Fly me to the Moon [ 03:for you ]



コンダクターにもルーブリケーターにも、決まった休みは無い。年中無休とも言える職業である。ルーブリケーターは起きている間中ずっと仕事をしているようなものだし、コンダクターはカモフラージュとしての職業も持っている。
情報収集にそこまで多くの時間を割けない両者が、互いにそれなりの情報を持ってリアルタイムの通信を行うまでには、結局二週間を要した。
『”ハロウィン”って、カンデラみたいなものらしいですよ』
ルーブリケーターの終業後の通信で、最初に情報を開示したのはミサトだった。
『幾つか違いはありますけど、やってることは似てます。
 もしかしたら、カンデラのベースになったのかもしれません』
カンデラは、11月27日の日の入りから28日の夜明けまで行われる行事である。この日には故人が一時的に蘇るという伝承があり、人々は故人を歓迎し、尊び、そして心配させないようにと賑やかに過ごすのである。
宗教や思想によって死というものに対する考え方が違うため、必ずしも伝承を知っている者ばかりではない。ただ、蝋燭やランプの明かりの中で様々なお菓子が飛び交うというある種幻想的で非日常的なイベントの一つとしてであれば、カンデラはカム全体に受け入れられている。
「それで、どの辺が違うんだ?」
『諸説ありますが、生きてる人間に害を為すものばかり蘇るという考え方があるらしいです。
 だから、それを驚かせて追い払うために、こちら側は扮装…いや仮装だな、それをする』
『それと、黒とオレンジっていうシンボルカラーがあります。
 最終的に”ハロウィン”のシンボルがカボチャに落ち着いたからみたいです』
ミサトの言を引き取ったナギリに、一同はカードやその画像を見て頷く。顔の描かれたカボチャの意味する所はそこだったらしい。
「あ、もしかして”Trick or Treat!!”もそっち絡み?」
『みたいです…ね』
わざわざデータとして纏めたらしい、画面の向こうでミサトが携帯端末を弄る。
『お菓子の遣り取りの時に合言葉が必要、というのもカンデラとの違いです。
 貰う側が”Trick or Treat!!”で、あげる側は”I'm scared.”か”Happy halloween!!”』
『こっちはひとまずこんなもんすかね。そっちは』
「調べました、暦。トータルで見て、一番有力なのはこれじゃないかと」
答えながらヨシツグがボックスを操作し、ポーディエにデータを送る。無事届いたようで、向こう側でも何やら操作をしている。
『11月23日が”10月31日”になるわけか』
『うっわー、何これ、やっぱややこしい』
『そういうこと言うなサラ、多分向こうから見たらこっちがややこしいんだ』
『で、エドさん、”R.S.V.P.”はどうしたんすか?』
「あー、”10月10日”でビンゴだったみたい。一応参加って返事に…なったと思うんだけど」
前回の通信の後、ソウタは菓子屋の店頭で兎の形をしたキャンディを見つけた。何となくシーリングワックスの模様を思い出し、それを一粒購入したソウタは、手紙とカードの上にキャンディを置いておいたのだった。翌日には、キャンディだけが消えていた。同じグループのメンバーは、兎のキャンディの存在自体知らない。
こめかみの辺りを掻くソウタの指が、ふと止まった。
「あれ、っつか…何か…俺が行く流れになってる?」
『え、違うんですか?』
サトリが心底意外そうに首を傾げた。
見ると、画面の向こう側には良く似た表情がずらりと並んでいる。
「いやいやいやいや待って、何で!?」
『行き先の詳細が分からないから調べていたんでしょう?』
「違うって、俺はただこれをちゃんと受け取るべき人に渡したくて」
『ですから、それがソウタさんなんじゃ…』
「…はっ?」
ソウタは理解の範疇を超えた発言に幾度も目を瞬かせ、サトリもまた同様の表情を返す。
言葉が出てこない二人の代わりに、ナギリが口を開いた。
『この手紙、エドさんに反応して開いたんじゃないかと思って。
 だって、普通に考えて、封が簡単にボロっと取れたら問題じゃないですか?』
ナギリが同意を求めると、確かに、という声が画面のこちら側からも聞こえた。
手紙の封である以上、誰にも開けられないのは困る。同時に、勝手に開いてしまうのも困る。
言われてみれば、シーリングワックスが形を保った状態で綺麗に取れてしまったという事象には異様なものがある。その点については、ソウタも理解出来た。
「いや、にしてもさぁ…」
『それと』
それでもまだ受け入れられない部分の方が多いソウタの言葉を、カイが遮る。
『エドさんはその手紙を、最初っから大事なもんだと思ってたんすよね?
 その手紙って、一番大切にしてくれる人の所に行くようになってんじゃないすか?
 何か、例えば最初に拾ったのが俺だったとしても、最後はエドさんの所に行ってた気がします』
カイは、ただの勘ですけど、と付け加えて発言を終えた。
ソウタは、改めて手紙一式を見つめた。散々にも程がある、やたらと疲れただけの一日の終わりに突如現れた封筒。あの日から謎解きの楽しみが生まれていたことは否定出来ないし、何かと勉強になることも多かった。
あの日頭の中を駆け抜けていった黒猫の大群が、イメージの中で金色の兎達に変化した。
『俺達に出来ることがあれば手伝います。行ってもらえませんか?』
「有休注ぎ込めば色々面倒も減るんじゃない?」
『まさか危険かもしれない場所に他人を行かせたりしませんよね、ルーブリケーターさん?』
「本当にちゃんとしたパーティーかもしれないし、行ってきたら?」
画面の向こうからもこちらからも背中を押され。
遂に、ソウタは頷いた。


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