パーティ準備編

Magic of the Moon 03

「ところで、その“RabbitHome”にはどうやって行くの?」
 不意に問い掛けた真鈴の言葉に、その場の全員の視線は彼女に集中した。そう言えば誰も考えていなかった重要な部分に気付き、一瞬シンとした空気が流れた。
「どうやって行くの?」
「私が聞いてるんだけど」
 真剣な面持ちで問い掛けてきた光麗に、冷静に真鈴は返した。とんがり帽子を外した事によって魔女要素の無くなってしまった光麗だったが、あまり気にしてはいないらしい。カードを引っ張り出してきて眺めては、ああでもない、こうでもないと、行き方について思案していた。
 その場にいる誰もが答えを出せずにいた時、突然別の気配がふっと現れる。

「魔法の呪文でも唱えてみたら?」

 いきなり降ってきたように現れた閑祈は、晴れ晴れとした顔でそう言い放った。案の定視線はあっという間に彼に集中する。あまりにもにこやかな顔をしている物だから、胡散臭い事この上ない。というか彼の存在自体が胡散臭いのだから仕方がない。けれど今そこに関して突っ込みを入れてしまえば話は進まないのでとりあえず放っておく事にする。
「魔法の呪文?」
「そう。だって、不思議な事が怒るお祭りなんでしょ?何があっても可笑しくないんだよ、きっと」
 真っ直ぐに言葉を受け止めて、光麗は問い返す。閑祈はニコニコと光麗に向き直るとそう言い、そして右手で空を切り、何もない空間から棒のような物を出現させた。歪な形の木の棒に、キラキラと光る石が付いている。まるで手品のようなその光景は、彼が魔術師だからこそ起こせるもの。取り出したそれを光麗に手渡すと、彼はにっこりと笑った。
「折角仮装するなら、魔法使いもやればいいよ」
 手渡された棒、これは杖と言った方が正しいのかもしれない。光麗は受け取った杖を握り締めると、わぁと歓喜の声を上げる。外してしまった魔女要素は、別の形になって戻ってきた。本物の魔術師の手によって。
「あんたソレ、妙なもんじゃないでしょうね」
 涼潤は明らかに怪しい杖を見て閑祈を問い詰める。けれど当の本人は飄々とした物。
「そんな事ないよ。第一、僕が杖を使っているのを見た事ある?“杖は魔術師の必需品”ってワケじゃない。ただの棒だよ、それは」
「イマイチ信用ならないんだけど」
 不信の目で涼潤は閑祈を睨み付けるのだが、彼はヒラヒラと手を振り「そんな事無いよ」と受け流す。閑祈が人の話に対して滅多に真面目な返事をしないなんて、とっくに知っている事柄なのだった。
 彼らの後方では、さっそく新しく手に入れたアイテムを振り回す光麗の姿。わーい、と声を上げては烈斗と一緒になって走り回っている。今から没収するのは、少し可哀想か。そう判断して、涼潤は諦めて肩を竦めて笑った。


「なー、光」
 走り回る光麗を、遊龍はそっと呼び止めた。ん?と振り返る彼女を手招きし、小声で話し掛ける。
「あのさ、………帰ってきたら、どんな所だったかちゃんと教えろよ?」
 誰にも聞こえないように、こそっとそう言った。「出来るなら、一緒に行きたいんだけど」、これは口にはしていないが。
 未知の世界にはすごく興味がある。けれど行けるのは1名。役は譲るが、それでも。
 教えろよ、と言ってから黙り込んでしまった遊龍の事をパチクリとした表情で覗き込み。小声で話す様子が可笑しくてか、彼の心境に気付いてしまった為か。光麗は思わず笑い出してしまっていて。途端にむッ、とする遊龍に向かって、手を差し出した。
「ねえ遊。鉢巻き貸して?」
「は?」
「いいから、貸して」
 手をぐいと出して、強く催促する。その行動の意味が理解できないまま、疑問符を浮かべた遊龍は言われた通りに、額に巻いていた鉢巻きを外す。そしてそれを光麗の手に預けると、彼女は嬉しそうにギュッと握り締めた。
「これで遊も一緒に行けるよ」
 にっこりとそう言った光麗に面食らって。しばらくの間言葉は発せなかったのだが。
 少しの間を要したが、彼女が言わんとする事がなんとなく伝わった。もしかしたら彼女には、遊龍=鉢巻き、なんていう方程式が出来上がっているのだろうか。そんな妙な発想に遊龍は小さく吹き出すと、コツンと光麗の頭に拳を乗せた。えへへ、と笑う光麗がVサインを示す。
「そっか。じゃ、よろしくな」
 折角だから、彼女の妙なその提案に乗ってみる事にした。
「うん。お預かりしまーす」
 白の鉢巻きがほんのり光った気がしたのは、気のせいか、歓迎か。


 陽が沈んだ。
 残光は消え、辺りは暗くなり。そして空に浮かぶはまん丸の月。
 神秘的だし、幻想的だし、そしてどこかに非現実的な色を見せる月を見上げて、光麗は黙り込んでいた。
「呪文って言っても、どんな呪文かは分からないよ。第一、僕は呪文を使う魔術は使っていないからね」
 どこか威張っている風な閑祈に冷たい視線をぶつけて、涼潤は顔を背けた。
「役立たず」
 見上げていれば呪文が現れる、なんて思っているのだろうか。月が現れてから光麗はずっと頭上に視線を向けたままだった。柔らかい月の光が、光麗の持つ杖の石に反射してキラリと光る。
 ふと彼女に歩みを向けたのは、峻だった。その手には、あの招待状の手紙。
「これじゃないのか?」
 話しかけられ視線を降ろした光麗は、彼が指差す部分に目を向ける。
 “合言葉は「Trick or Treat!!」”
 文面に並んだ言葉は、その1行。そしてその1行を見て、光麗はそれだ!と声を上げた。と同時に周囲からは「いや、ないだろ」と声が上がる。やってみなきゃ分からないよ、と抗議し、光麗は峻から手紙を受け取るとその文字を凝視した。
 手紙と、お菓子入りの袋を左手に、杖を右手に。
 一体どこでそんな動作を覚えたのか、くるりと杖を一回転されると、光麗はにこやかに声を張り上げた。



「Trick or Treat!!」




 まさかとは思ったけど。
 急に手紙がオレンジ色に輝きだして。
 オレンジ色の仄かな光が光麗の事を包みだして。
 そして気が付いたら、彼女の姿はどこにもなかった。

 ひらりと落ちた手紙が一際大きくオレンジ色に光ると、その後はシンと元の手紙へと戻っていた。辺りに静寂が落ち、一同は言葉を発する事を忘れる。



「えー…っと」
 大分間を空けて。こんがらがった頭を整理させつつ、涼潤はくるりと閑祈へと向き直る。
「あんた、何かした?」
「失礼な。僕は何もしてないよ」


 風がくるりと回った。向かう先はどこなのか。


「やっぱり、不思議な事が起きる夜なんだよ」

 閑祈はそう言って、笑ってオレンジの月を見上げた。





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