Fly me to the Moon [ 02:it takes thought ]



『また日付当てっすか?』
画面の向こうで率直な感想を述べたカイに、ソウタ達は思わず苦笑した。
目的も内容も不明瞭であり自分達だけでは処理しかねる、という結論に至った彼等は、夜明けを待ってタワー(カムの管制塔)への報告を行ったのだった。
本来住民はコンダクター(管制官)の顔を知り得ない仕組みになっている。今回のようなタワーとの通信では、通常であればコンダクターの側は固定のCGが表示されるのだ。それはルーブリケーターのような職業であっても例外ではない。当人達は互いに相手を知っている状態にすっかり慣れてしまい、例えばカイが砕けた口調で嫌そうに話すのも当たり前だと思っているが、ソウタ達のグループはその点においても特殊である。
「この前のあれよりは真っ当な文章だろ?」
『むしろそれが怪しいっつうか…更に性質が悪いっつうか』
コンダクターという職業柄か経験則か、現段階での当事者よりカイの方が強い疑惑を抱いているらしい。何度も手紙とカードの画像に目を通し、眉を顰める。
『素直に考えれば一週間後っすよね』
難しい顔で画面の中のカイが言った。
カムで使われている暦は、基本的には一年が365日、四年に一度366日になるルナ暦である。
一年は常に13の月とカムバースデー(大晦日と元日)の集合体であり、一ヶ月は常に28日間から成るため、”31日”という日付は存在しない。ただ、月の区切りというものを無視してカウントを続けた場合、11月3日が”10月31日”に相当することになる。
「そう考えると今度はこれがおかしくなる、と」
言いながらユウがカイに見えるようカードを持ち上げ、”R.S.V.P. By Oct. 10”という記述を指した。
「詳しいことは忘れたけど、この日までに返事下さい、って意味だよな?確か」
この場の誰にも”Oct.”の指すものは分からないが、”10月31日”を11月3日と仮定した場合、最も有力な返信の期限は10月10日となる。今日は10月24日、昨日の時点で既に期限を過ぎているにも関わらず、手紙が開封されていなかった可能性がある。
差出人がどこの誰でどうやって手紙を届けるつもりだったのか、推測の取っ掛かりも見えない現在では何とも言い難いが、相手がいつ受け取るかを計算していないとは考え難い。直感でそう思わせる雰囲気が、件の手紙一式にはあった。
「やっぱちゃんと届けた方がいいよなぁ」
「まぁ、案外仲間内でだけ通じる文章かもしれないし」
受け取り主という最大の問題を思い出し、誰からともなく溜息が漏れた直後。
『暦が違うんじゃないですかぁ?』
呑気と言いたくなるほど明るい声が、あっさりと乱入した。
『うぁっ!』
画面の向こうで、カイが椅子ごとぐるりと回転する。勢い余って椅子を止め損ねている間に、ぴょこんという効果音を付けたくなる動作で、コンダクターの一人であるサラが画面に飛び込んで来た。
『いつから居た?…あ、おはようでお帰り』
『はいはーい、オソヨウでただいま。一週間後の辺りから居たってば。
 もーっ、何で気付いてくれなかったんですかぁ、結構ショックーっ』
後半は明らかに、ソウタ達に向けられていた。言葉の割に声も表情も弾んでいる。
ソウタ達のもう一つの特殊な点は、グループのメンバーの年齢である。ルーブリケーターのグループは数多かれど、全員が30歳未満というグループは今の所彼等しか居ない。平均年齢も、下から数えて五本の指に入る。
そんな特徴がサラのアンテナに引っかかったのか何なのか、それは本人にしか分からない。やたらと懐くサラを傍から見る分には、ファン、というのが最も適切な表現かもしれない。
「ね、暦って言った?フジイさん」
イツキが方向を修正しつつ問うと、サラは頷いた。
『ルナ暦を使うようになる前って、地域によって暦バラバラだったじゃないですかぁ。
 で、そっちの暦にだったら、”10月31日”も普通の日付としてありますよ』
さも当然のことのように言われ、全員が一瞬検索モードに入った。限りなくゴミ箱側に近い記憶だが、そういえばそんなことを接続学校(中学・高校相当)で習った気がしないでもない。
『…何で”あると思う”じゃなくて”あります”?』
『前に資料集か何かでちらっと見た』
だから何故それを覚えているのだ、という質問はカイの中でシュレッダー行きになったらしい。遠い目に気付いているのかいないのか、サラは続ける。
『一年が700日あるようなのとか、時間の単位の定義から違うようなのもあった筈です。
 ただ、そういうのって超地域限定だから、一旦無視していいんじゃないですかねぇ。
 メジャーなのだけで考えても、すんごく面倒なのがあるんですよぉ。
 一年が12ヶ月で区切られてて、一ヶ月は30日とか31日とか、もうバラバラなやつ』
へぇ、とイチヤが肩を竦めた。
「そんなもん今使われたら困るだろうな、フォースの連中」
ルーブリケーターはグループ毎に活動する時間帯と地域が決まっている。ルーブリケーター間でフォースと呼ばれる時間帯は21時から翌日の9時、つまり彼等はルナの影に最も慣れ親しんでいる面々ということになる。
ちなみにソウタ達はセカンド、9時から21時が正勤務時間帯である。
「ルナの形が日付に対応してない」
『でも、それが共通暦のもう一つの有力候補だった、って記録も見たことあります』
「昔の人の考えって謎…」
「サラちゃんの記憶は無作為に正確だね」
「そっちの暦をこっちの暦に対応させてやりゃ解けるかもってこと?」
『ところで、日付を特定してどうするつもり?』
各自の感想の合間、まるで最初から会話に参加していたかのような自然さで、乱入者が増えた。
カイとサラの後方で、コスモスがクスクスと笑っている。彼女もコンダクターであり、現在のポーディエ(タワーのコントロールルーム)では一番の古株である。ただし、生まれた瞬間からそこに居たのではないかと思わせる程度には、年齢不詳。
「いや、どう、って…去年のあれがあるから」
『あらぁ、皆、警戒しているような話し方してたかしら?』
画面の両側に沈黙が落ちた。
何となく、お互いを窺う。否定の仕様が無い。
『質問を変えるわ。ソウタはその手紙を最初に見た時、どう思った?』
名指しで問われ、ソウタは目を丸くし、続いて閉じる。どこからともなくやって来た手紙を見た時の、最初の直感的な印象。
「…大事な誰かへの手紙」
だからこそ己の行為に青ざめた、結局はそれが現在に繋がっている。
いつの間にか画面の傍まで歩み寄っていたコスモスが、にっこりと微笑んだ。
『だったら、それはそういうものなんじゃない?』
「え…?」
『それが貴方の元に辿り着いた理由、ってことよ』
『そういえば、その手紙って何なんですかぁ?』
サラの言葉に、詳しい状況までは聞かされていなかったカイが頷く。ソウタは手紙の中身を見るに至った経緯を簡単に説明した。
丁度そういうタイミングだったのだろう、ソウタが話し終える頃には、ポーディエにコンダクターが勢揃いしていた。
『で、何が分かりゃいいんですか?』
きっとカードの画像を見ているのだろう、ユイキが声だけを相手に向ける。
ただ、探そうと思えばいくらでも見つかる謎を訊かれても、どこから抽出すべきか悩んでしまう。
「あー…”10月31日”は暦で解けそうだから、”RabbitHome”と”ハロウィン”?」
『”RabbitHome”の方なら、何となく』
考え込みながらのユウの発言に、ナギリが小さく挙手をした。
『月になった兎の話が、言い伝えとして残っているそうです。その線で考えると月じゃないかと』
「っつーと、ルナ?」
月、すなわち衛星。カムの衛星に相当するものは、カムの監視や保護を主目的とした無人人工天体ルナしかない。
ソウタが言うと、イチヤが首を振った。
「いや、それは軸の置き方によるな。確かにカムの月はルナだが、ソレイユから見ればカムも月の一つだ」
「それじゃ候補全然絞れねーじゃんかー」
『ってことは、まず”ハロウィン”から崩せ、と。それと暦か。了解』
ユイキが言うと、画面の向こうで全員が頷いた。
え、とソウタが呆ける。
「…調べてくれんの…?」
漸く呟いた言葉は、穏やかな表情に受け止められた。
『危険の有無はさっさと確認しときたいんで』
『情報集めなら人数居た方が楽じゃないすか?』
『っていうか、面白そうじゃないですかぁ』
『ほらほら、始業時間よ。さっさと仕事なさい』
三者三様の返答をからかうような口調でコスモスが締め括ると、ソウタはがばっと頭を下げた。
「何つーかもう…っ、本当ありがと!何か分かったら連絡するから!」
それで通信は終わりだと判断し、画面の両側でそれぞれが動き出した。
ただ一人、イツキを除いては。
「コスモスさん」
イツキが呼びかけると、コスモスは首を傾げながら優雅に振り返った。
『なぁに?』
「さっき、どうして、ソウタ君だけに訊いたんですか?」
事情など知らなかった筈なのに、過たずに問いを投げかけた根拠。
じっと見据えるイツキの視線の先、コスモスはわざとらしく肩を竦めてみせた。
『残念、デートのお誘いじゃあないのね』


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