パーティ準備編

Trick-Trap-Polka ―→ 02:convertible

手紙の正体を思い出したイツキのおかげで、疑問や混乱は最小限で済んだ。以前同様の手紙が届いた際に収集したデータをまとめてタワーに保管してあったのだ。
その場で同僚に連絡を取ったユイキがポーディエ(タワーのコントロールルーム)へ戻った頃には、必要なデータは全て確認可能な状態になっていた。
「相変わらず仕事が早いな、パネルマスターさん」
「俺はそんな役職に就いた覚えねぇっつぅの」
起床時間の関係でスコアパネルを扱うことの多いカイが、ユイキの言葉に口を尖らせる。それをからかうように目で笑って、ユイキは復習を始めた。
送り主の使っている暦は、カムで使われている暦とは異なる。前回はそれが原因で暗号騒ぎになったのだが、データのある今回は難なく日付を置換出来た。”Sep.”や”Oct.”の意味も、前回パーティーに招待されたソウタが送り主に直接教わっている。つまり10月20日が”9月30日”、11月23日が”10月31日”。
”ハロウィン”とは、カムにおけるカンデラという行事を少々派手にしたものであるらしい。カンデラでは、お菓子の遣り取りに合言葉が要る訳でも仮装をする訳でもない。シンボルも無ければ象徴的な色も無い。行われる日付も、”ハロウィン”の方がカンデラより少し早い。
「で、今回はユイキさんが行くの?」
「みてーだな…」
ナギリの問いに、ユイキが複雑な表情で応じる。目の前で三人もの人間が開封に失敗したのだ。信じ易い性質ではないユイキでも、自分に反応して封筒が開いたと判断するしかない。招待を全身全霊で拒絶する気も無い。
それでも本音を言ってしまえば、ユイキには相当の迷いがある。人付き合い云々を抜きにした、”ハロウィン”という行事特有の重大な問題が一つ。
「何でオレなんだか」
「エドさんの時だって理由は分からなかったじゃん、結局」
「いや、そーいうことじゃなくて…フジイやニワタリさんの方が心から楽しめるだろ」
「あ、そっか。こってりしたもの苦手だもんね」
甘味好きの同僚の名が挙がると、ナギリはこくこくと頷いて納得の意を示した。
決して甘いものが苦手な訳ではないが、甘すぎるものは身体が受け付けない。チョコレート含有量の高いケーキや生クリームのコクとやらに拘った生菓子類も、一人前が食べ切れない。生来、菓子に限らず量の食べられないユイキである。
前回参加者のソウタ曰く、パーティーに並ぶ菓子類は量も種類も「意味分かんない」。飲食に関する身体能力がフードファイターと真逆の位置にある者としては、まず不安を抱いて然るべきだ。
「…オレの代わりに新しいコンダクターが増えるかもな」
「縁起でもねぇこと言うな馬鹿」
「パーティーでしょ、ミイラ取りじゃあるまいし」
参加を前提とした呟きには、即座に二方向から突っ込みが飛んだ。




”美味しいお菓子”の準備は、思う所あってユイキがプランを立てた。”楽しい夢”はパーティに参加すればいくらでも湧いてくる、とは経験者の弁である。
そして”無邪気な悪戯心”は、ユイキの知らぬ間に完成していたようだった。
「ユイキちゃん、ちょっといらっしゃい」
ある日の就寝前、ユイキはコスモスの部屋に居た。
同じコンダクターとして働くようになってから随分経つが、そういえばコスモスの部屋に入るのはこれが二度目だ、とぼんやり思う。厳密に言うと、ちゃんと中に入るのはこれが初めてだ。
椅子に腰掛けるユイキの前、玩具を含む一式をベッドに並べた後で、コスモスは白い布をばさりと広げた。
「衣装はこれでどう?」
「…はい?」
一瞬、ユイキの思考が完全に止まった。
が、寝耳に水とはこのことか、などと呑気に慣用句を学習している場合ではない。
「えーと…どこから突っ込みゃいいんですか?」
「あははっ、そうねぇ、じゃあ思い付く所から言ってごらんなさい」
コスモスの顔からは笑みが離れようとしない。
混乱の中、取り敢えずユイキは布を指した。
「これは何ですか?」
「仮装に使う衣装よ。”DRESS:Halloween”でしょ?」
白い布のように見えた物体は、改めて見ると確かに服と呼べる形に仕上がっていた。違う色の裏地といい柄といい、第一印象以上に丁寧な作りらしい。
観察を終えると、続いてベッドを指す。
「じゃあこれは?」
「これも衣装の一部。お菓子でもあるわね」
ユイキは、今度は首を捻った。
菓子と言われても、先程の布と違って玩具は玩具にしか見えない。発売当初、変わった構造をしていると話題になった水鉄砲。タンクではなく弾丸型のカートリッジに水を入れておき、それを装填して使うのだ。
「大改造したのよ、ミサトやソウタを中心にね。
 本当、あの子達って器用よねぇ…あ、ちなみにサラの案らしいけど」
コスモスは水鉄砲を手に取り、簡単な説明を織り交ぜつつ使い方を実演してみせた。
水鉄砲としての機構を活かした菓子を凝視していたユイキの口から、やがて感嘆とも呆れともつかない息が漏れた。
「器用っつーか…何者ですかあの人達」
「あらぁ、今更じゃない?」
「ま、そーですけど」
ユイキは水鉄砲を受け取り、両手の中で転がしながら観察した。見た目には改造の痕跡が全く見当たらないのだから、彼等が犯罪者側ではなくて良かったと心から思う。
「ねぇ、ちょっと着てみせて」
観察の終了を待たない弾んだ声の依頼に、ユイキは首を僅かに傾けた。
「楽しそうですね」
「そりゃあ楽しいわよぉ、私にも人並みにやってみたいことくらいあるんだから」
「…っつーことは、服作ったのはコスモスさんですか」
「ふふっ、ユイキちゃんのそういう所、偶にちょっと怖いわぁ」
コスモスの微笑がユイキをじっと見つめている。期待や不安の入り乱れた、楽以外の感情が分かり難いコスモスには珍しい視線。
「どーもありがとうございます、…」
ユイキが笑みの浮かんだ無声の口元を普段は決して使わない呼び方で動かすと、途端にコスモスの笑い声が弾けた。




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