Novel:17 『影紙』2/2

「チャオ!ココリータ様、手紙を受け取りに来ました」
 ココリータが家の扉を開けると、狼を連れた郵便屋が声をかけた。
「来るころだと思ってお菓子を用意してたんだよ」
(ああ、だから焼き菓子が多いのか)
 タタラは台の上に二人分にしては多い菓子の量を不思議に思っていた。
「今日は時間があるからお邪魔しようかしら」
 郵便屋の話だとソフィアの手紙待ちの時間があるのだと言う。ココリータは嬉しそうに招き、お茶の用意を始めた。
「そうだ、オレも送って欲しい手紙がある。頼めるか?」
「もちろん。では、ソフィア様の後でお伺いしますね」
「おや、珍しい。タタラも旦那様に手紙かい?それもと郷にかい?」
「研ぎを頼みに来た客にだよ。仕上がったが、なかなか取りに来ないから催促の手紙だ」
 次の仕事が入ったと言う事で、キサラはタタラの刀を持ったまま大陸に渡ってしまった。伝えていた日程を過ぎても来ないので、少し心配している。
「奥方も見た事あるよ。半月ほど前に薪を届けてもらった奴だ」
「ああ、キサラだったかねえ。背格好も髪の色も似てるからタタラかと思ったよ。東の人は皆あんな感じなのかねぇ」
「キサラ様だったら、ここに来てますよ?ほら」
 プランタンが通りに面する窓の方を指した。暫くして、早足で通り過ぎるキサラが横切った。
「おい、キサラ!!」
 タタラは窓に向かい、一度呼ぶ。窓から顔を出し、左右を見渡しているキサラにも一度声をかけると、ようやく自分を呼ぶ者が判ったらしい。足早に戻ってくる。
「タタラ殿。よかった、すれ違いにならなくて」
「ようやく来たのか。手紙を出そうと思ってたところだ。刀なら出来てる」
「済まない。仕事が長引いてしまった。早く返さねば、と思っていたのだが」
 キサラは腰に下げた刀に手をかけた。タタラが持つよりも馴染んでいるように見える。
「役に立てたか?」
「ああ、良い刀だな」
「ちゃんと血は払っているか?」
「あ……いや、その……」
「見せろ!今すぐ刀を!!」
「そんなところで立ち話しなくても入ってくればいいじゃないか」
 ココリータが扉を開けてキサラを手招きした。
 キサラから刀を受け取ると、工房に一度戻った。刀を取りに行くのと、早く貸した刀の状態を見たかったからだ。
 刃を見ると、一応血を払ってはいた。が、手元の方に汚れが目立つ。
(これでも野菜を切ってたんじゃないだろうな?)
 タタラはため息を吐いた。汚れを落とすために一度水を付けた方が良いだろう。ならば、ついでに研いでおこう。
 タタラはキサラの刀と出そうと思った手紙を持って再びココリータの家に戻る。
「これがあんたの刀だ」
「嫌だねぇ、戻ってくるなり仕事の話だなんて」
 ココリータは新しくお茶を淹れなおしてくれた。キサラはクッキーを頬張りながら受け取る。
「柄の巻き方を変えてくれたのか」
「柄糸もオレの刀と同じ絹の紐だ。すぐに馴染むと思う。それと、これを」
 タタラは和紙に包んだ二つの手紙のうち、古い方を渡した。
「これは?」
「多分、キサラ宛だと思う。柄の中に入ってた」
 手紙は細く折りたたまれて、柄糸の下に隠されていた。そんなことをすれば糸はよれてしまうので、故意に入れたとしか思えない。
「字を覚えてはおらぬ。父なのか、他の者なのか」
「キサラ様、少しお借りしてよろしいですか?」
 黙ってやり取りを見ていたプランタンが声をかけてきた。
 手紙を受け取ると、キサラに微笑む。そして、視線を手紙に移した。
「ええ、これは確かにキサラ様宛のお手紙ですよ。もう一人にもですが……もういらっしゃらないですね」
「判るのか?」
「郵便屋ですから」
 プランタンはキサラの問いに答えたのかはぐらかしたのか、ニッコリ笑って言った。
「済まない、少し読んでしまった」
 妻と娘に向けての手紙だった。プランタンが読まずにそれが判ったと言う事はあの言葉は答えだったのだろうか。
 これを書いた者は柄巻きを自分でする人なのだろう。自分が手入れを出来ない状況になれば、この手紙が出てくるようにしたのだろうか。それとも、刀が託された者の手元にあればいいと願ったものなのか。タタラには判断しかねた。
「構いはしない。有難う、タタラ殿」
 キサラは無理に笑顔を作ったように笑う。
「その刀を大事にしてやればいい。それだけだ。ちゃんと手入れしろよ。切れ味が鈍ったと思えばすぐに来い。とにかく、何かあったらすぐに来い」
「判った」
「あんたの刀を預かった以上、命も預かってることになるんだからな。手入れを怠ることは隙を作るのを一緒だからな」
「判っている。しつこいのは苦手だ」
「それであんたが無事ならば、オレは嫌われても構わん」
「お義母さん!」
 不意にココリータが声をかけてきた。彼女の中で思う事があるのか、タタラに対してその言葉を発する時がある。
「何度も言うが、オレは奥方の保護者になった覚えはない」
「いやねぇ、小言を言う心配性な姿がお義母さんぽいと思ってねぇ」
 ココリータは「ねぇ?」とキサラとプランタンに同意を求める。
キサラは少し考えて「そうだな」と答え、プランタンは笑っていた。隣に居た狼は大きな欠伸を一つした。
「さあさあ、仕事の話は終わりだよ。ラン、お茶のお代わりは?」
「もう一杯いただいたらソフィア様の所に行ってみますね」
「書くまでは色々と考えるけど、いざ書くとなると肝心な事を忘れるんだよねぇ」
 そう言いながらも、今回も分厚い封筒を預けたのだろう。容易に想像できて口元が緩んだ。
「フフフ。でも、ちゃんと想いは届けてますよ」
 手紙の話をするといい顔をする。プランタンも自分の仕事に誇りを持っているのが判る。
「キサラ様もタタラ様もお手紙を書かれてみてはいかがですか?」
「そうだな。久々に郷にでも書くか。刀の材料も無くなって来た事だし」
「味気ないねぇ」
「便りが無いのは元気な証拠ってね。風漢だってあまり書かないほうだろう」
「ヴェイタ殿のことだろう?手紙を貰って落ち着かないようだったのは覚えている」
「旦那様の事、知ってるのかい?」
 ココリータの顔がパッと明るくなる。
「ああ、ミルド殿と一緒に魔物退治の依頼を受けた事がある。腕の良い剣士だ。あれほどの剣士が手紙一つでうろたえているので何事かと思っていた」
「奥様の手紙だからですよ」
 プランタンがクスクスと笑う。
「見たかったねぇ」
「そうだな。キサラは?」
「故郷に一度帰ろうと思っている」
 手にした手紙にキサラは視線を落とした。
「手紙を書くのはそれからだな」
 キサラの言葉にプランタンは笑顔になる。
 郵便屋が再び来るのは一週間後。それまでに材料の在庫を調べよう。それから、この村の人達や出会った人たちの事を書こう。
(桜牙は桜が散った頃だろうか?)
 郷里の事を思う。プランタンと視線が合うと「手紙が書きたくなったでしょう?」という風に笑って首を傾げた。




タタラ・キサラ・ココリータ・プランタン
文:ふみ

終わり無き冒険へ!