Fly me to the Moon [ 04:as I go along ]



その性質上”ハロウィン”の準備のために休めるような職業ではないが、コンダクター達の申し出はその場限りのものではなく、実際手紙にあった”少しのお菓子”の準備はすぐにサトリが立候補した。彼女が面倒を見ているアキミが、”ハロウィン”という行事に強い関心を抱いているらしい。
”少しの悪戯心”はソウタが案を出し、仕事の合間を縫ってコンダクター達が手伝ってくれている。ソウタが出来る限りそちらの作業を行えるよう、グループのメンバーも配慮してくれていた。
”少しの夢”に関しては、ソウタ自身の感性を信じるしかない。
ちなみに”RabbitHome”は、どこでもあってどこでもない場所、という解釈がなされていた。軸の置き方によって、様々な天体が月になり得るからである。時が来れば自然に行き方が見えてくるのであろうそこは、或いは異次元なのかもしれない。
そして、全員が肝心なことを忘れているのに気付いたのは、ソウタの参加が決定してからたっぷり一週間は経過してからのことだった。
「そういえば」
ソウタ達の事務所で”少しの悪戯心”の最終点検を手伝っていたサラが、ふと首を傾げた。
「エドさんって、どんな格好で行くんですかぁ?」
「「「…あ」」」
何の他意も無い発言に、その場に居た全員から声が漏れる。
台本でもあるかのようにトゥッティを奏でた反応には、むしろサラがぎょっとした。
「…完っ璧に忘れてた…!」
「そういえばドレスコードとかあるんすかね?」
「どうだったっけ…カードカードっ」
ソウタは慌てて自室へとカードを取りに走った。ずっと手紙の方にばかり集中していて、カードの記述はちゃんと検討していない。
戻ってきたソウタが、カードを開いて小さな悲鳴を上げた。
「”DRESS:Halloween”…って」
「仮装、だろうな」
イチヤに可能性をさらりと肯定され、ぎゃぁぁ、とソウタが頭を抱える。
「どうすんの何着てきゃいいの、っつーか間に合うの!?」
忙しさを言い訳になどしたくないが、いつ行き方が見えてくるかも分からない今日はあっという間にやってきた気がする。仮装のための衣装など持っていないし、作れるほどの時間も無い。そういうものを扱っている店もあるのだが、既製品の購入はソウタの187cmという身長がネックとなる。
「でかい布被ってゴーストってのはどうだ」
「それは流石に失礼じゃ」
「全身包帯でぐるぐる巻きにしてやろうか?」
「パチがやると洒落にならないっしょ色々」
「いっそそのまま行け、この世で最も恐ろしい人間という生き物の仮装です、って」
「…性格悪ぃー…」
どこまで本気なのか分からないイチヤの発言に、ソウタが脱力する。
二人の会話に入る余地が生まれた瞬間、瞳を輝かせたサラが右手をがばっと挙げた。
「じゃあ、あたしがコーディネートしまーす!」
「サラちゃんが?」
予想もしなかった申し出に、ソウタもイチヤも眉を上げる。
ただ一人、カイだけは嫌な予感がすると言わんばかりに顔を引き攣らせていたが。
「要するに、普段しない格好をすればいいってことですよねぇ?」
「いやそれ範囲広くねぇ?」
「持ってるものだけで済むかは分かりませんけど、組み合わせで何とか」
「聞けよ人の話」
「コンセプトは”見た目全然それっぽくないけど実は”でどうでしょう」
「完全にモノは言いようじゃねぇか」
「カスミヤ何言ってんの、大体異形の姿ってのが人間側の勝手なイメージでしょ」
「お前いつから学者になった」
「とにかくっ、あたしやりますからねっ!」
あぁもう俺知らねぇ、という言葉を盛大な溜息に乗せ、カイが唸る。
そのままカイは、それでも祈るようにソウタを見ていたのだが、
「…俺じゃ案浮かばねーし、どうせなら世話になっちゃおっかなー…」
案外乗り気な当事者を前に、がっくりと崩れ落ちた。




『俺が言うのも変ですが、すいません、騒がしくて』
思わず朝からミサトがそんな通信を入れたくなってしまった程度には、ソウタ達の事務所は騒がしかった。
「ん、二度寝する余裕が無くなって助かったから」
淡々と応対するヨシツグのBGMとして、どたばたと慌しい音声が延々と流れ続けている。
推定異次元への出立は今夜かもしれないというので、サラはセカンドの面々の始業時間前に事務所へと乗り込んでいたのだった。始業時間を迎え、巡回だと言ってイチヤとイツキはさっさと退散してしまっている。
いつどうなってもいいように今日来た、とはサラの弁だが、その理論に従うとソウタは約一週間同じ服を着続けなければならないことになる。若しくは、約一週間サラが毎日コーディネートをするか。
「カスミヤが心配してたって聞いたんだけど。こうなるって予想してたから?」
『それもあると思うんですけど…サラの場合、単にエドさんの服を選びたいだけなんじゃ』
「…あぁ」
最早服を選んでいるのか追いかけっこをしているのか分からない音声。
『それプラス、若さ故の勢い?』
「凄いね、若いって」
『本っ当にそう思います、えぇ』
「…お前等さ、いくらなんでも暗くね?」
うっかり布団に潜りたくなる緩やかな会話をとうとう傍観出来なくなったのか、ユウが突っ込みを入れた。
「十分若いだろ、特にミサト。フジイと同じようなもんだって」
『いや、あれは最早別の生き物です』
「うん、そう言いたくなる気持ちは正直よーく分かるがな?」
騒々しい中でもサラ曰くキューピッドの衣装は確実に選ばれていた。どの辺りが仮装なのかは疑問が残るが、確かにソウタが普段着ない服ではある。
弓矢すら無い衣装の発想も、本人としては根拠があるらしい。この件に関しては誰も介入する気になれず、傍観者に徹している。一つのショーとしてならば、面白い。
「フジイさんには悪いけど」
嬉々としてファッションショーの監督兼観客を務めるサラをぼんやりと見ながら、ヨシツグが呟いた。
「あれこそ、異世界の住人だと思う」
ソウタがこれから出会うであろう人達よりずっと、という言外のメッセージを受け取ったミサトとユウは、思わず声を上げて笑った。




隠れる必要など全く無い格好なのだが、着慣れない服を着ているという状況にむず痒いものがあって、ソウタは小さな広場の物陰でひたすらに待機していた。今の救いは、使い慣れたクーバを履いていることだ。
パーティーへ迎えられるのは今日だろうと、ソウタは思う。大した根拠など無いが、己の勘の大半は信頼していい。身体自体がうっすらと光を放っているような、不思議な高揚感があった。
天球に映されたソレイユは既にその姿を隠している。やがてルナが投影されるだろう。
カムの月に相当するルナの出現方角を、意味も無くじっと見つめる。”RabbitHome”への道の手がかりはどこから現れるか分からない。ソウタの居るカム自体が月である可能性はあるにせよ。
行く先で使えるかどうかも分からない携帯端末が鳴った。ソウタは通信を繋げつつ、辺りを見回す。待機していたもう一つの理由が到着したようだった。
「もしもしユイちゃん、着いた?」
『えぇ。どーして隠れてるんですか、分かり難い』
「ほら、何つーかこう…ねぇ」
『とにかく、今どこに―あ』
何かに気付いたような声と共に、一方的に通信が切れた。そして間も無く、目の前にクーバ(車輪の無いスケートボード)が下りて来る。
真っ黒い紙袋を持ったユイキは、何とも言い難い複雑な表情をしていた。笑いを堪えているようにも見える。
「どーも、フジイが迷惑かけたようで」
「いや、サラちゃん居なかったら間に合わなかったと思うし…変、かな?」
我慢出来なくなって問いかけると、ユイキは小さく笑った。
「いいんじゃないですか?オレは知ってるんで、面白い遊びだと思いますよ。
 まぁ知らなくても十分…っつーか、よくそんなもん準備出来ましたね」
不透明な感想と共に、ユイキは紙袋を差し出した。
受け取ってみると案外重みのあるその袋には、ご丁寧にも個包装されたクッキーの大群。
「これ、例の。どの辺が”少し”なのかはアキに訊いて下さい」
「サトリちゃん、ストップかけなかったんだ」
「単にブースターの方が強くて。…コスモスさん」
「あ、そういうこと…」
ユイキがクーバのスイッチを入れた。気付けばルナの影も天球に浮かんでいる。
「それじゃ、オレは仕事あるんでこれで。
 楽しんできて下さい?気に病むことも無くなるでしょうしね、色々」
「え?」
ソウタが問い返すより先に、ユイキは右手をひらひらと振りながらその場を離れてしまった。
小さな広場には、本格的にソウタ一人だけとなる。どんな形で行き方が見えてくるのかは分からないが、今のうちに現れて欲しいとソウタは思った。出来ることならば、住民に余計な騒動を撒き散らしたくはない。
見つめたルナからふと、金色の兎が”飛んだ”ように見えた。
「…っ!?」
違和感を感じて咄嗟に紙袋を抱き締めたソウタの判断は正しかった。
空中で、ぐるりと身体が一回転する。たった一回転で済んだのは、ソウタが靴型のクーバに親しんでいるが故の僥倖だった。
クーバのエンジンなど入れていないのに、身体が浮いている。
地表から5mほど離れ、何とかバランスは取れるようになったが、流石にまだ思い通りには行かない。それでも少しは落ち着いたソウタの耳が、ばさりばさりという背後の音を捉えた。
視線を後ろに向けた瞬間、ソウタは”少しの悪戯心”を落としかけた。本体は落とさずに済んだものの、隙間から真っ赤なフィルムのキャンディが二粒零れ落ちて、すぐに紛れる。
何故か、先程のユイキの感想を思い出した。
「…オレは知って…よくそんなもん…あっ、だぁぁっ、これか!」
ユイキはこれのことを言っていたのだと、今更気付く。ユイキはソウタの体質を知る、恐らくは唯一の人物である。
ソウタの目には、他人は全て一匹の鳥を伴って見える。多くの場合その鳥は所属する人物を背後から守るようにしているため、その人物に一対の羽が生えているようにも見える。
そんな自分に、橙色の翼が生えていた。
翼の動きによって、ソウタの身体はどんどん上昇していく。街はどんどん小さくなり、やがてタワーすら見下ろすようになった。
目に映る光景を、意識の半分で美しいと思う。残りの半分は違うもので支配されていた。恐怖なのか不安なのか期待なのか、ソウタ自身にも判然としない。
「もしかして、俺ってとんでもない所に向かってんじゃ…」
呟いて見上げた夜空には、常とは違う質感と距離感があった。本能的に、これが天球だ、と思う。しかしソウタの身体は上昇を止めようとはしない。
来るべき衝突に備えてぎゅっと目を閉じたのとほぼ同時に、ソウタは身体が飛ぶような、落ちるような、心臓の跳ねる感覚に吸い込まれた。


and it's party time...

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