秋の大運動会SP 準備編:03 『とある雪国にて』

「チャオ、イヴェル様に招待状をお届けに来ました」
 見知った郵便屋の少女に言われ、イヴェルは目を瞬かせた。
 職業柄各地の専門家や学者に手紙を送ることが多く、また必然的に手紙を受け取る機会も多い。その中で招待状を送られるなどということは滅多に無い話だった。
「招待状って……何のだ?」
「インテグラで大運動会やるんですって。イヴェル様も出たらどうかしら?」
「運動会か……論文途中だし」
 三点倒立をしていたイヴェルは腕の反動で跳ね上がりそのまま回転して片足で着地した。少しバランスを崩しよろけるが何とか踏ん張る。
 彼は少し苦い顔をした。
「あー、やばいな運動不足だ」
 理論を組み立てながら直前までトレーニングを積んでいた男の言う言葉ではないが、プランタンはにこりと笑う。
「運動不足解消にいいわよ。それに身体を動かせば何かいい事が思いつくかもしれないわ」
「だな」
 杖を取ってバランスを取り戻すと、イヴェルは汗を拭きながら彼女から手紙を受け取る。主催者が誰かとも分からない招待状にはイヴェルの名前だけが書かれている。封を開け、中を見ながらイヴェルは苦笑した。
 開催日くらいしか決まっていないようだ。
 イヴェルは紅組と示されていたが、どれだけの人数が参加し、どれだけの競技があるのかも分からない。誰が企画したのか知らないが、企画倒れにならなければいいなと思う。
「開催日は……は? 今月15日から三日?」
 イヴェルは慌てて日付を確認する。
 今日の日付で13日。
 ここからならばイヴェルの足でも半日あれば辿り着ける距離ではあるが、急すぎる。今から届いた遠くの人はどうやって来るのだろうか。
「セレネ・ソルの魔法使い達が協力して下さるようよ」
「あー、なるほど。あそこの人たちならやってくれそうだな」
 そして一見無茶なことでもこなしてくれそうだ。
 それにしても、と思う。
 インテグラで急遽開かれる事になった大運動会にはおそらくアルフレドも強制参加させられるか、実行委員会として駆り出されているかしているだろう。
 真面目な気質の彼のことだ。ろくに眠りもせず倒れるまで働き通すだろう。彼の精霊達が止めるだろうが、これは早めに向かって手伝った方がいいかもしれないと思った。
(あ……)
 不意に頭の中に少女の姿が浮かぶ。
 そう言えばこうしてあらゆる地域に招待状が届いていると言うことは、あの浮島の少女達にも届いているのではないだろうか。
 久しぶりに会うのだから、何か手みやげでも持っていけば喜ばれるだろうか。
「なぁ、ラン」
「はい?」
「どこかおいしい甘味処知らないか? 土産を渡したい奴がいるんだ。一緒に選んでくれないか? あ、当然ランと犬っこの分もな」




セレネ・ソルにて(11日夜)

「ジル? 何読んでるの?」
 シルヴィアに問われ、ジルはテーブルの上にそっと手紙を置いた。
「インテグラで大運動会があるようだよ。トムが珍しく泣きついてきてね」
 くすくすと笑いながらジルはシルヴィアが淹れたお茶を受け取る。
「ありがとう。……突然開かれることになったようだけど、このままでは遠くから来る客人が間に合わないようだね。シウの魔法使いを借りられないかという話だよ」
「運動会? あ、私、赤だったよ。何のことだかわからなかったけど」
「ああ、残念ながら私とは分かれてしまったようだね」
「!」
 びくり、と身体を振るわせ、ボロボロと涙を流す彼女を見て、ジルは逆に驚く。
「何故泣いているのかね」
「だって……だって」
 彼女は良く泣く。それは気を許されている証拠なのだと、ジルは知っていた。優しく諭すようにジルは続ける。
「今回はチームが違うだけで別に敵同士になった訳でもあるまい。フィーとは同じではないのかね?」
「うん……でも……」
「大丈夫だよ、シルヴィア、組が違っても離れて居なければならない訳じゃない。どうしても嫌なら当日ここに居てもいいんだよ」
「……本当?」
「ただし私は出なければならない。デュナンも出ることになるだろうね」
「……」
 困ったような彼女の顔。
 セレネ・ソルでも気を許している人間は少ない。デュナンがいるのなら彼女も気が休まるだろうが、それもいないとなると不安でたまらなくなるのだろう。
 ジルはふわりと微笑んだ。
「私としては君に一緒に来てくれるとうれしいのだけどね?」
「!」
 言った瞬間彼女がぱっと明るい笑みを浮かべた。
「一緒に来てくれないかね?」
「わ、私も行く!」
 言ってから彼女はとたん顔を赤くして目線を逸らした。
「べ、べつに、ジルが行くから行くって訳じゃ……」
「私は嬉しいよ」
「!」
「君と一緒にいられると嬉しい」
「あう……え、えっと」
 反応に困った様子を見て、ジルは笑って彼女の髪を撫でる。彼女は更に顔を赤くして硬直した。
 その様子が可愛らしくてジルは小さく吹き出した。
「楽しい運動会になるといいね」
「う……うん」
 ジルはお茶を飲み席を立つ。
 不思議そうに彼女が見上げてきた。
「インテグラにはソフィーがいるから大丈夫だとして、各地に転移魔法や移動魔法が使える人員を配置しなくてはね。……シルヴィ、君はどうする? 一緒に来るかね?」
 手を差し出すと彼女は満面の笑みを浮かべて飛びついた。
「うん!」




南西の大国にて

「どーだ、終わってるだろ」
 涼しい顔で書類を見せたヒルトに対し、アリオトはわなわなと身を震わせた。
「終わってますね。終わってますよ。……でも、だったらどうして最初から全力でやってくれないんですか!」
「あーん? んなもん、アレだ。目標もなしに本気だせるかってーの」
「あんたって人はーーー!!」
 ばん、と机を叩くとその勢いで書状が二、三通転げ落ちる。
 アドニア王家の紋章の入った蜜蝋で止められた手紙は赤毛の女の足下まで転がり止まる。その手紙を拾い上げて彼女は息を吐く。
「……どうかしたの?」
 後から声をかけられ、リーザは振り返り頭を下げる。
「おはようございます、シーリィン様」
「おはよう、リズ。……お父様達どうしたの?」
「陛下が大運動会に出ると仰ったんです」
「ああ、私の所にも招待状が届いたわ。それで危険だからとアリオトさまが反対でもしているの?」
「いえ、仕事が山積みでしたからそれを片づければ出てもいいと。とても一日で終わる量ではなかったのですが……」
 貯めにため込んだ仕事は国王の印がなければ実行できないものや、他国の王や要人への手紙が殆どでいつもの王の仕事ぶりから見積もっても不眠不休で一週間はかかる仕事量だった。
 だが、お酒を断ち本気を出した国王は早かった。
 昨日の昼から始まり夜を経て、朝の時間には終わっていた。しかも不備のある書類を弾き直させ、更に吟味した上で許可を出すなど、異常な速さで行った。付き合わされた外務内務双方共に疲れ果てた様子だったが、ヒルトは余裕の表情で笑っている。
 楽しそうな行事に参加したいという王の出した本気はその後もある種の伝説となって語り継がれることになる。
「お父様は目標があればそうなのよね……」
 長年父親を見てきたシリンは遠い目で彼を見る。
 元々仕事が出来る人なのは確かだが、今回の場合は火事場の馬鹿力のようなものだとシリンは思う。
 そう言う人なのだから仕方がないと思いつつも、普段のアリオトの苦労を知っているシリンは怒りたくなる気持ちも理解できた。
「そう言えばリズはどちらになったの?」
「私は紅組です」
「あら、なら敵同士ね」
 言われ、リーザは慌てる。
「敵だなんてそんな……」
「武道大会ではないもの。楽しみましょうね。私貴女と一度本気で何か競ってみたいと思っていたのよ? 立場を気にせず本気で」
 挑戦的な眼差しをシリンは彼女に向ける。
 アンデリセンの家に預けられるまでの短い間だが、城内で姉妹のように過ごしたのだ。同年代の娘達の中でもリーザは特別であり、妹のように思っている。だからこそ、一度本気でぶつかってみたいと思っていた。
 普段の彼女はシリンの「姫」という立場に遠慮をしているのだから。
 視線を向けられ、リズの目の奥に少し輝きが生まれる。
「わかりました。本気でやらせて貰います」
「ふふ、負けないわよ」
 言うと彼女も僅か笑みを浮かべた。
「それはこちらのセリフです」




イヴェル・プランタン・ジル・シルヴィア・ヒルト・アリオト・シーリィン・リーザ
文:みえさん。

終わり無き冒険へ!