06:ラナの場合 [02]



恐る恐る反物屋に入っていこうとすると、入り口のところに意外な人物が待ち構えていた。
赤い髪に虎縞模様の布を巻きつけ、背に鳥のような翼を生やしている、青と紫の左右で色の違う瞳が印象的な少年……フウバだ。
何だか知らないけど珍しいものにしか興味を示さないやつなんだ。
おれが昔戦争で滅んでしまったといわれている紅蓮の民の生き残りで珍しいからって、何かと絡んでくる。どうも勝手にライバルだと思われてるみたいなんだ。おれは好きで珍しいわけじゃないのに。
「聞いたよ。君、ハロウィンのパーティに参加するんだって?」
「そ、そうだけど」
予想通り、フウバはおれを見るなり、喧嘩でも売ってるのかと言いたくなるような挑発的な口調で声をかけてきた。
あぁ、間が悪い。こいつがいると、ブラスと同じくらい話がややこしくなるんだ。
「ハロウィン、知ってるのか?」
「知ってるよ。伊達に世界を放浪してたわけじゃないからね」
フウバはソルトーに来るまでは、色々な場所を旅して歩いてきたんだと聞いている。年こそおれと同じくらいだけど、実はニライに負けないくらい博識だ。ハロウィンについて知っていてもおかしくないかもしれない。
「ピッチに衣装製作を頼むなんて、肝が据わってるね。いいの? おたくの友達、特に彼女と犬猿の仲じゃなかったっけ」
「しょうがないじゃないか、それにおれが決めたわけじゃ……」
「まぁ、それはどうでもいいけど。ただボクのライバルとして、ありきたりな格好なんかでパーティに行くのは許さないよ。分かった?」
そのありきたりな格好というのさえ、おれには全然想像がつかないんだけどなぁ……
「特に吸血鬼とか、狼男なんかは基本中の基本すぎて最悪だね。皆やりたがるから、全然目立たない……ボクだったら絶対やらないね」
言うだけ言うと、フウバはバサリと翼を広げて、広場の方へ飛んでいってしまった。
あいつは一体何をしにこの店へ来ていたんだろう。まさか、それを言うためだけにやってきたんだろうか。つくづくヒマというか、何というか……




いよいよ中に入ると、三つの視線がおれに集中する。
一つは分厚い本を開いているニライ。手に持っているのは多分、世界中の怪物を集めた図鑑だと思う。おれも昔読んだ事があるんだ。もう一つは白い兎耳をピンと立てた店長さん……つまりピッチのお母さん。戦士だった頃の傷のせいで片目をいつも閉じているけれど、手先は凄く器用だって評判だ。
そして、最後に問題のピッチだ。やっぱり不機嫌そうな顔で、鋭い赤の目を吊り上げてこちらを睨んでいる。お、おっかないなぁ……
「ハロウィンといったら、大体こういったお化けの衣装が使われることが多いんだ。どんなのがいい?」
ニライが本を指差して言った。重そうなコートを着た蝙蝠翼の男の人とか、狼の顔をした人、全身包帯でグルグル巻きの人なんかが書いてある。
フウバの言っていた吸血鬼、狼男なんていうのはこいつらのことだ。
「ミイラでいいだろ、ミイラで。お前元々こんな感じだろ」
ぶっきらぼうに包帯男を顎で示して、ピッチが言い放った。
ミイラじゃないよ、包帯男だよ……確かにおれは普段から腕と足に布巻いてるけど、こんな顔や頭までグルグル巻いてなんかいないじゃないか。
言い返してやりたいけど、怖くて何も言えない。ピッチの全身から「口答えするな」オーラが出ていて、とてもじゃないけど逆らえそうに無い。
「まぁ、それもいいかもしれないけどね。それより、彼には牙やしっぽがあるんだから、それを活かさない手は無いんじゃないのかな?」
見かねたように、ニライが横から口を挟んでくれた。
紅蓮の民というのは体にトカゲに似た特徴のある、荒地に住んでいた人種なんだ。
トカゲが先祖なのかどうなのか良く分からないんだけど、その生き残りであるおれにも、トカゲみたいなしっぽとか、鱗がある。気味悪がられるのもイヤだから、普段はこうして腕や足に布を巻いて見えないようにしてるんだけどね。しっぽはどうしようもないから、いつもそのままだ。
そういや、そのハロウィンパーティっていうのには他にどんな人が来るのかな。皇国の人達みたいに、おれのような普通の人とは違う姿の人間を嫌う人もいるのかな。だったら、しっぽがあってもおかしく見えない仮装で行った方がいいんだろうか。
「たとえば……ドラゴンとか」
ニライは本のページをめくって、大きな翼を生やした竜の姿を指差した。
いや……まぁ、確かにトカゲの親戚みたいなものだけど、どうやって仮装するんだ? 着ぐるみ?
「ミイラより滑稽なんじゃないのか、そりゃ」
同じような図を想像したのか、ピッチが呆れ顔で机に頬杖をついた。
「でも、おれとしてはしっぽが目立たない方がいいし、多少あれだとしてもそれで……」
と、おれが妥協してドラゴンでいいよ、と言おうとした、その時だった。
「オレ様は断じて認めねェぜ!」
聞き飽きた怒鳴り声が入り口の方から聞こえてくる。ずかずかと中に入ってきたのは世にも珍しい真っ赤なトカゲだった。
……出た。ブラスだ。どこから聞きつけてきたんだろう。
何にせよ話が厄介になるのは間違いない。こいつはいつだって自分中心に世界が回ってるんだ。
「竜王たるこのオレ様を差し置いて竜になろうなんざァ、百年と六十一年早い! その案は却下だぜェ!」
「それはブラスの勝手な都合だろ。おれにも色んな都合があるんだよ」
「やかましいっ、却下ったら却下だってェの!」
やれやれ。
普段から「こんなチンケな姿はウンザリだぜェ、早く竜の姿に戻りてェ」と嘆いているブラスは、竜に関する事については完全に目の色が変わり、とにかくうるさいんだ。
しょうがない。ドラゴンについては諦めた方がいいみたいだ。
「もう、詳しいことは全部任せるよ。これ以上ここにいると迷惑だし、また来るよ」
おれはブラスのバンダナをひっつかむと、ピッチの刺さるような視線を背中に受けながら、そそくさと店を出た。




「大体お前、何でついてきてるんだよ。ハロウィンには興味ないんじゃなかったのか?」
「誰も興味ねェとは言ってねェだろ!」
日も暮れてきた帰り道、おれの肩でふんぞり返っているブラスに言うと、こんな答えが返ってきた。
素直じゃないんだから。気になるなら気になるって最初から言えば良いのにね。
「……じゃあ、お前も行くのか? 行くんだったら仮装するんだぞ」
「そんなだせェ真似が、この赤竜王様にできるかよォ」
言うと思った。おれだって、プライドの高いこいつがお化けの格好をしているところなんて想像もつかないよ。
「だったら口出しするなよ……」
「うるせェ! とにかく、竜は却下だからなァ!?」
「はぁ」
耳元でギャーギャー騒ぐブラスを手で追い払う。こんな調子で、大丈夫なんだろうか……
そういえば、キトラがお菓子作るって張り切ってたなぁ。キトラには悪いけど、あれをもっていって誰かがおなかを壊したら大変だ。
キトラにはナイショで、帰りに市場に寄って何かお菓子を買っていこう。
ハロウィンに持って行くお菓子ってどんなのがいいのか、ニライに聞き忘れた。何がいいかな? ソルトーには乾き物しかないからなぁ……




そうして、ついに招待状に書かれた日がやってきた。
いや、おれにはよく分からないんだけど、ニライが言うにはどうも今日らしい。おれ、数字にはトコトン弱いからさ……
頼んでおいた衣装を取りに行こうと家から出ると、ウサギトカゲを停めてある門の前に誰かが立っているのか目に入った。
白兎のような長い耳をピンと立てた、茶髪に赤いリボンをあしらった背の高い女の子……げっ、ピッチだ。
一体何だろう。ワノのやつ、また変な果たし状でも渡したんじゃないだろうな。
今日は喧嘩に付き合っているヒマはないんだ。おれとしては、いつだって喧嘩なんてごめん被りたいんだけどさ。
おれが歩いて門の傍まで行くと、ピッチは何も言わずにずい、と手に持っていた小包のようなものを突き出してきた。
「何?」
「見て分からないのかよ。例のブツだよ」
「もしかして、ハロウィンの?」
「他に何があるっていうんだよ、ホントにお前は言うことなす事トロイな」
何だか微妙に不機嫌だ。おれ、何か悪い事したかなぁ。
受け取ってみると、中には綺麗に折りたたまれた衣装が入っていた。さすがに裁縫屋さんの仕事は完璧で、縫い目もきっちりしている。お金を払ってくれたニライに今度、お返しをしないといけないな。
とりあえず持ってきてくれたことに対するお礼を言うと、ピッチはそっぽを向いてしまった。
「こいつはあたしが作ったんだ」
「へ、へぇ……えっ!?」
遠慮がちに相槌を打ったおれは、その言葉の意味を理解してびっくりした。だって、あのピッチだよ?
「何驚いてるんだよ。あたしが裁縫しちゃ悪いか?」
「い、いや、そんなことは……」
「ふん、その衣装を着て行くからには、無様な真似をすることは許さないからな」
ジロリと迫力のある目で睨みつけられて、おれはもうタジタジだ。た、頼むからもう、このくらいで勘弁して欲しいよ……
そんなおれの願いが通じたのか、ピッチはくるりときびすを返して帰っていった。
「おーい、ラーちゃーん!」
ピッチが路地の影に消えた後、今度は別の小道からキトラが飛び出してきた。
丁度いいタイミングだ。もしもピッチと鉢合わせしていたら、多分凄まじい悪口の言い合いがおれの目の前で繰り広げられたことだろう。女の子って、見た目によらず怖いからね……
キトラは片手を大振りに振って近付いて来る。もう片方の手に持っている不気味な形に膨らんだモノは、まぁ、やっぱりお菓子なんだろう。
続いて足取りも危うく、ワノがキトラの後を追って歩いてくる。
かわいそうに、あれはきっと散々実験台にされたんだな。ふさふさのしっぽや腕をだらしなくたらして、左右に揺れながら歩くのも必死という感じだ。
「もう用意はできたの?」
「うん、まぁね」
「よ、よう……いよいよ、だってな。ホント、に、一人で、大丈夫なのか」
「ジドは来るきないみたいだし、ニライも今日からまた旅に出るって言うしね……多分、何とかなるよ。それよりおれは、ワノの方が心配だけど……大丈夫なのか?」
「あ、あんまり……」
家の前まで来て、とうとうこらえきれなくなったのか、ワノは地面に大の字になって倒れこんでしまった。
「ワー兄ったら、あたしの作ったお菓子食べ過ぎだよ。おなか一杯で動けなくなっちゃって」
いや、それはおなか一杯だからじゃなくて、具合が悪いんだと思うんだ。
でも幸せそうなキトラの顔を見ていると、とてもじゃないけどそんな真実を告げる気にはなれなかった。ワノには悪いけど。
「はい、これはラーちゃんの分だよ!」
「あ、あぁ、うん。ありがとう……」
「他の人にも食べてもらって、感想聞かせてもらってね!」
満面の笑みを浮かべて、キトラはそれをおれの手にぽんと乗せる。おれは反応に困って、曖昧な笑いを返した。
無理だ……ぜ、絶対に無理だ。たとえおれがそのお菓子を誰かに差し出せたとしても、それに手を出せる勇気ある人いるとは思えない。
「ま、まぁ、楽しんでこいや……俺は、家に帰って胃薬でも飲むわ」
そういうワノは息も荒く、そろそろ限界といった様子だった。本当に大丈夫か。
「そうだよワー兄、食べすぎには薬が一番! じゃあねっ」
ホラおきて、と強引にキトラに引っ張られ、ワノは蒼い顔のまま来た道を戻っていった。
二人がいなくなって、ようやく辺りは静かになった。
おれはそろそろ出かける準備を始めようと思って、必要な荷物をまとめようと家の中に戻った。
衣装を引き取りに行く為に外に出たはいいものの、すぐそこでピッチに届けてもらってしまったので、外出する理由がなくなっちゃったんだ。
仮装のための衣装に、市場で買ってきたお菓子(ブラスが横から口出しするから、あんまり良いものは買えなかったんだけど)、キトラの自作お菓子……自分の部屋で持っていくものを点検していると、窓際から視線を感じた。
そっちをふと見てみると、ブラスが足を組んで、ふてぶてしい格好で窓に座ってこちらを見下ろしている。
「何だよ、何か言いたい事でもあるのか?」
「……やっぱりオレ様も行く」
「はぁ?」
ぼそっと呟かれた一言に、おれは思わず首をかしげた。
「オレ様も連れてけって言ってるんだよ」
「何を今更……大体、仮装は嫌だって言ってたじゃないか」
「あのニライとかいう鳥男から聞いたぜェ。そのハロウィンパーティとやらには世界中の色んな奴等が集まるって言うじゃねェか。そいつらを片っ端からあたっていけば、一人くれェオレ様が元の姿に戻る方法を知ってる野郎がいるかもしれねェだろォ」
「お前はそれしか頭にないのか……」
「ったりめェだろ、オレ様は一刻も早くこの不名誉なナリから脱出するんだよォ! そのためなら、仮装だって何だってしてやるぜェ!」
自分のためなら手段を選ばない人……いやトカゲ、それがブラスだった。
それはいいけど、約束の日時は今日だ。ブラスが参加するにしても、仮装の為の衣装はどうすればいいんだろう。
今からまたピッチのところへ頼みに行っても、きっと間に合わないだろう。いくらブラスが掌サイズの大きさだとしても、生地の調達やデザインの問題もあるだろうし。
それはもうしょうがないから、適当にこの家の中から仮装に使えそうなものを探してくるしかない。
この家の主のジドは、昔行商人をしていたので、家の中に色々な国のモノが置いてある。くまなく探せば、きっと何か良い感じのものが見つかるとは思うけど……面倒くさいなぁ。
「ったく、行く気ならもう少し早く言いなよ。もしパーティの時間に間に合わなかったらブラスのせいだからな」
文句を言いながらも、おれはタンスの引き出しを上から順に開けて探し始める。
それが終わったら、次は部屋の隅に山積みになっている古着を漁る。
裁縫はおれには無理だから、そのまま被ったり羽織ったりするようなものじゃないとダメだ。それでいてブラスに丁度いい大きさの物となると、なかなか難しい。
「なァ、聞いてもいいか?」
世話しなく手を動かしていると、ブラスが頭の上に乗っかって、上から覗き込んでくる。邪魔でしょうがない。前がよく見えないじゃないか。
「何だよ、お前も少しは手伝えよな」
「そのパーティってェのは、何時からなんだ?」
「え?」
「んでもってよォ、どうやって行くんだ」
「……えーと……」
重大な事を指摘されて、おれの捜索の手は完全にストップした。
そういえば、何も聞いていない。どうやって行けばいいんだ?




この招待状を贈ってくれた本人に出会えたら、招待状には地図と行く方法を書いてくれって言っておくことにしよう。
その後、不思議な喋るカボチャが現れ、無事にパーティ会場へ旅立つ事が出来たのは、数時間悩みに悩んだ後の事だった。





+ To be continued +

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