パーティ準備編

セシルの場合

 秋も深まる魔天の月のある日、セシルは友人である闇の精霊・シェイドから1枚の封筒を渡されて
怪訝な顔をした。
 宛名には、きっちりセシルの名前と・・・シェイドが作り上げた異空間というこの居住区の座標が書かれていた。
しかも名前の横に、出す前に消したのか・・・うっすらと自分の本名と呼ぶべき名称の筆跡が残っている。
 相手はつい最近判明した自分の素性まで知っているのに、差出人の名前がないとはどういう事だろう―

「シェイド、何だこれは」

 この手紙に書いてある事の意味は。この手紙は誰からのものなのか。
 そしてその差出人とは何者なのか。

『さぁな、正直な所俺もよく判らん・・・使い魔のコウモリがお前にと運んで来たんだ』

 “詳しくはソイツに聞け”、とシェイドが親指で自分の横を指差す。

「聞けって、相手がお前以外に誰がいると・・・」

 シェイドのどこか受け流す様な言葉に眉間の皺を1本増やし、セシルがふいっと視線を逸らして
首を横に向ければ・・

 コキッ!

「・・・・ッ!!」

 首から非常にいい音がした。

『だいじょーぶ〜?』

 そこで左手で患部を擦りながらしゃがみ込もうとして、右側から聞こえて来た
小さな羽音とトーンの高い声に気付く。

 シェイドからこんな声を聞いた事はない。というか、あのルックスでこんな声を出せたら
正直言って気持ち悪い。

 痛む首に無理をさせない様、ゆっくりと右側に向き直ると・・・・

『はじめましてー♪』

 カボチャが飛んでいる。即座にセシルはそう思った。
 橙のかったカボチャに目や口を表す様な穴が開けられていて、その本体から
黒く小さな羽が生えている―

 その姿を正面から確認した直後、セシルはその謎の生き物の体を挟む様な形で
両掌をぶつけて動きを固定し、きーきーと抗議するソレを横目にシェイドに向き直った。

「コレは何だ」

 手紙が届いてから同じ疑問の3回目を口にする。

『お前が手紙の封を切った時からいた』

 案外気付くのが遅かった。

『ボク、ジャックっていうの!あのねセシル、この手紙よんで』

 口を半開きにして固まった彼の手から逃れ、“ジャック”はその空っぽの口にカードと一緒に
封筒に入っていたもう1枚の方の手紙を銜えてセシルに示す。

ハロウィンパーティ開催のお知らせ

お元気でいらっしゃいますか?
来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。
美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心
上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も、初めての皆様も
どうぞお誘い併せの上お集まりくださいませ。
合言葉は「Trick or Treat!!


 こんな文章から始まる詳細説明の内容を目で追っていたが、
やがてセシルは呆れた様に溜息を吐いた。

「・・・・・興味ないんだが・・」

 自分はこの手紙を読むまでハロウィンの何たるかもさっぱり知らなかった。
第一・・・自分は多くの人と接するのがあまり好きな方ではないのだ。

『るーくがボクに説明させたらワケわからなくなるかもって、せっかく手紙書いてくれたのに・・』

 ジャックと名乗るカボチャの羽ばたきが弱々しくなり、しゅんと沈んだ様に自分の頭上に落ち着く。
突然の重みにセシルは顔をしかめた。
 だが・・・

『ラッドはよろこんでくれたのに・・・・・』

 その言葉にふ、と反応する。

「お前、アイツを知ってるのか?」
『まぶだち!』

 手があればGJ、と親指を立てていそうな弾んだ返事が返ってきた。

『ラッドは“るーく”とも仲良いからね、今回もラッドにお手紙出すと思ってたの』
「・・・・・・ラッド、ねぇ・・」

 まぁ元が元だからというべきか、セシルはラッドと非常に魔力の性質が似通っている。
そのため、正直に言うと手紙を送る対象をラッドと間違えたのではないか、とジャックは思ったらしい。

『でも、セシルにもぜひ来てほしーな。楽しいしお菓子も出るし、きっと疲れ吹っ飛んじゃうの』
「・・・・・・・」

 お菓子、という言葉で僅かに胸が高鳴る自分の好みはどうにかならないモノだろうかと
セシルは甘党の自分を恨めしく思ったが・・・確かに最近は色々とありすぎて、少し気持ちに
整理を付けたいと考えてもいた。

『・・・・行ってこい、セシル・・・別世界の友人1人2人位、作っておけ』

 シェイドの短い言葉に顔を上げると、彼も頷いていた。
何か反論しようとするが、更に言い募られる。

『息抜きは出来る時にしておけ』


 それは忠告であり、軽い命令にも似た響きを持って響く。

「・・・・・・」

 でも、確かにそうなのかも知れない。
 このパーティーで逢う相手は自分の事を欠片も知らない初対面ばかり。
 だがその分、ただの影でしかないと思っている自分の存在を否定されたりする事もない―

 1人でも多く、自分自身そのものを見てくれる相手を見つけてこいとシェイドは言っているのだ。

「―了解」

 セシルはしばらく黙った後、期待を込めた目で見つめて来るジャックとシェイドを見比べてから
もう一度招待状のカードに視線を落としていた。


 その時のセシルの顔は俯いていたから、誰にも見られる事はなかったのだ。

 小さな期待に、不安げながらも僅かに微笑んでいた顔は。




See you later!

出会えたから 友達になりたい