パーティ準備編

Invitation



ねぇ……声が聞こえたんだね




 ふと目を覚ますと、カーテンの隙間から、既に明るい白い光が射し込んでいた。
「………聞こえた……」
 寝惚けた頭で、そうぽつりと呟く。誰かの声が聞こえた。夢の中で。あれは、誰の声だったのだろうか?
 リュウやサクヤではない。アヤセでもない。家令のセルダムでもない……さて、自分は誰の声を聞いたのだろうか?
 未だ夢見心地な頭を振って、ベッドからもぞもぞと出ると、冷たい空気が寝巻きを着込んだ肌を刺激した。これからはどんどん寒くなっていく季節だ。家政婦であるムートが、温かなスープを毎朝振舞ってくれる時期でもある。
 窓に近付き、カーテンを開ける。常の季節よりも高く見える青空が、目に飛び込んできた。庭の木の葉も、少しずつではあるが、色を付け始めている。窓を開け放つと入り込んできた空気は、冷たいものの、どこか澄んでいるような錯覚を覚えさせた。
「きもちぃ……っわ!」
 突然強い風が、サッと部屋の中に吹き込んできた。同時に、木の葉と一緒に何かが、部屋の中に飛び込んでくる。
「……? なんだろ……」
 それは、一枚の紙だった。窓の外は、しばらくエリュソード家の敷地が続く。そのため、他所の建物は紙が風で飛んでくるような距離にはない。いったい、どこから飛んできたのか?
 小さく首を傾げ、それからゆっくりと、その紙に手を伸ばした――。
***
 ドタドタと慌しく階段を降りてくる音に、足音の主を無意識に予想しながらリュウはそちらへ視線を向けた。昨日は、勤務の終わりと同時にエリュソード邸まで引きずられて来、結局「明日は休みなんだから泊まっていけ」と押し切られてしまった。リュウを引きずり、宿泊を押し切ったのはもちろんサクヤだ。養い子を止める素振りも見せず、「おやおや」と笑って見ているだけだったアヤセもグルだったと言える。
 白い湯気吐くオニオンスープを口元まで持っていき――階段から降りてきたミヤの姿を見て思わず噴き出しかけた。
「み……っミヤ殿!?」
「あ、リュウちゃん! おはよっ」
 何やら常の1.5倍程目を輝かせたミヤは、何故かまだ寝巻き姿だった。「お嬢様お待ち下さい……!」と、世話役の女中が泣きそうな声を出しながらミヤの後を追ってきた。
「どうしたのですか? ミヤ。そんなに慌てて……お客の前ですよ?」
 屋敷の主であり、サクヤとミヤの養い親でもあるアヤセが、穏やかに――だが、僅かに咎める口調で、ミヤに訊ねた。貴族の子女が、客人――この場合は自分のことだろうとリュウは思った――の前に寝巻き姿で登場するなど……まして、階段を駆け降りてくるなど、どう贔屓目に見ても淑女らしいとは言えない。
「なになに? なんかいい夢でも見たの?」
 お菓子食べ放題の夢とか、とからかうような口調で混ぜっ返すのは、ミヤの双子の兄のサクヤだ。ミヤとよく似た姿をしているが、その雰囲気は全く違うとリュウは常々思っている。いつでも何か企んでいるような顔をしているのがサクヤであり、ひどく人畜無害な――更に言うならば、何も考えてなさそうな顔をしているのがミヤである。常に好奇心に輝く、子供染みた目をしているという点は同じかもしれない。
「んー……いい夢だったけど、お菓子の夢じゃないよ!」
 少しばかり舌足らずにミヤが言う。だが、目はらんらんと輝いたままだ。――この様子を見てまさか20歳だと思う人間はいないだろうと、ふとリュウは思った。
「んとねぇ、そうじゃなくて、これっ」
 ミヤが差し出した紙を、三人が一斉に覗き込む。

ハロウィン招待状

「これは……」
「招待状………?」
 リュウとサクヤがそれぞれ呟くと、ミヤが「うんっ」と大きく頷く。
「どこの家ですか? ラスティン家? それとも、リアーナ家? まさか、コンキスタ家ではないですよね?」
 当たり前のように国の主要議席を占める上級貴族の家名を口にするアヤセに、リュウは思わずぎょっとした目を向けた。「どれでもないよ」と、ミヤが首を横に振る。
「RabbitHome……って書いてあるね……場所。どんなとこかな?」
「きっとね、きっとね、たっくさんお菓子とかあって、楽しいと思うの! ティーパーティーって書いてあるしぃ」
「しかし素性が知れないですし……それに、これはどこから届いたんですか? 宛名も書いてないじゃないですか。もしかしたら、間違って届いたのかも……」
 眉間に皺を作って文句をつけるアヤセ――養い子たちに対して過保護すぎるきらいのあるアヤセの性格を考えるならば、当然なのかもしれないが。だがそれに対しても、ミヤは「そんなことないもんっ」とのたまわった。とても自信ありげに。
「……? どうして、そう思うんですか?」
 文句をつけるわけではなく、単なる疑問からそうリュウが訊くと、「だってね」と、ミヤはニコリと微笑み。
「声が……聞こえたんだもん」
「……………?」
 意味がよく解からず、再度問おうとリュウが口を開きかけると、それに重なるようにしてサクヤが、
「でもさぁ、これって、ハロウィンだよ? ミヤ、誕生日会、家でしないの?」
 サクヤの言葉に、ミヤがはたりと黙り込んだ。ハロウィンの10月31日は、ミヤとサクヤの誕生日だ。毎年この日になると、ムートが用意したご馳走を皆で囲み、二人の誕生日を祝っている。リュウも数年前から誘われるようになり、それ以来毎年参加していたのだが……。
「…………でもぉ………」
 ミヤは忙しなく指を組み替えながら、答えあぐねている。誕生日は楽しみだが、この見知らぬ場所からの招待状も気になって仕方がない――そういったミヤの気持ちが、リュウには手に取るように見て取れた。
「………一度くらいなら、良いのでは?」
 ぽつりとリュウが言うと、ミヤがパッと目を輝かせた。サクヤは若干驚いたように目を開いてリュウを見、アヤセは避難するような眼差しを向けてきている。
「そ、その……誕生日会は、前の日か、後の日にもできるでしょう? だったら、そのパーティーに行っても……」
「し、しかし………サクヤは………」
「ん?……まぁ、俺は日にちが違くても構わないよ? 別に、誕生日が楽しくて仕方ないって歳じゃぁないしぃ」
 あっさりとサクヤが言うと、アヤセは「裏切り者」とでも言うように拗ねたように口を一瞬尖らせた。
「ホント!? ありがとっ! わーーいっ☆」
 二人に後押しされ、ミヤはすっかりその気になってしまっている。それなのに、尚ここでアヤセが反対しようものならば………どうなるか、アヤセはこの10年以上の間に、嫌と言うほど思い知らされている。
「……わかりました。………今回だけですよ?」
「うんっ! ありがとうアヤセちゃんっ」
 文字通り飛び跳ねながら、身体全体で喜びを表現するミヤに、アヤセが「ですから、いい加減着替えてきなさい」と言い渡す。それに、ミヤも「はーいっ☆」と大人しく従い、部屋に戻っていった。
「あ……アヤセ殿………?」
 おそるおそるリュウが声をかける。すると、アヤセはにこりと微笑み。
「リュウ……責任、とってくださいね?」
「……は……?」
「はじめにあの子をその気にさせたのは、貴方の発言ですから。責任とって、しっかり会場まで護衛しなさい」
「……っ、は、ハイッ(イエス、サー)!」
 思わず敬礼で返すリュウ――それに、まだ少々険しい色が顔に残るものの、アヤセが一応は満足そうに頷く。
 が。
「でもさぁ……これ、一人しか行けないみたいだよ?」
 招待状を見ていたサクヤが、二人にそれを向けながら言い。
「っなんですってーーーっ!!?」
「お、落ち着いてくださいッアヤセ殿ーーッ!!!」

 ―――かくして、パーティーまでのエリュソード家は、混乱を極めそうだった。




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