Novel:24 『北の……、アンジェ・オリハルコン』

 ウィンクルムの北、あたり一面を氷で埋め尽くされた不思議な村があった。

「あそこに見える城は何か、じゃと?」

 聞き返す老人に、手に棍を背負った黒髪の少女が頷く。
 後ろには金髪の小柄な少女が二人。

「あの城の主には多くの通りながある」

 老人はそこで一息つくと、物語を語るように喋りだした。

「人型の天災、オリハルコンを司る者、北の魔女、のアンジェ・オリハルコン」

 少女は自分が欲しい情報だと確認すると銅貨を一枚老人に渡す。
 老人は頷くと話を続ける。

「今までに何十人もの者が討伐に向かったが、全て無駄だった」

「弱点とかは解りませんか?」

 少女の問いに老人は首を振る。

「氷の魔術を得意とする、それしか解らん」

「ありがとう御座いました」

 少女は老人に一礼すると、氷の城へ向かった。

「人型の、魔物退治?」

 冒険者ギルドの前で腕の良い冒険者を探していた吟遊詩人の台詞に。
 背中に両手持ちの大剣を下げた、薄い青髪の青年は聞き返した。

「相当な強敵らしいですが、報酬は弾みます」

「そうか、強いのか」

 青年は笑顔で右手を出す。

「ミルド・イーリアだ」

「シオンです」

 氷に包まれた不思議な村で、二人は契約の握手を交わす。
 その時、後ろから不思議な服装の女性が駆け寄ってくる。

「遅れてすまない、ん? ミルド殿ではないか」

「お、キサラか」

「お知り合いでしたか、それなら話が早い、今回はこの三人で行きます」

 三人は北の城へ向かった。

「あ、シオ兄! ミル兄!」

「お、あおいか?」

「リフィルです」

「ルミナスだ」

 六人は道中で出会う。

「ただでは働かないシオ兄が何でこんな所にいるの?」

「生きたバグキャラ、のアンジェ・オリハルコンに用があってな」

「あ、私も! 一緒に行かない?」

「今回は戦力が多い方が良いからな」

 六人は自己紹介をしながら北の城へ向かう。

「消耗を抑えるためなるべく戦等は避けて行きましょう」

 シオンが、そんな事を言った矢先の事だった。
 パーティーは魔物に囲まれる。
ホワイトモンキー、北の地方で良く見かけるモンスターだ。

「無益な殺生はしたくないが貴様ら、道を阻むというなら容赦はせぬ!」

 数は二十、群れを成さないホワイトモンキーにしては不自然すぎる数だ。キサラ周囲を見渡し戦気を剥き出しにする。背中にはミルドとあおい、三人の真ん中にシオンとリフィル、ルミナス。数瞬の沈黙の後、魔物の群れはパーティーに襲い掛かった。
「やっと、ラスボスか」

 ホワイトモンキーの群れを退治した後も、本来群れるはずが無い魔物達が次々とパーティーを襲ったが。ミルドとキサラが切り、あおいが叩き、リフィルが癒し、シオンが歌うこのパーティーに抵抗できる魔物は居なかった。
 パーティーは殆ど体力を使う事無く氷の城の最深部にたどり付く。

「こんにちは」

 綺麗な、透き通る声が部屋に響く。
 輝くような金髪、聖職者を思わせる服は青色をしている。思わず息を飲むほど美しい顔、あおいと同い年のように見えるが、悲しみと絶望が混ざったような瞳の光と感情を感じられない表情がその全てを台無しにしていた。

「私を討伐しに着た勇者君たちよね?」

「アンジェ・オリハルコンか?」

 シオンの問いにアンジェは静に頷く。

「我が名は北の魔女、アンジェ・オリハルコン」

 王座のような椅子から立ち上がり、続ける。

「愚かで脆弱な勇者どもよ、この私に喧嘩売るとどういう事になるか教えてあげるわ」
(エメト)
「emeth」(真理)

 アンジェが小さく呟くと、パーティーの目の前に十二体のゴーレムが現れる。

「いきなり!?」

「いきなりでは無いわ」

 思わず叫んだあおいにアンジェは答える。

「仲間を先に倒したのは貴方たちでしょう?」

「あれはあいつ等が仕掛けてきたからだ」

「もし、それが人間だったら貴方は同じ行動を取った?」

 キサラの反論も一蹴するアンジェ。
 会話の不能を理解したパーティーは襲い掛かるゴーレムを迎え撃つ。

「「遅い」」

 ミルドとキサラの言葉が重なる。防御力、攻撃力共に人間より桁違いに高いゴーレムだが、二人の速度の前には何の意味も成さなかった。ミルドの振り下ろしが足を切り、キサラの一閃がゴーレムを胴体から両断する。

「栄光」

 残りのゴーレム数が三体になった時、アンジェが新たに言葉をつむぐ。巨大な魔法陣が出現し、そこから弾丸が打ち出される。巨大だが弾は一発、当たるはずの無い攻撃は残ったゴーレム三体を打ち抜き、石の雨となってパーティーを襲う。

 先頭の三人は必死に石を弾き、時には体で石を止める。
 シオンは疲労回復の歌を歌い、リフィルは三人を回復させ。
 ルミナスが石を死角にしてアンジェへ接近する。

「喰らいやがれ!」

 回避不能の射程で火炎の魔法を放とうとするルミナス。
 しかしアンジェはそれを見るとニヤリ、と笑う。

「残念」

 アンジェがルミナスへ向かって指を小さくクルクルと回すと。
 出る直前だったはずのルミナスの魔法は不発に終わる。

「甘く見ちゃダメだよ」

 アンジェはそう言うと、指先から氷の固まりをルミナスへ向かって撃ち放つ。

「その通りだ!」

 氷がルミナスを吹っ飛ばした時、キサラがアンジェの眼前へ居た。ルミナスが作ったスキに石の雨を正面から、体を削りながらキサラは奇襲を仕掛けていたのだ。回避不可能の射程から、全てを両断する一閃が煌めく。

「でしょ?」

 響く、金属音。突如として虚空から現れた蒼く、長い杖。
 それが全てを両断するはずの、必殺の一閃を防いでいた。

「危なかったけどね」

 アンジェは杖を掴むと、完全なスキを作ったキサラのみぞおちをその杖で突く。

「ウォォォォオオ!」

 直後、石の雨が終わってから走り出していたミルドの大剣がアンジェを襲う。
 寸前で避け、今度は横なぎ一撃をミルドの顔面へ叩き込む。

「……」

 無言で、大声を出して存在をアピールしたミルドの後ろからあおいが迫る。
 あおいはアンジェと数回打ち合うと、アンジェの杖を弾き飛ばす。

「体術はそんなに得意じゃないのね」

 無防備になったアンジェへあおいが攻撃を入れようとした時、暴風が吹き荒れる。
 あおいの攻撃は空を切り、アンジェは背中に氷の翼を生やし空を飛ぶ。

「奥の手ぐらいは残しておくべきだよ?」

 そう言うとアンジェは吹き飛ばされた杖を吸い寄せ、空中で回転する。
 蒼い杖が赤く輝く。

「地獄の業火で焼き尽くされなさい」

 回転の勢いを使い振られた杖から紅蓮の炎がほとばしる。

「ベリアル!」

 一瞬アンジェの後ろに黒い天使の姿が映り、炎の大きさが爆発的に増す。
 視界を埋め尽くす炎は氷の城を蒸発させ、氷に閉ざされた大地が地表に現れる。

「私も、奥の手ぐらい有るわ」

 炎が通り過ぎた後、巨大な扇を持ったあおいを先頭に、パーティー全員が健在だった。
 アンジェは無言であおいの後ろに氷の槍を出現させ、放つ。

「危ない!」

 直ぐ後ろにいたミルドがあおいを突き倒してそれを防ぐが、腹に氷の槍が刺さる。

「ミルドさん!」

 リフィルが即座に癒すが、貫通した傷を癒すのには時間が掛かる。

「アンジェ」

「何、時間稼ぎ?」

 突然喋りだしたシオンにアンジェは軽く答える。
 アンジェが地面に降り立つと、翼は消えた。

「俺は、各地を旅していてお前の様々な噂を聞いていた」

 アンジェは攻撃を休めずにシオンの言葉に耳を傾ける。

「比較的新しい噂には悪の、北の魔女としての噂が多い」

「私はここで私を討伐しに来る勇者君を返り討ちにしているだけなのにね」

 覚醒したあおいと、アンジェの実力は拮抗している。
 ただし必死に攻撃を防ぐあおいに対してアンジェにはまだ余裕がある。
 何時その拮抗が崩れるか解らない。

「だがもっと古い、伝説に登場するお前はそんな存在では無かった」

 シオンが、静に語る。

「人と魔物の架け橋、人や魔物の概念に囚われず、真に正しい判断で悪を倒す」

 シオンは大きく息を吸う。アンジェの攻撃が、止まる。

「北の勇者、アンジェ・オリハルコン!!」

 シオンは色々な場所を旅する事で様々な伝説や噂を聞いていた、数ある伝説の中でもアンジェが登場する伝説は異色を放っている。悪のモンスター、ドラゴンを勇敢な人間が倒す。そんな伝説の中でアンジェの物語は、時に人間を倒すのだ。
 毛皮が外交に使えると言うだけで、外敵と認定されて狩られた魔物の仇。人間の町のために住みかを追われ、自らの故郷を取り返そうと大きく成長したドラゴンの援助。勿論、人間が正しい時は人間の見方をする。
 ただ単純に、正しい方の見方をする。

「二十年前、魔女狩りで大切な人を失ったのも知っている」

 もう知る人も少ないアンジェの伝説と今噂になっているアンジェが同一人物だと気が付いた時。シオンはどうしても何か行動を取らずには居られなかった。真に正しい正義を貫いた勇者を裏切った人間、それでもアンジェは人間の敵に成らなかった。
 人と魔物、どちらにも関わらないよう北の大地に閉じこもった。

「君に……何が解るのさ!」

 思わず攻撃を止めてしまったアンジェにあおいの攻撃が襲い掛かるが、アンジェは難なくその全てを無効化する。だが、それと同時に傷も治りきっていないミルドが走り出した。普段のアンジェなら、対応出来たかもしれない。
 木の生長を見守るような長い間生きているうちに、言葉程度では揺れない自信がる。しかし自身よりも圧倒的に強い相手に、どんなに痛みを味わっても決して諦めないミルドの瞳を見た途端、何も考えられなくなった。

「難しい事は解らないけどさ」

 走る、走る。傷を負っていても、その速度に衰えは無い。

「こんな何も無い所にずっといるのは良くないぜ!」

 アンジェの思考が停止したのは時間にして数秒。
 それでもミルドには十分だった。
 アンジェを突き倒し、上に乗る。

「なんだよ、そんなんじゃ冒険も出来ないぜ! 仲間になってやろうか?」

 アンジェの顔の横に、大剣を突き刺しミルドは爽やかに笑う。
 その笑顔に、アンジェも思わず表情を緩める。

「仲間になって!」




アンジェ・あおい・リフィル・ルミナス・シオン・キサラ・ミルド
文:黒い帽子

終わり無き冒険へ!