TheGrinningMoon 〜笑う月(2)〜

子供部屋に着いてから、アリスはポケットの中身を取り出して繁々と眺めた。
それは金の鎖がついた蓋つきの懐中時計だった。
外側に模様めいたものはなく、新しくはないが丁寧に磨かれた本体はアリスの顔を鏡のように映しこんだ。

蓋を開いてみてアリスは思わず声を上げた。

文字盤には数字はない。
数字の変わりに月の満ち欠けの絵が円を描いて並んでいる。
そして、何よりアリスの目を奪ったのは、その夜空を模した背景だった。

いかなる仕掛けだろう。
夜空の星々が、まるで本物のように明滅している。

時計自体は壊れているのだろうか。
子供部屋の時計の針は7時を指しているのに、懐中時計の針は12時の位置を指している。
12時の位置に描かれているのは満月のようだ。

アリスは窓の外に目をやった。
空には満月がぽっかりと浮かんでいて、やさしい光を放っていた。

手元に目を戻す。
文字盤の上の満月も、ほのかに光を放っている。

アリスは窓辺に近寄って座ると、そこに並べられているテディベアの人形のうちの一つを自分の膝に載せた。
そうして開いたスペースに、もたれるようにして夜空を見上げる。

手の中の時計が月の光を浴びて、鈍く輝く。

― 不思議な時計。

再びその時計を眺めながら、アリスは思った。
少し動かすたびに 視界の端から星の光が ちりちり とこぼれる。

きっと少年がアリスを抱きとめたときに、胸ポケットに入っていた時計が滑り込んだのだろう。

― あのとき、

アリスが転びかけたとき、少年は走ったって到底間に合わないような位置にいたはずだった。
いつの間に傍にきたのか、アリスはちっとも気がつかなかった。
だから不思議だったのだ。
でも、姉は特に何の違和感も感じなかったようだった。

― まるで夢を見ているみたいな

体が軽くなる感覚。
アリスは、少年の笑顔を思い出した。

― また、会えるかしら

何気なく月を見上げたそのとき、アリスの目は驚きで見開かれた。

先ほどまでは満月だったのに、今 夜空にある月は三日月だ。
しかし、どこか普通の三日月とは違う気がする。

月の周囲には星が瞬いているのが見える。
雲に隠れているというわけではなさそうだ。

アリスは手元の時計に目をやった。
針は12時、満月の位置を差したままだ。

その周囲の三日月の絵と空の月を見比べる。

そう、普通三日月といえば 左右どちらかが欠けているものだろう。
なのに、この三日月は上部が欠けているのだ。

― 笑っているみたいだわ

アリスはそう思った。
確かに、にやにや笑う大きな口が夜空に浮かんでいるかのように見える。

そしてアリスが なおも目を見開いたまま見つめていると、かすかにその三日月が震えたように見えた。

体を揺すって笑っているかのように。

満月の光には魔力があるのだと、
だからまじないは満月の夜に行われることが多いし、悪いことが起きるのも満月の夜が多いのだと姉は言っていた。
だから、姉は満月を嫌うのだ。

魔力があるのは本当かもしれない。
でも、

― どうしてかしら、月はいつも
― とても寂しそうに見えるの

アリスには、月が嫌な物だと思えなかった。
夜空にぽつりと浮かんで、静かで、優しくて。

いつの間にか月は元通りの満月になっている。
もしかしたら見間違いだったのかもしれない。

手の中の月は、先程から変わらぬ光をたたえている。

月の光は、皆を守ってくれるから

少年の声がリフレインした。

― そう、とても優しい光だわ

アリスには少年の言ったことのほうが信じられる気がした。

ただ君と一緒にいたかった