Christmas Fantasy 〜3-1.Wild Card *01〜

街の外れにある店からは、その他の店や家々とはまた別の熱気と灯りが漏れてきていた。近づけば、漂う酒気にそこが酒場であることが分かる。
 全てがそうとは言わないが、この酒場は半分が賭場となっているため少々柄が悪い。季節もイベントも関係ない家庭の無い男たちが毎日のように入り浸っては不健康な香りを漂わせる場所。今日も勿論例外ではなく、何人もが酒に賭け事にと溺れては、野太い笑い声を響かせていた。

 そんな酒場に突然入ってきた姿に、店内に居た幾人かが驚いて目を見張る。

 ひょろりと伸びた体に、きっちり着込んだ燕尾服と揃いのシルクハット。頬の稜線を覆う髪は黄金色で、癖っ毛らしくところどころで跳ねている。肌の白さはまるで陶器の人形のようで、乱暴に扱えば簡単に壊れるのではと思わせるほどなめらか。
 身なりも中身も育ちのよさを伺わせるその人物は、おおよそこんな場には似つかわしくないと思える少年だった。

 彼は周囲の視線を集めていることに気づいているのかいないのか。真っ直ぐ前を見据えて、奥のカウンターを目指す。だが、ふと途中で足をとめると耳をすませるように頭上のシルクハットを傾けた。
 店内は常に騒がしく、耳を傾けたところで何が聞こえてくるとも思えない。
 だけど少年は顔をあげると、その視線を迷い無く店の奥。隅のテーブルを広く占領してひときわ大きな笑い声をたてていた集団に向けた。テーブルの上に並ぶのは町外れの居酒屋に精一杯の酒と豪華な料理で、その集団がそこそこ羽振りが良いことを示している。

 彼はくるりとつま先を返し、そのテーブルを目指して狭い店内を進む。

「話が違います!」

 件のテーブルで、一人の男が椅子から立ち上がって声を荒げた。目の上できっちりと切りそろえられた黒髪が揺れる。年の頃は30台後半。染み一つない白いシャツは質素ながらも清潔感が漂よってくる。
 その男は、気の合わなさそうな屈強そうな男たちに周囲を囲まれながら声を震わせて言葉を続けた。

「お金を全て返せば、教会にも孤児院にも手を出さないと・・・!」

 男の正面に座っていた ― 多分この屈強な集団のボスと思われる ― ひときわ体の大きい男が厭らしいにやにや笑いを浮かべながら、ヒゲの剃り跡が残る顎をさすった。

「わざわざココまで足を運んで貰ってなんだがな。金が足りないんだよ」
「借りた分はそれで全てのはずです」
「残念だが、牧師さん。世の中には利子ってもんが存在するのさ。返済が遅れた分も誠意を持って返してもらわないとねぇ」
「・・・利子?」

 テーブルの上に白い紙が置かれる。そこに書かれた額面を見て、牧師と呼ばれた男は目を見開く。
 取り囲んでいる男達が揃いも揃ってボスに良く似た品の無い笑いを浮かべる。

「そんな・・・!こんなの直には無理です!!」
「払えないなら、出てってもらうまでだ」
「この冬の最中に・・・?小さい子供もいるんですよ?」
「そんなのは、俺の預かり知らぬところなんでね。神にお願いすりゃいいさ。慈悲深いあんたの主とやらは、こういうときには手を差し伸べてくれないのかい?」

 その言葉に牧師は何か反論しようと口を開いたが、直に諦めて力なく首を振った。そして手で目を覆い、崩れるように肩を落として椅子に座り込む。
 大男が殊更優しそうな声音で囁いた。

「別に命までとろうってんじゃないさ。荷物を纏めてさっさと出てってくれりゃいい」

 力ない肩に、大男の手が掛けられそうになったその時。別の手が牧師の肩にそっと置かれた。大男の胡乱な目が、その手の持ち主に向けられる。
 その手の持ち主は、先ほどの少年だった。周囲の男達に鋭い視線を向けられて怯むどころか口許にうっすらと微笑みさえ浮かべて、大男を見返している。

「なんだ、貴様は?」

 部下の一人が立ち上がって少年に詰め寄った。だが、少年の視線は正面の大男に据えられたまま動じない。
 無視された男が少年の肩を掴んで振り向かせようとしたが、大男が片手を上げて制する。

「坊主、何か俺たちに用か」

 少年は穏やかに微笑んだまま言った。

「そのお金。僕が変わりに払おう」

 牧師がばっと顔をあげ、振り返って少年を見上げる。

「はぁ?お前はなんだ。教会の関係者か」

 問われて、少年は首を振る。

「いや。只の通りすがりだけどね」

 何の関係も無い少年が、突然大金を肩代わりすると言って不審に思わない筈が無い。牧師自身ですら突然の救済の意味を理解できずに、ただ少年を凝視している。

「何が目的だ?」
「只の自己満足だよ。本来の役目が果たせない自分の無力さに辟易したんで、慈善活動でもしてみようかと思ったのさ」

 あどけなく笑いながら少年は言う。

「と、言っても。まさかそんな大金をポンと立て替えられるほど 僕はお金を持っていない」
「何が言いたい」

 大男は敵意を隠さずに言い放つ。
 意図がよめない相手との会話に、周囲の男たちもイライラが募って剣呑な雰囲気を放ち始めている。それでも少年はあくまでも表情を変えず、自分のペースも崩さない。

 凜とした声音がその場に響いた。

「そのお金をかけて。僕とカードで勝負しないかい?」



あの灯りの中に 帰る場所があったなら
どんなに幸せだっただろう