05:月乃葉の場合 [01]



金木犀の香りが終わりに近づいた頃、月乃葉はゆっくりと街中を歩いていた。
耳や尻尾はうまく隠せるようになった。
誰もが彼女を人間として見る。

商店街を通り抜け、右に曲がる。
今までの喧騒が嘘のように静かな場所。
そこには小さな教会があった。

シスターが一人、落ち葉を集めている。
彼女は月乃葉を見て微笑み、いらっしゃい、と迎える。

「お邪魔します。明日の分のお菓子です」
「いつもありがとう。とても助かるわ」
「いえ…マリアこそ、いつもご苦労様です」
「あら…私はそんな苦労なんてしていないわよ」

マリア、と呼ばれた女性はふんわりと笑う。
この教会には彼女の他に二人のシスター、そして神父様がいる。
彼女達は子供達のために、毎週日曜学校を開き、聖書を読みとく。
お菓子は子供達に配るものだ。

「月乃葉と…えっと、アシュレさん、がお菓子を作ってくれるようになってとても助かっているわ」
「すみません…アシュレも誘ったんですが、教会は嫌だって…」

アシュレは魔女だ。
月乃葉のよき理解者であり、保護者であり、友達であり、同居もしている。
五百年という永い時を生きた彼女にはそれなりの苦労があったようだが、
とても明るい性格で、月乃葉はことあるごとに彼女に救われてきた。
だが何故か教会にだけは行くのを拒む。

「いえ、いいのよ。今度またこちらからお礼に伺うから」
「そんな…あ、今日はアシュレがこれを…」
「パンプキンタルト…かしら?」
「ハロウィンが近いから試作品だそうです。マリアの感想を聞いてきて、って言われました」
「月乃葉…あなたは本当に、とても素直な子ね」

マリアは月乃葉が人間ではないことを知っている。
妖狐だということを知っている、唯一の人間だ。
アシュレが魔女だということも知っている。
だから彼女が教会を嫌がる理由もわかる。

「お茶を淹れましょう。さ、中に入ってちょうだい」



教会から戻ってきた月乃葉は、夕飯の支度にとりかかろうとする。
アシュレはまだ店から帰って来ていない。
月乃葉は彼女にパンプキンパイの感想を伝えるのが楽しみだった。
とても美味しくて、マリアも、そして月乃葉もパイを気に入った。
ハロウィンの季節だけではなく、いつも作ってくれればいいのに…

そんなことを考えていると、ふと窓が開いていることに気付く。
戸締りはきちんとしたはずなのに。
一枚のカードが床に落ちていたのでそれを拾う。



「ハロウィン…パーティ…?」

拾ってからはっと気付く。
この部屋は色々危ない物があるから、見たことの無いものは触ってはいけない、とアシュレに言われた。
実際それで前に月乃葉は呪いにかけられてしまったことがある。
慌ててカードを机の上に置いて、鏡をのぞいてみる。
とりあえず、顔がかぼちゃになったりする呪いはかかっていないようだ。
悩んでいても仕方ないので、夕飯を作りながらアシュレの帰りを待つことにした。


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