07:エメラルドの場合 [02]



「……で、だ」
“招待状”を軽く机に置くと、アンバーは椅子に腰を下ろした。
「行くんだろ?」
目の前には、腕を組んで思案顔のエメラルド。傍らにはルビィが座っている。
「今回はお前の所に来たみたいだから、お前のなんだよ」
「むう…」
眉間に皺が寄る。
何を考えているのやら、黙りこくってしまったエメラルドを、アンバーは溜息をついて半眼で見た。
それから椅子の背もたれに体重をあずけ、肩越しに振り返る。
「行きたいなら行きゃいいのに。なあ?」
「……何ですか、突然。図書室を相談室にしないで下さい」
本を取りに来たのだろう、通りがかった王宮魔術師エラズル・ルーンベルクは、顰め顔で立ち止まった。
態度こそ余所余所しいものの、それは彼の癖のようなものであり、内心はそこまで面倒がってはいないことをアンバーは知っている。
アンバーが返す前に、エラズルは机上の招待状に目を止めた。
昨年同じ物を受け取った身だ、それだけで何事か理解したらしい。
「招待状、エメラルドの所に来たんですか」
「うむ」
「何をそんなに……あなたは昨年も一昨年も行きたがっていたでしょう」
「それは、その通りなのだがな」
エメラルドは招待状を手に取り、確認するように眺めた。
「今年招待されておるのは一人なのだ」
「え、何、お前まさか一人じゃ寂しいとかそういう理由で?」
余りに意外な発言に、アンバーは身を乗り出さざるを得なかった。
彼の知る城の者の中でも、エメラルド・ローレッツィという男はとりわけその類の感情に疎いものだと思っていたからだ。
アンバーやルビィと共にいることこそ多いが、元来“ヴェルファ”という少々特殊な種族である故か、独自のテンポで生活している節がある。
「いや、そうではない」
エメラルドは招待状を封筒に収め―とは言っても真っ二つに切れてしまっているため、片方に挟める形だが―溜息をついた。
「……主が昨年言ったであろう」
「え、俺?」
当のアンバーが思い出すより早くエラズルが勘づいたようで、半眼で彼を見やる。
「招かれたような場に慣れていない我では、何か失態をしでかす恐れがある、と」
「…………あ」
「我とて、ジェム王に仕えこのウィルベルグ城に仕える者だ。恥をかく訳にはいかぬことぐらい判っておる」
「あ、いや…」
アンバーは目を逸らしながら心中彼に詫びた。
確かに“ヴェルファ”で戦士であるエメラルドはパーティのような社交の場にはそれほど慣れていないが、このパーティが多少の間違いをしたところで許される和やかな場であるのは、かつて参加したアンバー自身が良く知っていることだ。
昨年、エメラルドがエラズルに同行するのを止めたのは、ジェイドにその役を渡したかったからであって、まさか彼がそのことを覚えていて、ましてや現在気にかけているとは。
どうするんですかと言わんばかりの視線を投げかけてくるエラズルに、どうしたものかと目で返す。
エラズルは呆れたように息を吐き、エメラルドを見た。
「エメラルド、あなたは確かにパーティなどに場慣れはしていないかもしれませんが、昨年から今までの間に城で生活してきているでしょう」
「うむ」
「それだけ城で過ごしているのにも関わらず、パーティの一つに出席できるほどの進歩もしていないというのですね」
「……むう」
「そう思っておられるのでしたら、辞退なさった方がご自身のためにも城のためにもなりますよ」
「…………」
アンバーは心の中で、惜しみなく心からの拍手をエラズルに送った。
エメラルドのような生真面目な性格の者にはなんと効果的な言葉だろう。
意見を求めるように視線を向けてきたエメラルドに、軽い調子で告げてやる。
「行って来いよ、大丈夫だから。行きたくないってなら無理に行かなくてもいいだろうけどさ」
「いや、我は行きたいのだ」
そう言ったエメラルドは真摯な面持ちで、たかだか菓子のためにここまで考えるかとアンバーは苦笑する。
だが、次の言葉はまるで予想にないものだった。
「この“ハロウィンパーティ”は、アンバー、主も参加したものであろう。我は、相棒の主が見た物と同じ物を、一つでも多く見たいと思うのだ」
「な…」
言葉を返せなかった。
エメラルド・ローレッツィという男は、こういう男なのだ。
ただの猛々しい戦士であるように見えて、その実深く物事を考え、他者を思う。
そして、それを外に表すことができる。
彼が紡ぐ言葉には、本音も建前も、嘘偽りでさえも無いのだ。
「……しかも、そこには山の如き菓子があるという。我は、行きたい。否、行かねばならぬ」
――良くも、悪くも。
「エラズル、この色んな意味で恥ずかしい馬鹿、とっととファリアのとこ連れてってくれ」
そう、こういう男なのだ。



出会えたから 友達になりたい