贈り物の日:02 『アンジェからの贈り物』

「綺麗ね……」

 ヒューフロスト王国で一番、オーロラが綺麗に見えると言われる場所。
 観光に向いていないこの国でもこの時間、この場所だけは観光客で一杯になる。

「おいアンジェ、すりには会うなよ」

「もー、ミルド君は空気が読めないなぁ! それに私がスリに気が付かないと思う?」

 アンジェと呼ばれたのはまるで、貴族のご令嬢のような姿をした少女だった。そのアンジェに空気が読めないと言われたのが右隣にいる背が高く、背中に大きな両手剣を持った男。先ほどアンジェにミルドと呼ばれた者だ。

「アンジェ殿がスリに会う事は心配していない、アンジェ殿にスリをしてしまう者を心配しているのだ」

「あー、キサラちゃんまでそう言う事言うの?」

 アンジェの左隣、アンジェにキサラと呼ばれた女性はこの地方では珍しい東の国の服装していた。

「私だって、ちゃんと手加減も出来るようになったでしょ?」

「二日前に盗賊に襲われた時の失敗を思い出してから言いましょう」

「え、あれって私的に大成功だったけど、というかあおいちゃん何で私の後ろに?」

 後ろに居るのは長い棒を持ったあおいと呼ばれた少女。右には両手剣を背中に背負った背の高い男、左には独特な形の片刃の剣を持った女、背後には長い棒を持った少女。そしてその中央には貴族のご令嬢のような姿をしたアンジェ。
 何処の誰が見ても、“観光に来た貴族のご令嬢とその雇われ護衛一行”だった。

「あの、シオンさん……」

「私達って、この世界にとって復活させてはいけない存在を呼び起こしちゃった気がする」

「リフィル、ルミナス、言うな、俺もちょっと後悔している」

 そこから少し離れた場所に、頭を抑えた緑色の服のシオンと呼ばれた男と金髪の少女二人が立っていた。
 二日前、“観光に来た貴族のご令嬢とその雇われ護衛一行”を襲ってしまった盗賊達の話をしよう。




「アンジェ、お前に最初会った時魔物を退治した事で怒ってなかったか?」

「それは君たちが、人間にはそう言うことしないのに魔物にだけするからだよ」

 雪に覆われた平原、しかし“観光に来た貴族のご令嬢とその雇われ護衛一行”
 その周囲半径五メートルがクレーターと化していた。

「私はちゃんと、人間に対しても襲い掛かってきたら同じ対応をするよ?」

 ホワイトモンキー、この地方ではよく見かける魔物だ。ミルドたちは先ほどこの魔物に集団で襲われた、ミルドは同じ魔物であるアンジェは戦いずらいと思い、戦闘には参加しないで良いと言っていた。
 しかし、降り積もった雪にもぐり常にパーティーの背後を狙うその戦い方に予想以上の苦戦を強いられた。アンジェは雪で椅子を作り、そこに座ってミルド達が苦戦するのを見ながら紅茶を飲んでいたが、紅茶が飲み終わると立ち上がり聞く。

「手伝おうか?」

「すまない、頼む!」

 一瞬だった。アンジェが腕を振り上げると当時に、半径五メートルの土と雪が地中に隠れていたホワイトモンキーごとはるかかなたへと投げ飛ばされる。そして偶然地上にでていたホワイトモンキー達も仲間を追って走り去って行く。
 動作、腕を上げる。時間にして一秒から二秒だろうか?

「とりあえず、地形が変わる系はやめておこうぜ?」

「んー、ミルド君が言うなら……解った」

 それからパーティーは平原を進み、フューフロスト王国の近くに来た所で盗賊に遭遇する。

「アンジェ、手加減の練習してみるか?」

「うん解った、やってみるね」

 逃亡対策か、パーティーを囲むように現れた盗賊たちの方へ歩み出るアンジェ。

「あぁ? 修道女さまが布教活動か?」

 物騒な物を持っているミルド、あおい、キサラと違い、アンジェは何も持っていない。
 そもそも人数的に自分たちの有利を確信している盗賊は余裕の様子。
 それもそのはず、パーティーを囲む盗賊の数は四十人以上いた。

「あら、フードの三つ羽根が見えないのかしら? それとも私の知っている常識が古いのかしら?」

「何言ってやがる! テメェらやっちまえ!!」

 アンジェへ襲い掛かる盗賊たち、しかしアンジェの目の前に来た盗賊達が突如として倒れ始めた。
 アンジェに近い順にばたばたと倒れていく盗賊たち。

「な、なんだこりゃ!?」

 何の前触れも無く次々と倒れていく仲間をみて腰が抜けたように逃げていく盗賊たち。
 まだ勇気をもってアンジェへ襲いかかる盗賊たち。
 ここで、アンジェは深く被っていたフードを取る。

「愚かで脆弱な人間どもよ、このアンジェ・オリハルコンに手を出してどうなるか解っていようなぁ!」

 バチバチバチ!! 突如としてアンジェの周囲を囲むように雷の柱が現れる。

「うわぁぁぁぁぁあああ」

「ハーーハッハッハッハ」

 倒れた仲間達を背負って無我夢中に逃げ出す盗賊たち。
 その様子を呆然と見ていたシオンが補足情報を提示する。

「この地方では、悪い子はアンジェ・オリハルコンに食べられると言う言い伝えがあるらしい」

「だいたい合っているね」

 その言葉に頷くあおい。

「おいアンジェ、何か楽しんでないか?」

 後ろで皆が何か喋っているような気がするが、アンジェは気にしていない。

 このような経緯から、街中であのような事が起きてはいけないと右にミルド、左にキサラ、後ろにあおいのアンジェ防衛網が完成したのだ。主に守っているのはアンジェではなくアンジェの周りの人達である。

「どの辺りが大成功だったの?」

 あおいの質問にアンジェは当然のように答える。

「油断している相手を最後は絶望とともに撃退する、完璧だったじゃん?」

「「「はぁ……」」」

 アンジェの周辺の人々護衛隊三人から同時にため息が出る。

「何でため息が三人同時にデュエットするのぉ?」

 不服そうに声を上げて上目ずかいにミルドを見るアンジェ。
 その表情と仕草はプロフェッショナルだった。

「……飯は何処にするよ?」

「勿論この国で一番豪華なお店!」

 またもや得意の上目ずかいでミルドを見るアンジェ。

「ダメ?」

「ダメ」

 さすがに二回連続の使用は効果が無かった。
 しばらくプロフェッショナルな上目ずかいを続けていたアンジェだが、ふと表情を元に戻す。
 そして、にっこりと笑った。

「ま、私もミルド君のお財布事情が解らないほど子供じゃないよ、この町の名物料理が食べられれば文句ない」

「解った、それぐらいは何とかするぜ」

 ミルドたちパーティーは宿屋兼、酒場をやっている店を探して入った。

「さて、これからの話だけどね」

「アンジェは北の地方にしか居られないだろ? ならアドニア王国は無理だよな」

 即座に反応するミルド、他の皆も話を進める。

「ならやっぱりインテグラの図書館じゃないかな?」

 当然のようにアンジェの観光地めぐりに協力するミルド達、つい最近知り合ったばかりなのに。
 どうして皆は私にこれほど親切なのだろう? アンジェは心の中でそんな事を考えた。

「そうじゃなくてさ、私の持っているお金って全部古くて使えなかったじゃん?」

「そうだな」

「それはもう、歴史的価値が有りそうなぐらい古かったな」

「私もさ、このままミルド君におごられっぱなしはダメだと思うの」

「俺は別に大丈夫だぜ? 国で一番豪華な店とか言わなきゃ」

 わいわいと酒場にて会議を進めるパーティー、アンジェも麦酒を片手に続ける。
 姿がまだ未成年なアンジェが普通に酒を飲む姿はどうしても違和感が残った。

「そこで、第一回アンジェの就職先決定会議ぃ!」

「とりあえず、魔物退治やっていれば食うには困らないぞ?」

「ミルド君ウィンナー没収の刑!」

 ミルドの皿にあったウィンナーがアンジェの口の中へ消える。

「インテグラで魔術の教師は?」

 自信に満ちたあおいの提案、しかし。

「それじゃ観光地めぐりが出来ないぞ」

「それに私、年取らないから多分数年でまずい事になる気がする」

 その後も様々な意見が出たが、結局まとまらなかった。
 食事も終わりそろそろ二階の宿へ移ろうかとしている時、こちらに小さな女の子が歩いてきた。

「あ、ミルドさんたちじゃないですか!」

「フィーナちゃん?」

 あおいが歩いてきた少女の名前を呼ぶ。

「ししょー! ミルドさんたちですよ」

 その声に、後ろから茶髪の男が歩いてくる。

「お、ジルもいるのか」

「久しぶりだね、そちらの方は?」

 ミルドにジルと言われた男の目線の先には意味も無くフィーナの頭をなでるアンジェの姿。
 ジルの目線に気が付いたアンジェが名乗る。

「初めまして、アンジェ・オリハルコンです」

「ジルだ、初めまして」

 その後、ジルとフィーナを入れたパーティーで酒場の宴会がさらに続いた。

「アンジェさんはどうしてミルド殿たちと知り合ったのかね?」

「ちょっと辛い事が有ってお屋敷に篭っていたら、ミルド君たちが突然お屋敷に入ってきて」

「ミルド君、家宅侵入罪だよ」

「……」

 いくらジルでもここでアンジェの素性を暴露するわけには行かない。
 ここはアンジェに口裏を合わせるしかなかった。

「こんな何も無い所にずっと居るのは良くないと言って連れ出されました」

「ふむ、それは難儀な……」

 今はまるで貴族のご令嬢のような服を着ている。
 さらに猫かぶりもプロフェショナルなアンジェの演技は完璧だった。
 まさに、貴族のお屋敷から連れ出されたお姫さま!

「ミルド殿、君の判断が正しかったかどうかはこれから決まるのだ、連れ出したからには最後まで、幸せにするのだよ?」

「え、いや、なんていうか……」

 そんな言葉に、ミルドが反応に困っておどおどとする。
 それを見ていたアンジェが下を向いて震え始めた。

「ククク……」

「ハハハ!」

 すると、先ほどまで真面目な顔をしていたジルも珍しく大笑いをする。

「アンジェ殿、私の勝ちだな!」

「だって、もう……無理、我慢できなぁぃ」

 アンジェにいたっては笑いすぎてまともに喋れてさえいない。
 呆然とする他のメンバーを置き去りにしてアンジェとジルはひたすら笑い続けた。

「すまない、実はアンジェ殿とは前から面識があったのだよ、勿論アンジェ殿の素性も知っている」

「な……」

「ちくしょぉぉぉおお! 騙された!」

 二人は綺麗にミルドを騙してその反応を楽しんでいたのだ。
 もともと、アンジェの事情を知っていたジルはアンジェの姿を見つけた瞬間にアンジェが何かを企んでいると考えた。ただ無気力に氷の城で過ごしているだけだったが、いつかつての怒りが人間へ向いてもおかしくない。
 そして、まずは他人と言う事で接して様子を見たのだ。

「それじゃ、そろそろ寝ようか?」

 皆で楽しい気分のままパーティーは二階の宿へ入る。

「アンジェさん、入っても良いですか?」

「良いよ、フィーナちゃん」

 アンジェも今は貴族のご令嬢のような服も脱ぎ、寝巻きの姿をしていた。
 対してフィーナは、いつもの服装のままだった。

「どう、魔道師の勉強は進んでいる?」

「私今、召喚師をしています」

 その言葉で、フィーナが何故この部屋に来たのか。何故、ジルがこの北の地方に向かっていたのか。それに大体の予想がついたアンジェはフィーナの様子を伺い、次に出てくるであろう言葉を静に待つことにした。

「私に、力を貸してください」

 お辞儀をするフィーナ。アンジェはその頭を優しくなでる。

「私、魔力的には低級の魔物ぐらいしかないよ?」

「それでも人間と比べれば計り知れないほど大きいですし、魔物で人間の魔術が使えるのはアンジェさんだけです」

「解った、それじゃぁテストしてあげる」

「ありがとう御座います!」

 ぱぁ、と明るい顔になるフィーナ。
 しかしアンジェは人差し指を立てる。

「ただ、ひとつだけ約束して?」

 その言葉にフィーナは頷く。

「フィーナちゃんに呼ばれても、私はその場で私が正しいと思う方の味方をする、良い?」

「はい!」

 フィーナの軽快な返事に再びフィーナの頭をくしゃくしゃとなでるアンジェ。

「それじゃテストの内容を公開します」

 真剣な表情でうなずくフィーナ。

「私が昔行商人として旅をしていた頃の風習だけどね、この時期に誰かに贈り物をする風習があるの」

「その風習いまでもありますぅ!」

「なら話が早いは、そこで……」

 アンジェの部屋の明かりが消えたのは、それから数時間後の事だった。




「おいアンジェ、朝だぞ!」

 ドアの外でミルドがアンジェの部屋のドアを叩く。

「おはよぉー」

 しばらくして気だるげな声と共にアンジェがドアから顔を出す。

「朝だ」

「うん朝だね、それじゃぁおやすみ」

 そしてアンジェが閉めようとしたドアをミルドが即座に押さえる。

「違う、朝はおはよう、だ! 今日も回る観光地が山ほどある、早く支度をしろ」

「わか……た」

 フラフラと部屋へ帰っていくアンジェ。
 本日、これと全く同じ会話を三回行っていた。

「私思うけど、朝の起き難さって攻撃力に比例してない?」

 後ろであおいがそんな事を呟いた。

「あおい、起してきてくれ」

「えー、リー兄級だったら自信ないけど……」

 しばらくして、ゴォォン。
 と大きな音が宿屋中に響き渡り、一階の酒場へアンジェとあおいが下りてきた。
 あおいは先に下りていた他のパーティーを見つけるとブイサインを出す。

「リー兄よりは簡単だった!」

 その後ろに、フードを深く被り修道女の姿をしたアンジェが頭を抑えて降りてきた。
 テーブルに着くなり突っ伏して呟く。

「いたぃ……」

 その様子をみていたフィーナがアンジェの頭をなでる。

「痛いの痛いの……とんでけ」

 そのほほえましい光景にパーティー全員の心が和む。
 その後、遅めの朝食が開始された。
 アンジェの食事だけが激辛だった事は言うまでもない。




「建国王は雪に閉ざされた地を司る雪の女神と結ばれて王国を作ったらしい」

 ガイド役はジルが引き受けてくれた。
 現在パーティーは女神の銅像の前にいる。

「王族はその末裔として奉られており、王族に仕える事ができるのは国教の祭務官か聖騎士に限られる」

 アンジェはジルの言葉を聞きながら、沈む夕日の光に輝く銅像を見ていた。

「ここが……一番良いかな」

 アンジェはそう呟くと振り返り、全員を見渡す。

「私から皆にプレゼントがあるの、ちょっと準備に時間が必要だから待っていて?」

 不思議な顔をするパーティーを置き去りにそう言うとアンジェはフィーナを連れてまっすぐに宿屋の方へ走って行った。宿屋に着くつとアンジェは修道女の服装から氷の城で着ていた青い服に着替え、フィーナにも豪華な飾りの付いた儀式用の杖を手渡す。

「ただいま!」

 二人が帰って来たのはすっかり日が落ちてからだった。

「舞を披露します」

 そう言って下を向きたたずむアンジェ。すると、日が落ちているにも関わらず周囲が青く輝きだす。
 周りにいた観光客や町の人々も、何かのイベントかと思い集まりだした。

 シャン。フィーナが杖を振ると、豪華な飾りが音を出す。シャン、シャンシャン、シャンシャンシャン。その音は次第にリズムを刻み、アンジェはその音に乗って踊りだす。蒼く輝く杖を持って円を描くように舞うその姿は後ろの銅像もあってか女神のように見えた。

 飾りの音だけのはずが、そのうち周辺の人々には音楽が聞こえ始める。
 鈴の音のような、心を暖かくする音楽が周辺へ広がっていく。

「「パチパチパチ」」

 音楽と舞が終わると、観客から大きな拍手が巻き起こった。
 一番近くで見ていたパーティー達も、喜んでくれたようだ。
 アンジェは最後に深く礼をすると、持っていた杖を空高く投げ捨てて言う。

「世界中の皆に、綺麗な雪の一夜をプレゼント!!」

 アンジェの投げた杖ははるか上空で砕け散ると、そこから巨大な魔方陣が出現する。
 この日、この夜、ウィンクルム全域に綺麗な雪が降り注いだ。




アンジェ、ミルド、キサラ、シオン、ジル、フィーナ
文:黒い帽子

終わり無き冒険へ!