07:エメラルドの場合 [01]



天高く、蒼色。
ウィルベルグ国は秋の訪れを迎えていた。
国の中心に位置する城も紅と黄に染まり、後に控えた収穫祭の準備で活気づいている。
城内で人がせわしなく動く昼下がり、中庭はいたって平和だった。

国王の近衛騎士アンバー・ラルジァリィは、両手に収まらぬほどの荷物を抱えたまま空を仰ぎ見た。
何故自分は買い出し係のポジションが定着してしまったのか。
その要因として、思いつくことがいくつかある。
彼が城下の散策が好きであること、護るべき国王陛下が今は諸々の仕事で部屋に篭もっていること、そして、使いを頼む者達がこぞって忙しいこと。
ああ、この役割は与えられるべくして自分に与えられたのだ、とアンバーは悟った。
「……ん、どうした?」
ふと、頭の上に乗っている小さな赤竜が髪の毛を引っ張っているのに気付き、訊ねる。
赤竜ルビィはキュ、と鳴き声をあげ、小さな手を空に向けた。
(何だ?)
アンバーは目を細める。
青く済んだ空から、風に煽られながら、何かがゆっくりと落ちてきている。
それが果たして何であるのか、そこまでは逆光で見て取れない。
――ただ、この季節のこの光景を、かつて見たことがある。
2年前の出来事が、思い出すでもなく思い起こされた。
アンバーは、空から落ちてくる「招待状」を追って歩みを早めた。

エメラルド・ローレッツィもまた、国王の近衛騎士である。
獣人種族“ヴェルファ”である彼は、幼少より剣に努めてきた。
過ごしやすい昼下がり、仕事が無いとするならば、それは彼にとって鍛錬の時間に他ならない。
いつもは腰に下げている刀を抜いて、エメラルドは素振りをしていた。
「ラルド!」
背後から聞こえたのは相棒の声で、何事かと彼は訝しがった。
振り向いた瞬間に視界に影が落ちて、悟る。

銀の一閃が風を裂く。
“もともとひとつであったもの”を、一本の線が分かって、一瞬の間。
「アホかーーーーーー!」
沈黙に続いたのは、怒号だった。
「――おまっ、馬鹿、何してんだ!」
エメラルドは刀を振りきった姿勢のまま目をしばたかせて、近付いてくるアンバーを見る。
「ぶつかるから危ない、と言おうとしたのではなかったのか?」
「例えそうだとしても切るか普通!」
「緊急であるならば致し方在るまい」
「いつ俺が緊急って言ったよ!?そういう場合は受け止めろ阿呆!」
ひらひらと、二つに別れて落ちるそれを、アンバーの頭から羽ばたいたルビィがキャッチした。
「むぅ、条件反射とはいえ、すまぬ。……して、それは何なのだ。封筒か?」
エメラルドが訊ねると、ルビィはそれを彼に手渡す。
二つに分かれた筈のそれは、厳密には二つではなかった。
「……斬れていないぞ」
「え?」
アンバーも覗き込む。
分かたれたのはいわば外側だけで、大きな片方からはその中身が半分顔を覗かせている。
外側の封筒が真っ二つに分かれたというならば、“これ”も半分になっていなければおかしいというのに。
「何故……」
呟きながら、エメラルドは中身を封筒から完全に取り出した。
真っ先に目を引くのは、嘗ても見た冒頭の一行。
「……『ハロウィンパーティ開催のお知らせ』」
剣でも切れない不思議な招待状。
読み上げるエメラルドをアンバーは黙って見つめ、その頭上に戻ったルビィは首を傾げたのだった。



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