パーティ準備編

Magic of the Moon 02

「仮装ねぇ」
 ふんふんと頷きながらカードと手紙を眺めた真鈴は、愉しそうにそう呟く。見せて見せてと手を伸ばす烈斗にカードを渡して、そうして目の前へと向き直る。うーんと唸る光麗の隣には、嫌そうな顔で立ちすくむ遊龍の姿。
「てかなんで居るの」
「あら、居たら悪いかしら」
「そーじゃなくてー…」
 仮にも敵対してる組織の人たちなんだけど…。そう思った遊龍だったが、折角のハロウィン。何が起きても可笑しくないと思う事にしておいた。とりあえず。
「仮装って何すればいいのかなぁ」
 ある意味呑気とも言える光麗は、この場に誰が居ようと気にしていないらしい。同じ話題に対して気に掛けていると気付いた真鈴へと、仮装の相談を持ちかける。“仮装”とは何をする事なのかは分かる。分かるが、なら何をすればいいのかは思い付かないのだった。
「確かハロウィンって、魔女とかお化けとか、そういった類の仮装をするんだったわよね。だったらそういうのでいいんじゃないかしら」
 お化け?と首を傾げながら問い掛ける光麗に、真鈴は例えばの話よ、と笑ってみせる。遊龍たち4人よりかは、真鈴の方がハロウィンについて詳しいらしい。手紙が届いて睨めっこしていた日の翌朝、突然現れた彼女たちには驚かされたものの、どうやらまともに相談に乗ってくれてるらしい。これもハロウィンの奇跡ってヤツ?なんて考えながら遊龍は彼らから視線を逸らす。そして映るのはまた別の光景。
「はろうぃん…?」
「うん、ハロウィン」
「仮装してお菓子を食べるだけの祭り?」
「そう、らしけど……。よくは知らない」
 自分たちも知らなかったのだから突っ込む事も出来ないが、相変わらずの無知っぷりを発揮している峻は、流黄からの解説を受けている。彼の頭上に浮かぶ疑問符の数が減っているようには見えなかったが。ていうか何でコイツらもいるの。遊龍は溜め息を1つつく。
 今この場にいるのは6人。涼潤と竜神は、真鈴たちがやってくる直前に『お菓子の調達に行ってくるから』と言ってどこかへ行ってしまっていた。もしかすると彼らが来る事を察していたのかもしれない。2人の姿が見えなくなって間もなく、真鈴や烈斗たちがやってきたのだ。有無を言わさず―――というか返事をする前に行ってしまったのだが、彼らは“お菓子担当”を選び取っていた。こうして仮装担当がこの場に残る事となる。
「じゃあさ!光、お化けやってみたい!」
 突然後方から大きな声が響いて、遊龍は振り返る。仮装の相談は未だ続いていたようで。一体どんな話をしていたのか、方向は“お化け”となっているようである。
「お化けって言ってもねぇ。色んな種類あるわよ?何がしたいの?」
「うーんと…」
「ね、羽とか付けてみたら仮装っぽいんじゃない?」
 割り込んだ甲高い声は烈斗のもの。性格の根本的な所は光麗と似ているであろう彼の目は、非常にキラキラとしている。最初に手紙の事を説明した時、行きたい行きたいと大騒ぎされたのには困ったものだった。宥めるのに時間を要し、そしてまだ隙を見ては行きたいと叫ぶのだった。今は大分落ち着いた方である。
「羽?」 
「うんっ、ほら、悪魔みたいなのとかさ!格好いいよ!」
「えぇぇ、でも光、木のお化けがやってみたい」
「「「木?!」」」
 思わず遊龍も一緒になって叫ぶ。え?と光麗は首を傾げるが、いやいやいやと遊龍はその行動を否定する。真鈴もキョトンと彼女を見つめ、流石の烈斗も大人しくなった。
「木って、この木?!」
 辺りに立ち込めている木々を指差し遊龍は問う。聞き間違いである事を信じて問い掛けたのに、光麗はにこやかに「うん!」と答え。遊龍はえー…、と返す言葉も失った。
「ホントはね、風さんがいいんだけど、風さんをやるのって難しいと思うから。だから木がいいなって」
「ま、まあ風になるのは無理ね。でもだからって………木って」
 彼女の発想力に脱帽。というか呆れる。
「あ、でもね、やっぱり魔女もやってみたいなぁって思ってるんだ」
 にこにことそう言って。まあ、彼女がこんなだから仮装をどうするかだなんてなかなか決まらないでいるんだが。指折り数えている彼女の様子からすると、やりたい格好は他にもまだ沢山あるようだった。真鈴は肩を竦めて小さく笑うと、そんな彼女に提案をした。
「だったらいっそ、全部混ぜちゃえばいいじゃない」
「混ぜる?」
「そう。羽付けて、緑の格好して、魔女の帽子被って」
「そっかぁ!それいいね!」
「いいのか?!」
 遊龍は目を剥いたが彼の様子を気に留める事もなく。2人は烈斗も含めて話をどんどんと進めていってしまった。もう知らねー、と遊龍は話し合いから離脱する。あの3人は多分、放っといたら変な方向へといってしまいそうな気はしたが。それもまた、ハロウィンって事にしてしまえば大丈夫だろうか。


「それで?そんな格好をしちゃったワケ」
「しちゃったわけ」
 明らかに苦笑いを浮かべている涼潤に、遊龍は疲れた目で頷いた。
 夕暮れ時に戻ってきた涼潤と竜神は、既に仮装の出来上がっていた光麗を見て、まさに開いた口が塞がらない状態だった。ぽかんと立ちすくむ彼らの様子に、「すごいでしょ!」と3人は胸を張った。遊龍はその横で少し視線を逸らし、呆れたようにあははと乾いた笑みを浮かべていた。
「ま、別にとやかく言うつもりはないんだけどさ」
 溜め息を1つ零した涼潤は、手に持っていた荷物をトンと地面に置く。それに合わせて竜神も荷物を置く。おそらく普段用の生活用品も含まれているのだろうが、それにしても量が多くないだろうか。遊龍がそこに口を挟む前に、涼潤は続けた。
「見事なまでに統一感がないのね」
 せめてどれかに絞りなさいよ、と付け足したが、光麗も真鈴も聞く耳は持っていないようで。沢山やった方が面白いよ!とまで言い出す始末、結局仮装を変更する気はないようだった。

「竜くん、これ何が入ってるの?」
 光麗は竜神の持っていた大きな袋に近付くと、そう問い掛ける。明らかに涼潤の荷物よりも大きいそれは、沢山の物が入っているというより大きな物が入っているという風だった。
「お菓子。持って行く用の」
 竜神はそう言うと、がさりと袋の口をほどく。覗き込んだ光麗は、パッと顔を輝かせた。
「すごーい!これどうしたの?」
「ルオの店に行ってきた。そしたらちょうど売ってたから。沢山人が集まるなら沢山あった方が良いと思って」
 袋に手を突っ込んでははしゃぎ、ありがとー!と叫び。竜神は黙ったままその様子を眺めていたが、それは決して不快を感じているからではないようだった。言葉もぶっきらぼうだが、光麗から離れようとはしていなかった。2人のやり取りを尻目に、涼潤は遊龍の耳元で囁く。
「あれ、竜が自分で欲しいって言って選んだんだよ」
「マジで?!」
 小声で話す涼潤に倣い、遊龍も小声で驚く。幸い彼は光麗との話に夢中(?)でこちらの会話には気付いていない。気付かれたらまた嫌味連発なんだろなーと思いつつ、肩を竦めた。袋の中身はこの位置からは見えなかったが、光麗のはしゃぎようと袋の大きさからすると相当の量が入っているのだろう。竜神からは全くお菓子というものが連想できず、てっきり品を選んだのは涼潤だと思っていたので、意外な彼の行動に目が点となっていた。そうこうする内に、光麗はガサリと袋の中身を取り出した。その取り出した物と、彼女の行動とに目が釘付けになる。
「これ被りたい!」
「ΣΣΣ」
 その場にいた全員が一斉に光麗を見た。しかし彼女は気にせず、手にした物を持ち上げた。オレンジ色の丸っこい形で、2つの穴がくり抜かれた物。多分それは大きなカボチャの形をした容器、の蓋。袋の中は見えなかったのだが、おそらくカボチャ形の容器にお菓子が詰まっていたのだろう。そしてその蓋だけを、光麗は持ち上げたのだろう。
「いや、それ被る用のじゃ」
「え、でもほら、被れるよ?」
 竜神の言葉を遮り、光麗は既に被っていたとんがり帽子を外すと、オレンジ色の蓋を頭に乗せた。止めとけ、と言おうとした遊龍だったが、あまりにもサイズがぴったりすぎる状態と、楽しそうに「どーぉ?」と訊ねてくる光麗の様子を見て、言葉を止めた。うーんと唸り、振り返る。
「どうするよ」
「どうするも何も…。本人がアレじゃあね」
「似合ってない事もないんじゃない?」
「オレっちもやりたいー!」
 否定意見、無し。
 竜神はふぅと溜め息を零すと、がさがさと袋の中を漁り始めた。そしてオレンジの丸っこい―――おそらく先程のカボチャの下半分だろう、それだけを袋の中でひっくり返した。ザザザッと沢山のものが落ちる音がする。全部落ちきるとそれを取り出し、袋の方を光麗に渡した。中でガサッと、音がした。
「これ、お菓子。全部持って行っていいから」
 手渡された袋を受け取ると、光麗は満面の笑みで有り難う!と礼を述べた。




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