TheGrinningMoon 〜笑う月(3)〜

アリスは あの満月の日から毎晩、寝る前には必ず子供部屋の窓辺で月を見上げた。

そうしてただ月を眺めたり、懐中時計を眺めたり、ときには月に関する本を読んだりしていた。

だが期待とは裏腹に、月は何の変哲も無く欠けていく。
笑い顔と同じくらいの三日月になったときも、それはやっぱりただの三日月で、笑っているようには思えなかった。

アリスは今日も窓辺に座って、懐中時計を手のなかに置いて外を眺めていた。
眺めると言っても、夜空はここのところ降り続いている雨の雲に覆われて、月どころか星のひとつも見ることはできない。

本来なら、新月を過ぎてやっと膨らみ始める月が見えるはずだった。

アリスは手の中の懐中時計に視線を落とした。

懐中時計の中では変わらない星空が広がっていて、まぶされた砂糖のような星々が明滅している。

並んだ月はみな、ほのかに優しい光を放っている。
長針は針金のように細い三日月を指している。

毎日眺めていて気付いたことだが、どうやらこの懐中時計は時間を示すものではなくて 月の満ち欠けを示すものらしかった。

月が欠け、満ちていくとともに針が移ろっていく。

― 不思議

アリスは、この懐中時計を常に持ち歩いていた。
もし少年にまた出会ったとき、いつでも返せるように、だ。

だけど退屈なとき、落ち込んだときには アリスはこの懐中時計を開く。
明滅する星々は いくら見ても飽きなかったし、
月が放つ淡い光は少年の笑顔を思い出させた。
そうして月の光に守られているようで安心するのだ。

― だって、とてもあたたかい

アリスは時計を胸にあてて祈るようにした。

― また会いたい

顔を上げて窓の外をみたそのとき、アリスは視界の隅になにやら動くものを見た気がした。
懐中時計を持ったまま、窓にはりついて目を凝らす。

すると、暗闇の中。
向かいの家の屋根の上すれすれに、鳥のような影が二つ 飛んでいるのが見えた。

こんな暗闇、況してや雨だというのに、危なげなく飛んでいく。

その2羽が旋回して、アリスの居る窓辺のすぐ近くまで飛んできた。

それは、白い鳩だった。

鳩はその場所で何度か旋回すると、アリスの家の上空まで舞い上がって視界から消えてしまった。

窓を開けて上を見上げてみても、もうどこにも見当たらない。

― 鳩は夜でも目が見えるのかしら

そう思いながら窓を閉めていたアリスの口から、小さな欠伸が漏れる。

ベッドに潜り込んだアリスの枕元で、懐中時計が月の光に応えるかのように鈍く輝いていた。

ただ君と一緒にいたかった