Christmas Fantasy 〜2. Melted Memory〜

雪が再び降り始めるよりも、もう少し早い時間のこと。
 花屋のエイミーはやっと途切れた客足にほっと一息をつきながら、残り少なくなった売り物の整理をしていた。
 整理しながら、先ほどの青年を思い出して思わず くすりと笑う。

 先ほど訪れたのは、花なんて買うのは初めてだと言わんばかりの青年だった。
 恋人へのプレゼントだろうか。
 どんな花が欲しいのかをエイミーに伝えるのさえ、真っ赤になってどもってしまってままならなくて。聞き出すのに非常に苦労したのだ。

 でもそんな様子がなんだか微笑ましく思えて、エイミーは花束に可愛らしいリボンを結んであげた。
 あの花束は、渡した誰かに気に入ってもらえただろうか。

 エイミーが手に持ったカサブランカの香りをそっと吸い込んだところで、店の扉にぶら下がったクリスマスリースの鈴が、ちりん と鳴った。
 花を元の位置に戻して、いらっしゃいませ、と笑顔で振り向けばそこには見覚えのある少年の姿。着込んだ燕尾服は夜空と同じ色。
 彼女はほっと息を吐いて微笑んだ。

「あら、ジョエル。今日は公園で手品はしないの?」

 シルクハットを目深に被り その下から金の癖毛を覗かせた少年は、恨めしそうに彼女を見た。

「エイミー、君は僕を凍えさせたいっていうのかい?今日はこれ以上待ったところで誰も公園に来やしないよ」

 エイミーはころころと笑う。

「そうね、だってクリスマスイブですもの。皆、家へと急いで帰っちゃうわね」

 ジョエルと呼ばれた少年は おどけるように肩を竦めた。

「商売上がったりだな」

 店内を歩こうとしたところで、背の高い彼のシルクハットが天井からぶら下がったプランタにぶつかった。

「ジョエル、あなた店の中でぐらいシルクハットをとったら」

エイミーがため息をつきながらそういうと、ジョエルと呼ばれた少年はさっと手で遮るマネをする。

「おっと、そうはいかないよ。そう言って君は僕のシルクハットを奪って手品のタネを覗こうっていう魂胆なんだろ?」
「見たってわからないわよ」
「どうかな」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 少年は一本だけ選び取った花・・・それは奇しくも先ほどのカサブランカだったが、それを軽く顔の前に掲げて首を傾げる。エイミーが値段を言うと、彼は一度ポケットをひっくり返してコインを探した。だけど、いくらひっくり返してもポケットは空のまま。
 エイミーが見つめるそばで、彼は思い出したようにパチンと指をならした。
 そして、白い手袋を嵌めた手に何も持っていないことを示してから、空中からコインを掴みだすマネをする。
 手のひらを広げれば、確かに一枚のコインがそこに乗っていた。

 エイミーはふふ、と笑う。

「コイン一つ取り出すのも一苦労ね。・・・・まさか、これで逆にお金をとるって言うんじゃないでしょうね?」

 少年が大げさに肩を落としてみせる。

「やれやれ、せっかく君のためにサービスで見せたのに。そんなにお金にがめつい奴と思われていたとは・・・ショックだな」

 エイミーは笑いながら、つり銭を用意しようとレジへ向かった。
 だけど少年はゆっくり首を振る。

「必要ないよ、エイミー」
「え?」

 彼女が振り向くと、少年は花をさっと背に回した。
 再び掲げられた花はいつの間にか代金に見合った本数に増え、さらには丁寧にリボンまで巻かれている。

 エイミーは微笑んで、取り出そうとしていたコインを元に戻した。

「君は仕事の後どうするんだい?」

 唐突に聞かれて、だけどエイミーはさらりと答えた。
 それは今日何度も彼女に気のある男性達が繰り返した質問だからだ。

「勿論、家で家族とクリスマスのお祝いをするわよ」

 少年は店のカウンターに寄りかかって、はぁ、と息を吐く。

「・・・やっぱり誘う前にフラれたか。それは残念」

 エイミーは ふと思い当たって気遣わしげな声を発した。

「ジョエル・・・」

 彼は旅芸人だ。この街には家族は居ない。

「ねぇ?よかったらあなたも一緒に・・・」

 少年はちらりとエイミーに視線を投げて、それからすぐに顔をそらした。
 上を見上げて考え込むような仕草をする。

「ふむ、それもいいね。君の父さんに殴られる役ってわけかい?」

 彼は自分の頬を軽く殴る真似をして舌を出した。

「うちの娘に手を出すなんて不届きなやつめ!ってね」
「ジョエル・・・!」

 エイミーが真剣な顔で呼ぶと、少年は振り上げていた手を下ろして苦笑を零した。

「・・・遠慮しとくよ。家族団欒の邪魔をするつもりはないんだ」

 視線を僅かにそらしたまま努めて明るい声を出す。
 エイミーが考え込むようにすると、彼は彼女に近寄って腕を広げてみせた。

「心配しなくても、実は僕を待ってくれてる女の子は結構いるのさ」
「プレイボーイ」
「誉め言葉だね」

 挨拶のキスをお互いの頬にかわす。

 離れてから、少年はエイミーの胸にぽん、と花束を預けた。
 エイミーは笑顔で、その花束を受け取る。

 再びちりんと鈴をならしつつ、少年は店の扉を開く。

「メリークリスマス、エイミー」
「メリークリスマス、ジョエル」

 最後にジョエルと呼ばれたとき。
 少年は微かに顔を歪めて何かを言おうと口を開いたが、すぐに首を振って言葉を飲み込んだ。街の灯りに気をとられていたエイミーはそんな少年の様子には気がつかない。

 少年はそのままそっと背を向けて人ごみの中へと消えていった。



 エイミーはしばらく扉の前に立って通りを行く人々を眺めていた。
 誰かが蹴飛ばした石がこつんとつま先に当たって初めて、長いことぼーっとしていた自分に気が付く。

 時間を確かめれば、もう店を閉める時間だった。
 慌てて店の看板をしまおうとして、ふと、手の中の花束に気が付いた。
 いつの間に・・・と首をかしげながら、巻かれたリボンを確かめると、そこにはしっかりと「エイミーへ」と文字が刺繍されていた。そういえば誰かに貰ったような気もするが、誰に貰ったのかいくら考えても思い出せない。エイミーはそっと花束の甘い香りを吸い込んで、ふわりと微笑んだ。そして彼女は、花束をそっと胸に抱いたまま店の中へと戻っていった。



あの灯りの中に 帰る場所があったなら
どんなに幸せだっただろう