Christmas Fantasy 〜3-2.Wild Card *02〜

少年の発言に、男たちは一瞬の間を置いたのち、どっと笑った。
 笑わなかったのは、少年の手が肩にのせられたままの牧師だけだ。

「さっきっから何を訳のわからないこと言ってやがる」
「俺たちに、その勝負を受けるメリットが一体どこにある?」

 男たちが笑いながら口々に言う。

「そうかな?少なくとも、クロコダイルの面々は大層な名前とガタイの癖に弱い者苛めしかできない。なんて陰口から名誉は守れると思うね。どうせ不当な利子だ。君たちに損は無いじゃないか」

 実はこっそりと彼らのやりとりを耳を欹(そばだ)てて聞いていた店の他の客は、ぞっと背筋を凍らせた。一瞬消えかけた剣呑な雰囲気が、再び周囲に広がる。

「・・・俺たちが誰か知っていて、喧嘩を売るとはいい度胸だな坊主」

 少年を鋭い瞳で睨みつけながら、低い声でゆっくりと男が言う。

「いいだろう。勝負してやる。但し、賭け事っていうのは同等の品をかけることで成立するんだぜ。お前は金を持っていないと言ったな。一体どうするつもりだ」

 びくりと牧師が体を強張らせたので、少年の視線がちらりとそちらに向けられた。視線に気付いた男が、釘をさす。

「教会はお前の担保にゃならねぇ。なぜなら、現時点で借金を返せていない以上、それは俺達のモノだからな」

 牧師は顔を青ざめさせて、小さく唇をかんだ。
 少年は少しだけ彼を見つめて優しくポンと背を叩くと、改めて視線を大男に据える。

「そうだな・・・僕、自身を」

 吐き出された言葉に驚いた牧師が立ち上がろうとして、抑えられる。

「・・・!いけませんっ!!」

 男がせせら笑った。

「は!お前を?馬鹿言うなよ。お前にそんな価値があるとでも?力もなさそうなひょろひょろと生っ白いガキが。力仕事をさせるわけにもいかねぇ」
「そうかな、これでも力には自信がある」

 少年は証拠に・・・と、牧師の反対側の椅子を片手で持ち上げた。その椅子に座っていた男ごと、だ。決して小柄ではないその男は、急に体が浮いたのに驚いて、うぉっ、と間の抜けた声を発した。
 周囲が目を見開いて見つめる中、少年はぱっと手を離して椅子を落とす。どすん、という鈍い音と、尻を思い切りぶつけた男があげるうめき声が、しん、とした店内に響く。いつの間にか店中がコチラを見守っていた。

 白い手袋をはめた手は、宙を滑るように移動して少年の喉に添えられる。

「他にも・・・いろいろ、稼ぐ方法も知ってる」

 人差し指が、意味ありげに白い喉をなぞった。最後に、白ピケのタイを弾く。
 男たちの刺すような視線に、少年は笑って応える。

「・・・自分で言うのもなんだけど。希少価値だって、高いと思うよ」

 さらに彼は額に手を置いて、シルクハットの下から飛び出す僅かな前髪を掻きあげた。
 蝋燭の頼りない灯りで、それまでは目立たなかった少年の瞳の色がその場に晒された。

 人にはありえない、紅い瞳。

 周囲が息を呑んだ。悪魔か、と誰かが囁く。
 少年がにっと不敵に笑うと、屈強なはずの男たちに悪寒が走る。
 クロコダイルのボスの口角が上がる。

「ふん。先に言っとくがな、坊主。賭場での約束は絶対だ。
 一度約束したら最後、どんなに後悔して泣き喚こうが変更はきかねぇぞ」

 少年が前髪を下ろして、その赤い瞳が隠れると、知らず縛られていた周囲の緊張が解ける。

「勿論。それを聞いて安心した」
「どうやら自信があるようだな」
「僕には幸運の白い鳩がついてる」

 周囲が再びどっと沸いた。

「鳩だって?鳩!!」
「ふん、そんな可愛らしいモノが守ってくれるほど世の中は甘くは無いぜ」
「どうかな」

 少年と男のやりとりを聞いていた周囲の客は、皆ため息をつくように首を振った。その店の、誰もが知っている。彼等に勝負を挑んで勝った者はいないということを。勿論、不当な手段で勝っていることも知っている。誰もが知っているのに それを指摘できないということは、その男が有無を言わせぬ権力を持っているということだ。

 少年は、勝負のためにと空けられた椅子に腰を下ろした。

 店中の誰もが、少年が負けること信じて疑わなかった

「ルールはドロー。最初は同等の持ち金でスタートして最初に持ち金の無くなった方が負け。お前が勝てばそこの牧師の借金はチャラ。こちらが勝てば・・・お前が借金分タダ働きだ。依存は無いな?」

 少年の前に、カードが突きつけられ、少年が 無いよ、と飄と答えた。
 牧師は青ざめたまま、首を振る。
 少年は心配ないよ、と牧師に向かって微笑んだ。

「おっと、忘れていた。その大層な上着と帽子は脱いでおいてもらおうか」

 赤い瞳が訝しげに瞬く。

「・・・何故?」
「何、イカサマ防止策さ」

 少年はふ、とため息をついて肩を竦めた。

「やれやれ、信用されたものだね・・・。だけど帽子は勘弁してくれないか。これが無いと落ち着かないんだ」
「いいから脱げと言っているんだ・・・!!」

 目つきの悪い一人の男が立ち上がって、少年の帽子に手をかけた。だが、その手は直ぐに少年に振り払われる。先程までの穏やかな雰囲気は唐突に消え、赤い瞳が鋭く男を見返す。ガタガタと周囲の何人かが椅子から立ち上がったが、その瞳が宿す炎に射抜かれて動けない。

「て・・てめぇ・・・!」
「触らないで、くれないか。上着は脱ぐと言っているんだ。そんなに信用できないって言うなら、そちらの誰かが僕の背後に立てばいい。僕は別に構わない」

 男達の視線がボスに集まり、ボスはいいだろう、と一人をあごで指した。指された一人が少年の背後に立つ。
 少年は静かに上着を脱いで、牧師に手渡した。自らシャツの袖もたくし上げる。

「これで、いいだろう?始めよう」
「ふん、後でわめくなよ」

 戦局は誰もが予想したとおりに進んでいった。
 少年の持ち金だけがみるみると減っていき、牧師は手の中の上着を皺になる勢いで握り締めていた。
 余裕の笑みを浮かべた大男が、椅子にふんぞり返る。

「坊主、諦めたらどうだ?」
「まさか。まだ勝負は終わってない」

 ベット、と少年が言う。
 一瞬ボスの視線が少年の背後の部下に向けられ、そして部下のサインにニヤリと笑う。

「ハッタリか、終わりだな」

 レイズと、掛け金が吊り上げられた。ここで少年が負ければ、少年の持ち金が消える。
 少年はチラリと大男の顔色を伺ってから、カードを3枚交換した。現れたカードを見て背後の部下が青ざめる。

「コール」
「・・・何!?」

 少年のカードが場に広げられる。ストレートフラッシュ。そしてボスがフォーカード。

「僕の、勝ち」
「は、一回のまぐれで勝った気になるなよ」

 だが、次の局も少年の勝ちだった。持ち金があっという間に逆転する。
 ボスに睨まれ、少年の背後の部下の額に冷や汗が大量に浮かんだ。

 次の手札で少年がふっと笑った。少年の持ち金が全て場に出される。

「なんだと・・・!?」

 開いたカードはロイヤルストレートフラッシュ。
 少年の逆転勝利だった。

「そんなバカな・・・!!」
「僕には幸運の白い鳩がついてるって言っただろう?」

 少年が椅子から立ち上がって、額面の書かれた白い紙を拾い上げた。

「賭場での約束は絶対、だったね?」

 大男は呆然として開かれたカードを見つめたままで、答えなかったが、少年は構わず紙を割いた。割いた紙が床に着く前に。少年は皺になった上着を受け取って苦笑いを浮かべながら、牧師の背を押して促した。
 どうしたら良いのかわからなくて戸惑っていた部下達が、はっと立ち上がって少年と牧師を取り囲む。だが、よせ、と低い声が響いた。
 二人は割れた人垣の間を通って店の外へと向かう。

「坊主、名前は?」

 背後から問われ、少年が足を止めて振り返る。

「・・・ダグラス」

「そうか。覚えておいてやる」
「・・・そう。光栄だね」

 笑った少年の顔が何故か寂しそうだと思ったのは、ずっと彼を見つめて表情を伺っていた牧師だけだった。

あの灯りの中に 帰る場所があったなら
どんなに幸せだっただろう