」
 合点がいき、莅黄は小さく溜息を溢した。手紙に興味を示している黒翔と、興味が無いどころか不機嫌である影凜。その原因は恐らくここだろう。招待状には、参加出来るのが一名までであると記されている。
 かちゃんと音を立てて、コーヒーカップを二人の前へと置く。「だからって何がだよ」と黒翔に追究されたが、正直に回答してしまえば恐らく影凜からの反論を受けるだろう。無難に「何でもないです」と言って莅黄はかわした。ややこしい事になる問題は、出来れば起こしたくはない。―――起こしたくはないのだが、なんとなくの直感が莅黄を悩ませていた。二人が揃って店にやってくる日は、高確率で“向こうの二人”も揃ってやってくる。正面の扉が開いた瞬間、あぁやっぱり、と莅黄は大きく溜息をついた。
「てーんちょ、元気―――……って、なんで居んの!」
「………また来やがった」
 迅夜の弾んだ声が途中から盛大に崩れ、チッと舌を鳴らした黒翔は嫌そうに悪態をつく。正面扉から入ってきたのは、もう一組の常連である迅夜と左翊。二人は、“盗賊を追う”という仕事を引き受けている何でも屋であり、一応、黒翔と影凜のコンビとは敵対している、ハズである。が、互いの仕事以外の接点であるこの喫茶店で鉢合わせる事は多く、その都度子供じみた言い争いを引き起こしているのだった。因みに“店長”とは、迅夜と左翊が呼ぶ莅黄のあだ名である。ちらりと影凜の様子を伺うと、彼はあからさまに不愉快な笑顔を浮かべていた。莅黄の溜息はもう一度吐かれる事となる。


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