パーティ準備編

Magic of the Moon 01

秋風が静かに流れている。暑さが和らいで、虫たちの声が響いて。
 夕暮れの、夕陽の時間。オレンジに照らされた静かな時間に、薄い雲がゆったりと流れていく。もうしばらくしたら、陽は沈み、夜闇の時間。


 ふわりふわりと。
 風に乗ってやってきた木の葉たちの中に、見覚えのないものを見つけた光麗は首を傾げた。オレンジの空に映える黒い封筒。ひらひらと舞い降りてきたそれを、光麗は地面に落ちる前に手に取った。森に住む光麗の元へ手紙を運ぶのも、物資を運ぶのも、風の役割。しかし今回の手紙はどこからやってきたのか、風にも差出人が分からないようで。まるで覗き込むかのように、風がくるりと回った。と同時に、ふっと影が差す。
「なんだそれ?」
 声が掛かり光麗が顔を上げると、目の前には遊龍が居て。やはり光麗の手元、見覚えのない封筒を覗き込んでいた。
「分かんない。なんかね、風さんが運んできてくれたんだけど…」
 首を傾げながら光麗は答える。しかしその先に続く言葉となる問いの答えは持っておらず、言葉は途切れる。と、そこで彼女はまだこの封筒の封を切っていない事に気が付いた。何度ひっくり返して眺めてみても、差出人も宛名も書かれてはいない。しかし、風が真っ直ぐ自分の元へと運んできたもの。自分宛である事は明白だった。それよりも。何故だか手紙に呼ばれているような気がして。“早く開けて”という声が聞こえる気がして。光麗はそっと手紙の封を切った。


「………うーんと」
 理解力というものが極めて乏しい光麗には、どうやら1回読んだだけでは内容が把握できなかったらしい。ひとしきり唸った後に、遊龍にカードを手渡す。手渡された遊龍はくるくると表を読んだり裏を見たりと、まるで観察でもしているかのように隅々まで見渡して。そして疑問符が充満する中で、首を傾げながらぽつりと。
「要するに、招待状だろ?」
「何の?」
「いや、だからパーティーか何かの」
 パーティという文字を指差して遊龍は言うのだが、彼にもそう自信はないようだった。多分、と微かに付け加えてカードを光麗に返した。2人して、こういった“カード”を貰うのは初めてだったのだ。結局2人揃ってうーんと唸り座り込み、2人の間に置かれたカードと睨めっこする事となった。黒とオレンジに彩られたカードには、愉快さを感じる。しかし内容が理解できていないこの状態では素直に楽しめない。まるでウサギのような絵柄が、より一層疑問の念を強めた。


「何やってんのかと思えば………。何してるの?」
 しばらくの間カードと睨めっこしていた2人に、頭上から別の声が降ってくる。顔を上げると、食料収集に出ていた涼潤と竜神が戻ってきたところだったようで。不思議そうに光麗の手元を眺めていた涼潤と目が合う。木の実の入った麻袋を降ろした竜神も、興味深そうにこちらを眺めていた。正直なところ、助かった、というのが遊龍の心境だった。自分たち2人だけではこのカードの意味など分からなかっただろう。
 既に陽は沈み、残光が微かに届いている程度。カードと睨めっこを続けていた所為で気付かなかったが、すっかり暗くなっている森の中ではカードの文面はもう読めなくなっていた。慌てて薪を拾い明かりを灯す。
「ねえ涼ちゃん、この意味分かる?招待状らしいんだけど………」
 光麗がカードを手に取り、そして涼潤へと渡す。遊龍の持つ炎がゆらゆらと揺れ、不思議なカードは一層その色合いを深めた。
「招待状…?」
 そう呟きながら、涼潤は受け取ったカードの文面を目で追う。パッと目を引く色取り取りの文字列と、奇妙なウサギのようなマーク。初めは怪訝な顔をしていた涼潤だったが、文面の内容を理解していくと次第にその表情は和らぐ。その間に遊龍は立ち上がり、散らばっていた薪を集め焚き火を作っていた。寒さが無くとも猛獣がいなくても、暗くなったら焚き火。それが森に住む彼らの日課の1つとなっていた。
 涼潤の視線がカードの一番下まで流れたところで、彼女はさも愉快そうに笑みをその顔に浮かべていた。
「どういうパーティなの?」
 様子に気付いた光麗が不思議そうに訊ねると、ウィンクでもしそうな勢いで涼潤はにこやかに言った。
「ハロウィンパーティのお知らせ、って所かしらね」
「ハロウィン?」
 光麗は思わず立ち上がり、目を輝かせる。彼女の言葉はどこか弾んでいて。しかし問い返すところをみると、おそらく“ハロウィン”の事は知らない。初めて聞く言葉だからこそ、興味津々なのだろう。聞き返された涼潤は、分かりやすく且つ説明のし易い言葉を探している最中のようで。右手を顎に当て思案したあとに、光麗が頷くのを確認しながら簡単な説明を始めた。
「ものすごく端的に言ってしまえば、いつもとは違う日常を楽しもうっていったお祭りかな。ちゃんとした意味はあるんだろうけど、“パーティ”ってあるくらいだから本来の意味は深く考えなくても良いと思う」
「へぇ〜」
 理解したのかしていないのか、曖昧に光麗は頷く。それでも誰の目から見ても彼女の目はキラキラとしていて。再びカードに視線を落とし、空を見上げ、またカードを眺め。忙しない彼女の様子に、涼潤は楽しそうに笑った。
「いつもとは違う日常って?」
 ふと遊龍が口を挟む。どうにもピンと来ないのは竜神も同じようで、2人して涼潤に視線を合わせたままだった。
「うーん、“ハロウィン”っていうお祭りがあるのは知ってるんだけど、そんなに詳しくは―――…あ」
 中途半端に途切れる涼潤の言葉に首を傾げ、そして彼女の視線を追うと、同じく口が「あ」の形で止まった光麗がいて。その手には先程のカードと、そのカードが入っていた封筒。遊龍が視線を向けたのは、ちょうどカードを取り出した封筒からはらりと、1枚の手紙が滑り落ちてくる所だった。
「手紙あんじゃん!」
 絶妙なタイミングで入れられた遊龍の突っ込みには、微かな笑いだけが返された。
「こっちにも書いてあったんだぁ」
 まるで世紀の大発見でもしたかのように―――彼女にとってはまさに大発見だったのだろうが、そんな声を上げ、光麗はしゃがみ込むと嬉々としてその手紙を手に取りゆっくりと朗読する。

ハロウィンパーティ開催のお知らせ

お元気でいらっしゃいますか?
来る10月31日
我がRabbitHomeにて 恒例の「ハロウィン仮装パーティ」を開催致します。

美味しいお菓子と 楽しい夢と
そして 無邪気な悪戯心

上記をご持参の上、RabbitHomeまで足を運んで下されば、
当方一同が心より歓迎致します。
常連の皆様も、初めての皆様も
どうぞお誘い併せの上お集まりくださいませ。

合言葉は「Trick or Treat!!
「仮装パーティ?」
 新しく出てきた別の単語に、光麗は首を傾げつつも胸を躍らせる。はっきりとした意味は分かっていないようだが、ぼんやりとした意味なら過去に得ている知識で理解できる。つまり、仮装の意味は分かるという事だ。
「あぁ、そっか」
 軽くポンと手を打つと、涼潤は思い出したように言葉を紡ぐ。
「ハロウィンってね、参加者みんなで仮装して、お菓子を配ったり貰ったり。あと、ちょっとくらいの悪戯じゃ怒られないらしいとか、そういったお祭りだって聞いた事がある。この辺りじゃあまり知られてはいないから、他の大陸のお祭りなのかもしれないけれど」
 悪戯って…、と呟く遊龍の言葉は誰にも拾われない。そして案の定、光麗の表情は更に活き活きとしたものへと変わる。お菓子も悪戯も、彼女にとっては大好物だ。涼潤も竜神も、呆れたように、けれどどこか楽しそうにその光景を眺めていた。

「ねえ、これ、光が行ってきていい?」
 少しの間を空けた後。光麗の声のトーンは僅かに下がり、さっきまでの瞳を煌めかせた表情は陰に隠れていた。不安げに首を傾げ、手紙に視線を落とす。カードを握り締めた彼女は、一度俯いた顔をまた上げると3人の表情を窺う。行きたい、けれど行けるのは1人まで。
 光麗が顔を上げて、そして見たのは。思ったより時間が掛かったな、とでも言いたげに小さく笑う遊龍で。同じように、涼潤も肩を竦めて笑う。竜神は振り返りはしなかったが、小さく息をついているのは分かった。要するに、光麗から発せられるであろう言葉は既に予想済みだったわけで。
「すごく行きたいんでしょ?だったら、行ってきなさいよ」
 ふっと笑うと、涼潤はそう言った。同時に光麗の表情は、再びパァッと明るくなる。
「その手紙、まっすぐ光のとこに来たんだし、お前が行きたがるの分かってたんだろ」
 遊龍も、ニッと笑って彼女の背を押す。あんなに行きたそうにしている彼女に行くな、と言える者も言う理由もどこにもない。強いて言うなら自分も行きたかった、ただそれくらいだろうか。だがそれを口にする理由もない。風が―――この場合は“RabbitHome”か、彼らが彼女を選んできたのだから。
 うんうん、と頷いて、光麗はやったぁ!と声を上げて笑った。ぴょんぴょんと跳ねる様を見て、まるで保護者のように3人は笑うのだった。
 大切に握ったカードが、ほんのりオレンジ色に光ったような気がした。




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