TheGrinningMoon 〜笑う月(7)〜

少年は、複雑な笑顔でアリスの差し出した手に触れた。

その瞬間、懐中時計のフォルムが歪んで、そして広がった。
周囲の星空が、文字盤の星空に塗り替えられていく。

文字盤に並んだ月がぐるぐると回転したかと思うと、目の前に満月が来たところで止まった。
すると突然、満月が爆発したかのように一面を覆う。

驚きと眩しさに、アリスは思わず目を固く閉じた。
その周囲で、世界が急速に収縮していく気配がした。

やがて周囲は静かになったが、アリスはまだ目を閉じていた。
握った手を通して、少年の鼓動が伝わってくる。

くすり、と笑う声がした。

― もう、大丈夫だよ

アリスはそっと目を開いて、そして歓声をあげた。
先ほどまで、満月の浮かんでいた場所に、青く透き通った惑星が見えた。
その周囲には、想像したよりも もっと深くて広い宇宙が広がっている。

― これは夢の中、それとも現実

アリスは尋ねながら、足を踏み出した。
足元は、どこまでも続く白い砂で埋められている。

― 素敵
― 私、今、月に居るのね

アリスは駆け出した。
体は、夢の中のように軽い。

― ねぇ、月ってば、砂以外に何も無いの

アリスが、息を弾ませながら少年に駆け寄った。

― 空の景色はとってもとっても綺麗だけど
― 花ぐらい咲いててもいいのに

ため息混じりに言われて、少年は笑いながらアリスの手をとった。
すると、あちこちの砂から緑色の芽が飛び出して、するすると伸びた。
その先端に大きな蕾がついたかと思うと、見る間に色んな色の花が咲く。
月面は、色とりどりの花に覆われて、足元の砂が見えないほどになった。

― こんな感じ

少年は、悪戯っぽく片目を閉じた。

アリスは、手を叩いて喜ぶと、次々とリクエストを考えた。
少年は、アリスの手を握って、そのイメージを一つ一つ形にしていった。

色とりどりの花の絨毯の上に白く輝く城
大きなメリーゴーランドを備えた巨大な遊園地
羽根の有る魚が空を飛び
遥か彼方で寝そべる山のような大きさのドラゴン

見たことも無いような奇妙な景色に、2人は顔を見合わせると、どちらからともなく声をあげて笑い転げた。

ひとしきり笑ったあと、アリスは城や遊園地をみてまわった。
とても賑やかで楽しい場所。
その筈だが、しばらく見て回ってから なんとなくアリスは物悲しさを感じた。
ここには、何かが足りない。

大きなシャンデリアで飾られた広間
華やかな馬たちを乗せて回るメリーゴーランド

そうだ、そこから陽気な音楽は聞こえてくるのに、人影が全く見当たらない。

― 人は誰も居ないのね

アリスが呟くと、少年が足をとめた。

― ・・・うん

少年の声音が寂しそうな理由が分かる。
なんでも出来る筈の夢の中。
でも、彼はそこにひとりぼっちなのだ。

アリスは少年に駆け寄って、自分からその手を取った。

― ねぇ、あれ。一緒に乗りましょう

ぐい、とアリスが手を引くと少年は足をよろめかせた。
アリスが笑って、駆け出す。
面食らった表情でその場に置いていかれた少年は、ややあってから 表情を綻ばせてアリスの後を追いかけた。

ただ君と一緒にいたかった