その時、背後から差し込んだ神々しい光が 2人の影を薄く長く伸ばした。
少年がビクリと足を止める。
訝しんで振り返ったアリスのその瞳にも、青い星に差し込む明るい光が映った。
青い星が、透き通るように輝く。
それはとても美しいものに思えた。
アリスは少年にも同意を求めようと、その横顔を振り返った。
しかし そこにはあるのは想像と違う、辛そうな表情。
そのまま少年が自分の身体を両腕で抱きしめるようにして一歩下がる。
― どうしたの
アリスが声を発するとほぼ同時に、その背後で花畑が蜃気楼のように薄くなって消えていった。
驚いてアリスが少年にしがみ付く。
― 何。どうして
掴んだ身体が、寒さを感じたかのように震えた。
― 朝が、来たんだ・・・
少年が声を絞り出す。
― 目覚めるんだ、君が
― 皆、消えてしまう
そう言葉を紡ぐ間にもアリスの、少年の周囲で夢は解ける様に消えていく。
― 私、起きないわ
― あなたと一緒にここに居るって決めたの
朝の光は次第に、強く、眩しくなる。
アリスは期待を込めて少年の横顔を見つめた。
しかし少年はゆっくりと首を振る。
― 崩壊は始まったら止まらないんだ
― このままでは、全部消えてしまう
― 夢だけじゃない・・・・・・君も、僕も
そして、こちらを向いて胸が痛くなるような笑顔で笑った。
― 帰ろう
作り上げた世界が順に消えていって、遂には月面が再び一面の白い砂に占拠された。
― 私、忘れてしまうの
― あなたのことも
震えながらアリスは訊ねる。
少年は光の中でアリスを宥めるようにうっすらと微笑むと、シルクハットを取って深いお辞儀をした。
アリスは初めてシルクハットを取った少年のその姿を見て、涙でいっぱいになっていた目を見開いた。
視線は少年の頭上に注がれて離れない。
少年が頭を上げると、その頭上の二つの長い耳が揺れた。
兎
アリスが何か言うより早く、少年が言った。
― アリス、君が僕を覚えていてくれる限り
― 僕はまたきっと君の夢に戻ることができる
― だから大丈夫
手袋をはめた手がアリスの涙を拭う。
― さよなら、アリス
アリスはその手を握った。
涙の溢れる瞳は少年から離れない。
― 私、絶対、忘れないわ
すべてをこの瞳に、刻む。
少年は、少し戸惑ったような顔をした後、アリスの両頬に手を添えた。
― ありがとう
囁きの後、アリスは額に少年の唇が触れるのを感じた。
そして
アリスは自分のベッドの上で静かに目を覚ました。
ベッドサイドに気配を感じて振り向くと、籐の籠から金の瞳が覗いていた。
先日、家に連れて帰ってきた黒猫の瞳だ。
仔猫は上に書けた白い布を揺らしながら、何かと格闘しているようだ。
アリスはそっと籠に近付いて布を取り上げた。
仔猫がじゃれていた物。
拾い上げて見れば、それは白い鳩の羽根だった。
そういえば、夢をみたような気がする。
アリスは羽根を見つめながら夢の断片を思い出そうとした。
楽しい夢
どきどきする夢
切ない夢
そんな夢。
一緒に居たのは、一人の少年。
だめ、忘れちゃだめ。
言い聞かせても、記憶のカケラはアリスの指をすりぬけて砂のように毀れていった。