パーティ準備編

Trick-Trap-Polka ―→ 03:kaleidoscopic

”美味しいお菓子”のうち作れるものは同僚のサトリが作っているが、ユイキの立てたプランでは大半は購入するしかない。
事情を知る者達が仕事の合間を縫って少しずつ買い集めた大量の菓子に、最後に何か少し買い足そうとユイキが菓子屋の棚を覗き込んでいると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「準備は順調?」
「…スガワラさん?こんな所で何してんですか」
自分以上に菓子屋が似合わない人物の出現に、ユイキは思わず怪訝な顔になった。
イチヤもまた”同業者”であるから、声をかけられること自体に疑問は無い。問題は嗜好だ。
「あぁ、外から見えたから。それ以外の用があるように見える?」
「全く見えません」
ユイキが率直な意見を返すと、イチヤは笑いながら店内をぐるりと見回した。
「こういう店に入るのも何年振りかな、懐かしい。買うものは決まった?」
「えぇ、まぁこんなもんかと」
買い物客用のバスケットには、既に幾つかの菓子が入っている。それを確認したイチヤが、あっさりとバスケットを奪った。
「ちょっ…」
「生憎と蜘蛛の糸には貢献出来てないからな。
 料理が出来る訳じゃないし、となると俺の場合はこれが唯一の参加方法」
蜘蛛の糸とは、改造水鉄砲で作る菓子の通称である。元々は単なる商品名だった筈のそれが、いつの間にか本来の菓子名よりも広く定着してしまったらしい。ユイキより10歳上のイチヤの世代でも、生まれた時から蜘蛛の糸は蜘蛛の糸だ。
勿論、一般に市販されている蜘蛛の糸は、改造水鉄砲とは全く別の作られ方をしている。
「そうだ、代わりと言っちゃあ何だけど、一つ頼まれてくれない?」
会計を進めながら、イチヤが片目を閉じた。購入した菓子は次々と蝋引き袋に詰められていく。
「何ですか?」
「前にエドが行った時、ソースを貰って来ただろう?小さな瓶に入った」
「えぇ」
「あれ美味かったから、もしまた分けてもらえるようならお願い出来るかな。
 現物が無理ならレシピでもいいんだけど」
正気ですか、と言いかけたユイキは慌てて唇に力を入れた。
ソウタが異世界のパーティーから持ち帰ったソースは、それはそれは壮絶な味だったのだ。極少量を舐めただけで全員の顔を歪ませる食べ物など滅多にあるものではない。辛いものが苦手なナギリなどは、匂いを嗅いだ瞬間に逃亡したほどである。
そういえばソースのその後は知らない、とふとユイキは思った。ソウタがルーブリケーターの事務所に持ち帰った筈だが、捨てたという話も、まだ残っているという話も聞かない。
となると、考え得る可能性は一つ。
「…分かりまし、た」
菓子入りの袋を差し出して微笑む目の前の怪物に答えながら、ユイキは悟られないように息を吐いた。




全ての準備を終えたユイキは、タワー内の喫煙室に居た。
はっきり言っていい思い出など皆無の場所なのだが、最も邪魔にならないのがこの部屋なので仕方が無い。衣装の構造上、あまり歩き回れないのである。目立つから歩き回りたくないとも言う。
ユイキの傍らに置かれた真っ黒い紙袋の中には、購入した駄菓子類が詰まっている。前回の会場に並んでいた菓子の説明から傾向を読んだ結果、最も少ないのが駄菓子類だったのだ。
”RabbitHome”への道が通ずるのは今日だろうという気だけはするのだが、時間や手段までは分からない。手持ち無沙汰になったユイキは、菓子や衣装の最終確認をしながら時を待った。室内に鏡は無いが、自分の目でもチェックは出来る。懐に小さな鏡を忍ばせてもいる。鏡を持って行け、と何故かソウタに念を押されていた。
どういう意図でそんなことを言ったのだろう、とユイキが懐に手を入れた直後だった。
異質な気配を感じて振り向いたユイキの目の前に、積み重なった三体のカボチャが居た。
顔の描かれた大きなカボチャの上に、一回り小さなカボチャ。その上に、三体の中で唯一顔の無い小さなカボチャ。それらが真っ直ぐにユイキを見つめている。
「お迎えですー」
「ですー」
「―」
「…あぁ?」
いくらユイキが呆けていたとはいえ、咄嗟の反応は決して適切ではなかったらしい。
ひいっ、と音を立てて三体のカボチャが一斉に退いた。表情の変化はないし、そもそも一番小さなカボチャに至っては何をもって表情と為すのか甚だ疑問だが、とにかくあからさまに怯えている。
「…悪ぃ。客人への対応じゃねーな」
流石に空気を読んで、目を逸らしたユイキがぼそりと呟いた。地の顔が友好的な作りではないという自覚くらいはある。
「で、お迎えって、オレはどーすりゃいいんですか?」
乗って行くのか、追って行くのか。眺めるユイキの前で、カボチャは重なったまま器用にぴょんぴょんと飛び跳ねて喫煙室の扉を示した。室外に出ろ、ということらしい。
ユイキが荷物を持って喫煙室の外に出ると、そこには更に大きなカボチャが二体、ででんと鎮座していた。恐らく本来は全てのカボチャが重なっているのだろうが、目測でも明らかに高さが足りないのが分かる。
一番大きな、単体で喫煙室に収まるかも怪しいカボチャが口を開いた。
「おら達がご案内しますだ!」
「ご招待っす!」
「そうですー」
「ですー」
「―」
どうやら身体の大きさと集団内の権力の大きさは比例しているようで、カボチャ達は大きいものから順に言葉を発した。三体のカボチャも下から順に喋っていた、とユイキは思う。
と、一番小さなカボチャが飛び降りてぴょいぴょいと跳ね、ユイキの懐をぽふぽふと叩いた。見ると、引っぱり出しかけて止めた鏡が落ちそうになっている。
礼を言う代わりにカボチャを軽く撫で、ついでなのでユイキは鏡を手に取って覗き込んだ。
「…っ、…なるほどな」
2秒ほど目を見開いて静止したユイキだったが、すぐにカボチャ達を手で制して頭を下げた。ジェスチャーを理解してくれたらしい五体のカボチャは、急かすでもなくその場でじっとしている。顔の無いカボチャは静かに定位置へ戻った。
ユイキは鏡を懐に押し込み、代わりに携帯端末を取りだして素早く操作する。通信要請はすぐに受け入れられた。
『もしもしユイちゃん?何?』
端末の受話口から、ソウタの能天気な声が流れた。ユイキは盛大に息を吐く。
「鏡の謎が解けました」
『あ、やっぱなったんだ。っつか、えーちょっと見たい、今どこに居』
「こーいうことは先に言っといてもらえません?」
相手の言葉を遮って厳しい口調で言うと、携帯端末の向こうでソウタがぐっと押し黙るのが分かった。
ユイキの見る世界の中では、どんな人間でも目の色が変わっている。生物学的な色とは違う何かが基本的に複数、目の中でくるくると回っているように見えるのがユイキの体質である。
ただし、普段は自分の目にその色を見ることは出来ない。鏡に映った自分の瞳に複数の色がある、という先程の光景は極めて異常なのだ。
ソウタはユイキの体質を知っており、自身も他人とは異なる世界を見る人間であり、何より前回のパーティー参加者である。
『…怒ってる?』
異変を予測していながらそれを伝えなかったソウタが、おずおずと問う。音声のみの通信なので、ユイキの口元が緩んでいるのもソウタには分からない。
携帯端末を耳にあてたまま、ユイキは空いた手でカボチャ達にOKの合図を出した。
「えぇ、そりゃあもう無茶苦茶。なので」
一番大きなカボチャが、口を大きくがばりと開けた。空洞かと思われた内部は、柔らかな金色の光に満ちている。
四体のカボチャが、軽やかに跳ね踊る。
しっかりと紙袋の持ち手を掴んだユイキは、
「思いっ切り憂さ晴らしさせてもらいますよ」
相手の返事を待たず通信を切り、カボチャの口へと飛び込んだ。




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